第五章 火山領
ダンと合流
初めて森林領に来た時は、穀倉領から来たこともあって、木々が鬱蒼と迫って来る感じに圧倒された。
頭上まで伸びる木々と狭い空に、沈んだ心が更に小さく縮こまるような気がしていた。
「あ、どんぐり!」
最初に来た時は船だったが、今回は川沿いの道を馬で下る。境光の中の森はキラキラしている。裏と表で色の違う木の葉が風になびいてカラフルに光を反射し、木々の隙間からは木の実が生っている様子も見える。
「森林領って、ホントに森ばっかりだよねぇ」
「ああ」
ヒューベルトさんは穀倉領の出身なので、やっぱり最初は驚いたそうだ。
「わたしはここと王都しか知らないのだけど、そんなに違うの? 他領は」
マルヤーナさんが首を傾げる。
「うん。少なくとも、穀倉領とは景色が全然違うよ。あと、ジュダ湖の辺りとも違うよね」
「あそこはならず者ばかりの土地だからな」
ジュダ湖と聞いてマルヤーナさんが顔を顰める。
「……戸籍がないんだっけ?」
「ああ。訳ありの者ばかりだ」
戸籍を移せなければ、その人たちの戸籍はどうなるのだろう。また、その子どもたちの戸籍がどうなっているのかも気になる。
「アキ殿。余計なことに首を突っ込むなよ」
何も言ってないのに、すかさずヒューベルトさんからの注意が飛ぶ。
「……首を突っ込む気はないけど……ちょっと気になっただけだよ」
「…………せめて火山領に着くまではくらいは大人しくしていてくれ」
……せめてってなんだろう。せめてって。
「それにしても、人がいないね」
「まだ早いからな」
途中、船着き場で休憩を取ったが、お客さんはわたしたち3人だけだった。
「あそこに停めてある船も動具になってるんだよね」
「アキ殿」
どこに神呪が描かれているのか気になったが、ヒューベルトさんに止められてしまう。
「別に怪しまれたりしないよ、神呪を見るくらい誰だってするでしょ?」
「誰もせん!」
「えっそうなの!?」
他の人が神呪を気にするかしないかなんて、気にしたこともなかったので、ちょっと驚く。
……神呪があったらとりあえず見るものだと思ってた。
「……じゃあ、わたし、相当目立ってたんじゃないかな」
「だろうな」
……ダン、大変だっただろうな。
今更ながら、ダンの苦労が偲ばれた。
途中休憩をできるだけ省いて、大急ぎで川沿いを下る。ダンは先に出ていて、ジュダ湖に出てすぐのところで宿を取って待っている。
「もうすぐのはずなんだけどなぁ……」
森を抜けて宿に向かう途中で後の4の鐘が鳴る。町に着いて、馬を降りて歩いている時に境光が落ちたので、今はランプの明かりだけが頼りだ。ちなみに、念のため、ランプは火を使うものを持って来ている。
「さっきからあんまり景色が変わってないような……」
「そうだね。そこの食事処の前を通るのは3回目だね」
マルヤーナさんが軽い口調で衝撃の事実を口にする。できれば2回目の時点で言って欲しかった。
「えっそうなの!? 暗いからよく分かんなかったよ……」
「……アキ殿。もしや宿の場所が分からないのか?」
ヒューベルトさんが心配そうに聞いてくる。ヒューベルトさんには、馬に何かがあった時のために、わたしが自作した動具類を持ってもらっている。すごく重たいと思うので早く宿を見付けたいのだが、境光が落ちてしまったので町全体が見辛いのだ。森林領の避難所のありがたさを改めて感じる。
「一応、目印とかは聞いてはいるんだけどね」
事前に通信機で宿の場所を聞いておいたのだが、この辺りは宿場町なので宿が多くてなかなか目的の宿が見つからない。
「んーと、たぶんこっち……」
「……あのな、こんな何もない所で曲がる説明なんて一言もしてねぇだろうが」
「へ?」
唐突に聞こえたダンの声と共に襟首を掴まれて、曲がろうとしていた小道から引き戻される。
「何があるか分かんねぇ上、護衛に荷物持たせといて路地裏になんか入んじゃねぇ」
再会した途端、叱られる。
「だって、大きな雑貨屋の隣の道って……」
「このどこが大きな雑貨屋なんだよ」
ダンに言われてよく見てみると、たしかにポツンと寂れたようなお店は大きもなければ雑貨屋でもなかった。
「……小さい金物店…………だったもの?」
「一つも条件満たしてねぇだろうが」
「暗いからよく分からなかったんだよ」
「……ハァ。……ったく…………こっちだ」
ダンが先に立って案内する。
「ダンはいつ着いたの?」
「昨日から泊ってる」
「馬動車、調子いい?」
「ああ。軽すぎないのがいいな」
「あ、そこはラウレンス様に注意されたとこなんだよ」
ダンには、持ってくる荷物のほとんどを任せていて、馬動車で運んでもらっていた。荷物が多い上、どうしても時間がかかるので、ダンはわたしよりも数日早めに家を出ていたのだ。
「馬にも負担にはなってなさそうだしな。馬を変える必要はなさそうだな」
そう言いながら、大きな道から一歩入った通りにある、比較的大きな宿に入っていく。
「ただ、馬動車の方が盗難の危険があるな。神呪は見えないところに描き直した方が良さそうだ」
「ああ、そっか。そうだよね」
ペトラと一緒に荷車を改造した時には、盗難の心配は必要なかった。なにせお城の中なのだ。考えてみたら、今まで大っぴらに神呪を描いて来なかったので、盗まれるという心配なんてしたことがなかった。
「これからはそういうのも気にしないといけないんだねぇ」
「動具は高価だからな。お前にはその視点はねぇだろうけど」
「……ヒューベルト殿。アキを護衛するのに、アキがあの調子で良いのでしょうか?」
「良くはないのだが、アキ殿にとっては神呪を描くのは絵を描くのと変わらんようだからな。価値を実感しにくいのだろう」
「うーん……よく言われはするんだけどね。自分で描けるからあんまり貴重な感じはしないんだよね」
「まぁ、そもそも自分で買ったことがないから分からねぇだろうな」
「……たしか、神呪絡みで誘拐されましたよね?」
「一応、警戒心はある。ただ、感覚が普通とは違っているのだ。そもそも養父があれだからな」
「まぁ、実際動具が盗まれて困るってこともあんまりねぇけどな。また描けばいいだけだし」
「だよね」
「……たしかに。あの親にしてあの子あり、ですね」
わたしとダンが前を歩きながら話していると、後ろではヒューベルトさんとマルヤーナさんが話しているのが聞こえてきた。なんだかため息交じりの会話だが、要はわたしがおかしいのはダンのせいだということだろう。
「ダン、おかしいって言われてるよ?」
「いや、お前のことだろ」
「両方だっ!」
ヒューベルトさんは鉄板やら鍋やらが入った大きな袋を3つも背負っているのに、とっても元気だ。
宿に入って荷物を置いてから、一旦ダンのところに全員で集まる。部屋は、ヒューベルトさんとダンで一部屋、わたしとマルヤーナさんで一部屋だ。
「馬動車の神呪はいつ描き直したらいい? 今やる?」
「いや、人目がある場所は避けた方がいいからな。宿を出てからがいいだろう」
「それはすぐにできることなのですか?」
「うん。すぐできるよ」
「へぇ。アキはホントにすごいんだな。さすがは森林領最高位の神呪師だ」
マルヤーナさんが感心したように言う。そういえば、この中でわたしが神呪を描くところを見てないのはマルヤーナさんだけだ。なんだか新鮮な反応でちょっと嬉しい。
「そういや、お前、もらったメダルはどうした?」
「荷物の中に入れてるよ」
「じゃあ、何か隠す手段を考えねぇとな……」
「え、隠すの?」
……特に見られて恥ずかしいものじゃないと思うけど。
「……あのな、お前の素性を隠すためにわざわざ他領に向かうんだぞ。そんなバレバレなもん持っててどうする」
「でも、あれ、正式な物じゃないよね?」
最高位の神呪師という称号は、王都の研究所で王から送られるものだ。補佐領の開発室に、そういう位はなかったはずだ。
「いや、位としてはお前のためだけに用意されたものだから一般的じゃねぇし一代限りのものだが、一応領主の名で作られたものだからな。公式の物ではある。まぁ、あれを見てすぐにそうと分かる奴は多くはねぇだろうが……」
王から送られるものは紫の石が使われている。わたしの記憶にあるのは父が持っていたもので、やはり紫だった。そして今回わたしが貰った物は、形はそっくり同じで石だけが違っていた。王都を含めた各補佐領は、それぞれ色が定めてあり、それを使うのに特に制限はないのだが、公式な礼典などではその色で席を分けたりするらしい。そsh
「そっか。じゃあ、わたしのための立場をちゃんと公式に作ってくれてるんだ」
「ああ」
「フフッ、なんだかアンドレアス様らしいね」
王も絡むようなものを作るとなると、アンドレアス様だけでは大変だと思う。もしかしたら、マリアンヌ様に何かお願いしたりしたのかもしれない。マリアンヌ様は王都でも権力を持っていそうだ。
……マリアンヌ様にお願い事をするアンドレアス様って、なんだか想像するとおもしろいよね。
ちょっと見てみたかったと思う。
「じゃあ、失くさないようにしないとね」
メダルも、通信機と同じように、服の下にぶら下げて肌身離さず持ち歩くことにした。正直言って重いし邪魔にはなるが、他に仕方がない。2年の辛抱だ。
「あとさ、わたしたちって……変だよね?」
「ああ、まぁ変だな」
「たしかにね。なんの集団かって思われるだろうね」
「……そうか?」
ヒューベルトさんだけが首を傾げる。
「だって、ヒューベルトさんとマルヤーナさんって見るからに武官でしょ? その武官の中にわたしがいて、しかもヒューベルトさんはわたしのことアキ殿って丁寧に呼ぶんだもん。おかしいと思うよ」
「……なるほど」
「関係性についての設定が必要だが……どういう設定にするのかが問題だな」
そう言って、ダンがぐるっと見回す。
たしかに、ダンが30歳中肉中背の普通の人。ヒューベルトさんが34歳見るからに武官。マルヤーナさんが21歳見るからに武官。そしてわたしが12歳で成人前。共通点が見当たらない。
「うーん……じゃあ、アキをお嬢様に仕立てるってのはどうかな?」
「わたし?」
「そう。で、ダン殿が世話役でわたしとヒューベルト殿が護衛」
「世話役……そのまんまじゃねぇか…………」
遠い目をして呟くダンに不安になる。
「でも、ダンがわたしに丁寧な態度を取れると思えないけど……」
「別に取る必要もねぇだろ。元々お前の父親からお前を頼まれてたんだから似たようなもんだ」
「ああ、そうだね。小さい頃からダンってそんな感じだったよね」
「……アキ殿は高名な神呪師の両親を持っていたのだろう?」
わたしたちの会話を聞いてヒューベルトさんが怪訝そうに首を傾げる。
「そうだよ。ダンはうちに住み込んでたお父さんの弟子だったの」
「では、ダン殿にとってはアキはお嬢様だったわけか」
「そうそう」
へぇと相槌を打つマルヤーナさんに頷く。
「……なのに、以前からその態度だったのか……?」
……なるほど。そこが疑問だったわけか。
たしかに、師匠のお嬢さんに対するにはダンの態度はひどい。普通に頭をひっぱたかれていた。
「だってダンだから」
「オレの師匠はこいつの父親であってこいつじゃねぇからな」
わたしとダンの答えに、ヒューベルトさんが深く頷いた。
結果としては、町中だけの限定で、わたしが森林領の上級官僚の娘でダンが世話係。あとの2人は護衛という設定になった。今までと何が変わったかというと、ヒューベルトさんとマルヤーナさんがわたしのことをアキ様と呼ぶようになっただけだ。これで本当にいいのかと少し首を傾げる。
「アキ様! 寝ぐせくらい自分で直せるようにならんか!」
「えー……、だってお城に行くわけじゃないんだし……別にいいんじゃない?」
「いいわけあるか! ダン殿も無視していないでちゃんと指摘されよ!」
「いいんじゃねぇか? 旅の間くらい」
「……アキ様、ダン殿。立場をお忘れか?」
殿が様に変わっただけで何も変わらないヒューベルトさんと、全く何も変わっていないズボン姿のわたしとダンを見てマルヤーナさんが頭を抱える。
「……演技というものが全くできないのか」
「まぁまぁ、2人共。わたし、元々こんな感じだったよ?」
「そうだな。王族と旅してたってこんな感じだったんだからいいんじゃねぇか?」
「…………王族といてもこの状態?」
「いつの話だ! 4歳の子どもと12歳の娘を一緒にするな!」
2人があまりにうるさかったり苦悩していたりするので、とりあえず身形はきちんと整えることにした。
……この身形だと朝食も作法通りにしないといけないよね。ハァ。
髪を梳いて、シンプルなワンピースにブーツという出で立ちで、背筋をスッと伸ばして作法通りに朝食を取ることで、やっと合格がもらえた。
この先も、宿に泊まる時は基本的にこれで行くという護衛2人の言葉に、ダンと顔を見合わせてため息を吐いた。
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