クレープ祭り
翌日、工房に向かうと親方が満面の笑みで出迎えてくれた。
「いやぁ、また、おもしろいもんができたなぁ、嬢ちゃん!」
「あ、じゃあ、上手くいったんだ?」
「おう。まぁ、普通の椅子に比べりゃ見た目は劣るがな。だが、折り畳みとしてなら十分に使えるぞ」
上機嫌の親方と話しながら工房に入る。
「お、アキ。できたぞ」
こちらも上機嫌なバウリに出迎えられる。
「今回は木材自体を加工する時間がなかったからこんなもんだけどさ、これ、もっとちゃんと作ったら高級品として十分売れるんじゃねぇかな」
「そうだね。王族って結構自由だから、こういうのがあると周りの人が便利かも」
「お、王族!?」
王族という言葉に、周囲にいた職人たちが仰け反る。
……あれ? 対象顧客が違ったかな?
「いや、いくらなんでも王族をこんな折り畳みの椅子になんて座らせられるわけねぇだろ?」
「嬢ちゃんはスケールがでっかいなぁ。ワッハッハッハ」
小ばかにしたようなバウリと、まるっきり本気にしてない親方の様子にそっと目を逸らす。
……王族を座らせるつもりだって言ったら不敬罪になるって売ってくれなくなるかな。
「えっと……とりあえず、それ貰うね。いくら?」
「ああ、金はいい金はいい」
「え?」
「元々嬢ちゃんが持ち込んだ椅子を加工しただけだからな」
「でも……」
たしかに、材料となる椅子を購入したのはわたし、というかアンドレアス様だが、加工をお願いしたら普通は手間賃がかかる。今回は、今までになかったものを作り出したのだから、その分余計に時間も手間もかかったはずだ。
「今回はバウリとテウヴォの練習として請け負ったからな。しかも、これが売れるようになればうちとしては嬢ちゃんに儲けさせてもらうことになるからなぁ。いやぁ、いい仕事をもらったもんだ」
なるほど。そう言われてみればおあいこな気がする。
「そっか。じゃあ、今回は遠慮なく貰っていくね」
「おう。また何かあったらいつでも来いよ!」
最後は木工工房の職人のみなさんに満面の笑みで見送られて店を出た。
「ところでアキちゃん。これ、どこで神呪描くの?」
リニュスさんが、重くて大きな椅子をガッシリと抱えて聞いてくる。
「うーん……とりあえず町を出てからがいいよね?」
「まぁ、そうだな」
「リニュスさん、大丈夫?」
「オレは全然平気だけどね」
馬に乗せるには微妙な距離なのでリニュスさんが抱えているが、護衛としてはいざという時のために手はできるだけ開けておきたいと聞いたことがある。こんな重いものを抱えた状態だと、何かあった時に放り出すのも大変だ。
「もう、引きずって行っちゃおうか。そのための車輪だし」
「いや、それはさすがに……」
「王妹が座るのだぞ!一度座られた後ならばともかく、まだお座りいただく前から汚すなど言語道断だ!」
引きずっていれば、何かあった時そのまま手を離せばいいだけだから便利だろうと思ったのだが、ヒューベルトさんに速攻で却下される。
「でも、タユ様ってそんなこと拘るタイプじゃないと思うんだけどなぁ……」
「向こうが拘らんからといってこっちが考慮しなくて良いということにはならん!」
そういうものらしい。
町を出て、道のわきに椅子を置いて神呪を描き込んでから、本格的に馬に括りつけて、グランゼルムに急いだ。
「コスティ、お待たせ!」
「おお……は?」
リニュスさんが抱える豪華絢爛な折り畳み椅子を見て、コスティが絶句する。
「いや……え? ……また来るのか? あの人……」
さすがはコスティだ。察しがいい。
「うん……。先週、また来週って言われたんだよね」
「あー……」
コスティが諦めたようにため息を吐く。
「あの人、王様の妹なんだよ……」
「断れないな……」
「お前たち……たいがい不敬だぞ……、王妹に気に入られて光栄なことだとは思わんのか……」
遠い目をするわたしたちを見たヒューベルトさんが遠い目で呟いた。
……だって、はっきり言って気を使わなきゃいけないから嫌なんだよね。
「おっ、アキ、来たな!」
1人が苦笑し、3人が遠い目をして話していると、ヤロさんがやって来た。
「あ、おはよう。ヤロさん! いよいよ今日だね!」
「おう! クレープ焼く方は頼んだぞ!」
「うん!」
今日は、以前話していた各店共同出店のお試し日だ。普通のメニューもある
「チケットは大丈夫か?」
「うん。先着30名だからね。木札で作ってもらったよ」
木工工房で作ってもらった木札には、クレープ券の文字と値段とクレープの絵が描かれている。
「うん? この記号みたいなのは何だ? 加工に必要な記号か?」
ヤロさんがクレープの絵を見て首を傾げる。
「ううん。わたしが描いたの。クレープの絵だよ。クレープ券だって分かるように」
「クレープの絵? どの部分がクレープだ?」
「え? これ全体でクレープ生地だよ」
「うん? 生地? この染みみたいなやつか?」
……なんか、こういう会話、既視感があるなぁ。
「染みじゃないよ。クレープ生地を折り畳んだところだよ」
「…………アキ。……お前、次やる時は絵は別の奴に頼めよ」
なんでか、可哀そうな子を見る目で見られた。
「いらっしゃいませー。本日は特別企画! クレープ祭り、やってまーす」
「……クレープ祭り?」
「なに? それ」
わたしの声に反応して、よく買ってくれるお客さんが寄って来る。
「1,000ウェインでこのチケットを買ってもらうと、このチケットを見せたらクレープ生地とかヤロさんの所の具材とかリアドさんの所のソースとかアヌさんの所の果物とかをただでもらえるんです。このチケット1枚で3回まで使えるので、いつもとは違う味がたくさん楽しめてお得ですよ~」
「へぇ~」
「お2人で1枚買って、どちらかが1枚、どちらかが2枚食べてもいいですね」
「なるほどねぇ」
普段、クレープは1つ200ウェインで売っているが、今回は具材が違うので少し高めに設定してある。チケットが1枚売れれば自動的に普段の5枚分の売り上げになるので、上手く行けば売り上げは普段よりずっと上がるはずだ。
「へぇ。じゃあ、1枚もらおうかな」
「はい! ありがとうござ……」
顔を上げるとキラキラ放蕩息子仕様の麗人が立っていた。
「…………えっと、お買い上げ……ですか?」
「そうだよ。いろんな味が楽しめるんだろう?」
「えっと……、これ1枚で3回分なんですけど……今日は護衛とかは……」
「いないよ。わたし1人だ。別に必ずしも3枚食べなければならないわけでもないんだろう?」
まぁ、たしかに、1,000ウェインで1枚食べようが3枚食べようが、その辺りは個人の自由だ。
……庶民は目いっぱい使うんだけどね。
見た目がお金持ちなので、お金持ちなことをしても別に不審には思われないだろう。
「あ、今日はちゃんとした椅子を持って来ているので、もし座りたい時はこちらにどうぞ」
「うん? 椅子?」
「はい。高級仕様の折り畳み椅子です」
「プッ……、アハハハハ! すごい! これはすごいの持って来たね!」
高級折り畳み椅子をご案内すると、一目見た瞬間に吹き出して、なんだかすごく大はしゃぎされた。
「変わった形だね。これ、どうしたの?」
「……タユ様がまた来られるかもしれないから、急いで作ってもらったんですよ。高級折り畳み椅子」
「ップーッ! 高級! 折り畳み椅子!」
すごく笑われている。
「……座らないんならいいです。わたしが座ります。はい。チケット1枚1,000ウェインです!」
「ごめんごめん。発想に感心したんだよ。だって、高級な椅子を折り畳んで運ぼうなんて、普通思わないだろう?」
笑い過ぎて目に涙を浮かべながら、一生懸命言い訳してくるけど、いつかアーシュさんの時も思ったけど、普通は感心して大笑いなんてしないからね!
「君、ホントにおもしろい思考回路してるね。変わってるって言われない?」
「……言われますけど」
「だろう? でも、いいね。これ、案外売れるんじゃない? 上級官僚の奥さんとか、散策するときに使いそう」
「そう思います」
「こういうのって、どうやって形にするの? 考えたって自分じゃ作れないだろう?」
「知り合いの木工工房にお願いしました」
「へぇ~。そういう知り合いがいるわけなんだね。じゃあ、アキは開発担当なんだ」
「……いえ、時々お願いするだけだし、手伝いの子が試しに作ってみて、売れそうなら職人がちゃんと作って売り込む形なんで……」
「え? じゃあ、開発料とか入らないの?」
タユ様が驚いたよう目を瞬かせる。
「これくらいのアイディアではもらえませんよ」
「そんなことないだろう? ちゃんと契約しといた方がいいよ」
「……そうなんですか?」
「うん。まぁ、それほど強い縛りがあるわけじゃないけど、組合が管理してくれるはずだよ?」
「へぇ……」
そういえば、神呪師の管理組合があるのだから、木工工房にも管理組合があるだろう。そんなこと考えもしなかった。
「アキはしっかりしてるようで案外世間知らずなんだな」
「……そこは否定しませんけど、タユ様がそんなに庶民の世間を知ってるのが不可解です」
「ハハハ。はっきり言うね。でも、そうだね。ちょっと他の王族たちとは違うかもしれないね。はい。1,000ウェイン」
「ありがとうございます」
「おい……!」
タユ様から差し出された銅貨を受け取ると、コスティが横で焦った声を上げる。その斜め後ろでヒューベルトさんも何か言いたそうに口をパクパクして、リニュスさんは笑いを堪えている。
「え? なに?」
「王族からお金取るのかよ……!」
コスティが小声で訴えて来る。
「え……だって、これ、売り物だし……」
「そうだよ。わたしはただの客だからね。もちろん正当な対価を払うよ」
コスティの声が聞こえたようで、タユ様がサラッと答える。
「いや、でも……」
「コスティ、お城の料理人だってちゃんとお給金貰ってるんだよ? わたしたちが代金を貰うのだってそれと同じだよ」
「そういうこと」
そう言ってタユ様は、わたしの手からチケットをするりと抜き取り、代わりに銅貨を置いて、クレープの具材を物色しに行ってしまった。
「……ヒューベルトさん。あの人、ホントに本物ですか?」
「…………不敬罪に問われ兼ねんから、その疑問は口にするな」
……コスティに口にするなって言うってことは、ヒューベルトさんも疑問に思ったんだね。
「アキはホントにおもしろいことを考えるね」
クレープをしっかり3枚平らげて戻って来たタユ様が、高級折り畳み椅子に座りながら言う。
ちなみに、タユ様はクレープを1枚もらう度に戻ってきて椅子に座って食べる……なんてお上品なことはせず、歩きながら食べて出店を回っていた。ヒューベルトさんとは一味違う。
「たしか、官僚試験を受けた時は神呪のことは黙ってたんだろう?」
「はい」
「それを不審に思われなかったのかと疑問に思ってたんだけど……なるほどねぇ。ナリタカが欲しがるわけだね。ああ、最初に目を付けたのは従者の方だったか」
タユ様がチラリとヒューベルトさんとリニュスさんを見る。
「……君は将来ナリタカの元で働くことには納得してるのかい?」
「納得してるというか、そうなるんだろうなとは思っています。ただ、そうなるにしても、ちゃんと自分で選びたいので今こうして働いています」
「ふぅん。たしかに大事なことだね」
……まぁ、ダンに言われてることだからね。
「成人するまでは自由なんだろう?」
……アンドレアス様はマリアンヌ様に何か弱みでも握られてるのかな。
情報が筒抜け過ぎててどこまでがアンドレアス様の意思なのか心配になってくる。
「じゃあ、わたしもアキと楽しく遊ぼうかな。せっかく友人になったんだしね」
そう言って立ち上がったタユ様は、クレープを焼いていたコスティに交代を申し出、なんと自分でお客さん用にクレープを焼き始めた。
さすがにヒューベルトさんとリニュスさんがギョッとしていたが、できるだけ関わらないようにしているのか、止めに入ったりはしなかった。
華麗な手捌きでクレープを焼く金持ち男装のタユ様に釣られたように、若い女性客がキャアキャアと出店の周りを跳び回り、その様子に興味を惹かれた男性客や高齢の男女が更に集まり、クレープ祭りは大盛況に終わった。
お店を閉めた後の反省会で、ヤロさんがやたらタユ様に親し気に絡むのに冷や冷やしたけど、タユ様は特に気にする風でもなく一緒に反省会に参加していた。
……わたしも王族って知らないでいたかったよ。ハァ。
売り上げはいつもの4割増しだったけど、いろいろと疲れた1日だった。
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