マルヤーナさんが入ります
ダンとヴィルヘルミナさんが結婚することに決まってからは大忙しだった。
まず、わたしが出発する日が決まった。9月に12歳になるので、9月いっぱいまで神呪師としてお城に勤め、10月1日にお城から出ることになったのだ。あと2ヶ月を切ってしまった。
そしてダンはわたしに輪をかけて忙しい。後で戻って来るとは言え、向こう3ヶ月ほど家を空けるのでその準備もしなければならないし、もちろん荷造りも考えなければならない。わたしはほぼ身一つで出るので、おおよその荷物はダンが馬車で運ぶことになっているのだ。気候が違うところに行くので荷物は少なめにするが、到着するまでの旅の間に生活する荷物が必要になる。
「ねぇねぇ、結婚式どうするの?」
「んな暇ねぇよ。あと2ヶ月もねぇんだ」
「新婚生活の準備とかは帰ってからやればいいでしょ? 式だけやってよ」
「それだって準備が必要だろうが」
忙しいのは分かっている。だが、ダンはわたしの養父なのだ。一生に一度の結婚式なので、この目でちゃんと見て、お祝いしたい。
「だって、出発しちゃったらわたしはいつ帰って来られるか分からないんだよ? ダンの晴れ姿、見れないじゃない」
「別に見なくていいだろ」
「そんなわけないよ。わたしが見なくて誰が見るんだよ」
「いや、誰も見ねぇだろ」
全く持って取り付く暇もない。
「……もしかして、結婚式自体しないつもり?」
「……別に必要ってもんでもねぇだろ」
……いやいやいや、そんなわけないよね。
ヴィルヘルミナさんにとってだって一生に一度のことなのだ。ちゃんとしたいに決まっている。
「ちょっとヴィルヘルミナさんに聞いてくる!」
頬に手を当てて、そうねぇ、ダンさんがいいならいいのかしら? とかおっとり言うヴィルヘルミナさんを説得して、クリストフさんを巻き込んでもらう。
「アキが見たいというのなら見せてやるべきだろう」
「は? いや………………ハァ。……分かりました」
ジロリと睨んで仕方なさそうに大きく息を吐く。とりあえず、クリストフさんを巻き込んだ作戦勝ちだ。
「じゃあ、アキ。お前荷造りしとけよ」
「へ……? ええっ!? わたし1人で!?」
「当たり前だ。クソ忙しいのに更に忙しくしやがって」
しょうがないので、ダンが結婚式の準備で忙しい間、わたしはヒューベルトさんに相談して準備を進めることにした。ただ、ヒューベルトさんの意見をそのまま受け入れると、必要最低限の荷物しか携帯しない、衛兵の行軍みたいな旅装になってしまうので、そこはわたしの感覚で少しゆとりを持たせることにした。
「……アキ殿。この木材の束はなんだ?」
まずは、持って行く物一覧を作成したのだが、その横に置いてある一抱え程の麻袋に気付いたヒューベルトさんが中を確認して聞いてきた。麻袋には太さや材質や大きさが違う木材がギッシリ詰まっている。
「え? 木材だよ?」
「……では、この太さがそれぞれ違う紐は?」
「紐だよ?」
「……では、このいろいろな大きさの石は?」
「石だよ?」
ヒューベルトさんの眉間の皺がだんだん太くなっていく。
「…………何に必要なのだ?」
「え? うーん……暇つぶし?」
「全部捨てて行けっ!」
なんと、ヒューベルトさんが、先ほど質問したわたしのお宝群を窓から放り捨てようとし始めた。
「あーっ! 捨てちゃダメ捨てちゃダメ捨てちゃダメ! 捨てたら遊び動具が作れなくなっちゃう!」
「遊びではないかっ!」
「遊びは人生という砂漠におけるオアシスのようなものだって書物に書いてあったもん!」
ヒューベルトさんと一緒に荷造りをやると必要以上に疲れるということが判明した。
「ダンさんの戸籍はこっちに移しておいたよ」
ペッレルヴォ邸にやって来たアーシュさんに、ダンの戸籍の証明が入った封筒を渡される。
「そっか……結婚って戸籍がいるんだ」
「うん。でも、驚いたよ。随分急な話だったね」
「なんか、いろいろ勘違いとかがあったんだけど、それを片付けたらなんだかこういうことになってたの」
「アキちゃんは平気?」
アーシュさんは平気か聞いてきてるけど、たぶんそれほど心配はしていないんだろう。わたし自身、もう吹っ切れていて、それはアーシュさんにも伝わってるんだと思う。
「うん。なんだかいろんな人と話してたら、そんなに怖いことじゃない気がしてきたの。あ、それでね、火山領に行くこと、コスティとクリストフさんには話しちゃったんだけど……」
「いいよ。元々クリストフさんには相談していたことだったし、コスティは大事なお友達でしょ? 彼ならペラペラしゃべるようなタイプじゃないしね」
一緒に家庭教師をしてくれたので、コスティのことはアーシュさんも知っている。
「うん。わたし、コスティと話して、いろいろ決断できたの」
「コスティは冷静で視野が広いからね。今はなんだか意固地になってるみたいだけど、官僚には向いてると思うんだけどな」
「そうなんだよね。でも、いろいろあったみたいだから、あんまり口は出さないことにしてるの」
「そうだね。コスティなら自分のことは自分で決められるだろうね」
アーシュさんが頷く。コスティの性格も把握しているようで、さすがだ。
「ところで今日はアキちゃんに相談があるんだけど」
「何?」
そもそも、何の用事もなくアーシュさんが来るはずがない。
「リニュスをね、一旦引き取りたいなと思って」
「…………リニュスさん、何やらかしたの!?」
「アキちゃんひどいっ! 何でオレがやらかした前提なの!?」
アーシュさんの言葉に、思わず思いっきりリニュスさんを振り返ってしまったわたしに、リニュスさんが文句を言う。
「だって……他になくない?」
「アキちゃんてホントひどいよね……」
「アキちゃん、違うよ。リニュスは先に準備をさせるんだ」
口を尖らせるリニュスさんに苦笑してアーシュさんが続ける。
「準備?」
「そう。火山領でアキちゃんを受け入れる準備」
首を傾げるわたしにアーシュさんが答える。
「護衛も一緒に住めるような家とか、カモフラージュのための仕事とか環境とかを準備しとかないといけないからね」
「……じゃあ、火山領でもリニュスさんと一緒なの?」
「うん。ヒューベルトもね。その方がアキちゃんも安心でしょ?」
アーシュさんの言葉に一気に気分が上昇する。2人は別にわたしの保護者でも友人でもない。仕事で側にいてくれるだけなのだ。だから、もしかしたらこの先は別の任務が与えられる可能性だってあると覚悟していたのだ。
「やったぁ! よろしくね、ヒューベルトさん、リニュスさん!」
「……ただ、状況によっては入れ替える可能性はあるよ?」
喜びの声を上げるわたしにアーシュさんが釘を刺す。
「うん。分かってる。お仕事だもんね。でも、それまでは一緒にいてくれるんでしょ? アーシュさんありがとう」
「どういたしまして」
アーシュさんがにっこり笑う。アーシュさんはわたしの不安をいろいろと分かってくれていて、いつも先回りして手配してくれる。わたしを見つけてくれたのが、アーシュさんで良かったなと本当に思う。
「それでね、リニュスが行っちゃうと、火山領に着くまで護衛がヒューベルト1人になっちゃうでしょ?」
「そうだね」
「だから、急遽森林領から1人護衛を付けてもらうことにしたんだ」
「ふーん」
それは別に構わないが、わたしは自分の話をどれくらいして良いのだろうか。
「アキちゃんが優秀な神呪師だってことは話してあるし、誘拐された時も捜索に参加してくれてた。養父に育てられたことは知ってるけど、ハチミツ関係のことは教えてない。後は、アキちゃんが自分でどこまで話してるか次第かな」
「え? わたしの知ってる人?」
「最初に寮に入った時に話したそうだよ。マルヤーナさんという若い女性」
アーシュさんの言葉に驚く。
「えっ!? マルヤーナさん!? いいの!?」
わたしの言葉にアーシュさんが首を傾げる。
「だって、とても優秀な人で、王族の護衛を務めたこともあるって聞いたよ?」
「ああ、そうだね。その人その人。アキちゃん、自覚ないみたいだけど、その辺の適当な王族よりアキちゃんの方がよっぽど危ないからね? 今」
……適当な王族って言い方、いいのかな?
「そういうわけで、早速来週から護衛を入れ替えようと思うんだけど、いいかな?」
「うん。分かった。マルヤーナさんに会うのも久しぶりなの。楽しみだな」
「荷造りなんかも手伝ってもらうといいよ。ヒューベルトがいくらお母さんでもやっぱり性別は越えられないからね。女性同士の方が頼りになるかもしれないよ」
「あ、そうだね! ヒューベルトさんはすぐわたしの荷物捨てようとするから……」
言われてみれば、たしかにそうだ。アリーサ先生が3月末でお城を去ってから、わたしの周囲には女性がほとんどいないのだ。もしかしたらヒューベルトさんが男の人だから、わたしの遊び心が理解できないのかもしれない。
「いらん物ばかりいれるからだ、バカ者! 1ヶ月もかかる旅程に木材やら石やらゴロゴロ持って行く者がどこにおるか!」
「だってその場で拾えるとは限らないでしょ?」
「最低限にしろ! 自分で持ち上げられん程持って行ってどうする!」
「……うん。アキちゃん。マルヤーナさんにも聞いてみてごらん?」
わたしとヒューベルトさんの会話を楽しそうに聞いていたアーシュさんが、にっこり笑ってそう言ってくれた。
「そうだね。そうする」
マルヤーナさんは、相変わらず髪を後ろにギュっとひっ詰めて、キリリとした表情で強そうだ。
「マルヤーナさん、お久しぶりです」
「久しぶり。アキは元気だった?」
マルヤーナさんが頭をワシャワシャっと撫でながら聞いてくる。相変わらず豪快だ。というか、わたしの周囲にいる人の中では一番豪快かもしれない。
「はい! ロッタさんもお元気ですか?」
「元気元気。わたしだけアキに会えるから羨ましいってプリプリしていたよ」
「……羨ましい?」
「ああ。ロッタは才能がある子をバキバキ育てるのが好きなんだよ」
マルヤーナさんが笑いながら軽く言うが、擬音がおかしかった。そういえば、ロッタさんはふんわりして見えて実はギラギラの肉食系だった。
「あー……、そ、そうですね。わたしもロッタさんに会いたかったです」
……育ててもらわなくてもいい気がするけど。
「ところで。マルヤーナさん!」
「うん?」
「ちょっとわたしの持って行く物一覧、見て下さい。別におかしくないですよね?」
マルヤーナさんを部屋に連れて行って、一覧を見せる。
「……そうだね。あとはブラシとかちょっとしたワンピースとかもあった方がいいかな」
「……ワンピース? 旅で?」
ワンピースって、王族の前に出る時に着たようなものだろうか。
「うん。旅先では何があるかわからないから一応ね。それこそ、どこかで簡単に調達はできないから」
「そっか。そうします」
「あと、それは何だい?」
マルヤーナさんが、部屋の隅に他の持って行く物と一緒に置かれた麻袋を指す。
「あ、そうそう。これを聞きたかったんです」
そう言いながら、袋を開ける。
「これ、わたしが旅の途中で遊ぶための材料なんですけど、ヒューベルトさんがこんなに持って行っちゃダメだって言うんです。せめて木箱一つ分にしろって。でも、それだとちょうどいい大きさの石とかがすぐ手に入らないかもしれないでしょ? だから、わたしとしては全部持って行きたくて……マルヤーナさんはどう思います?」
「ふむ」
いくつかある麻袋の口を一つずつ開けて中身を確かめながら、マルヤーナさんが頷く。
「いや、全て捨てよう。馬がつぶれるぞ」
サラリと即答だ。
「ええっ!? いやいやいや、全部って……そしたら動具、作れなくなっちゃいますよ!?」
「旅で必要な動具は持って行くんだ。基本的にはそれで足りるだろう」
「えっ……いや、えっと……わたしが遊ぶための……」
「それはらその場で集めればいいだろう」
そうして鐘1つ分くらい交渉した結果、馬車に神呪を書いて馬をつぶさないようにすることを条件に、最初にヒューベルトさんに許可を貰っていた木箱一つ分ならとお許しをもらえた。
……危なかった。欲張って危うく全てを失うところだった。…………疲れた。
「…………お母さんって厳しそうに見えて実は優しかったんだね……ハァ」
「誰が母かっ!」
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