木工加工をお願いします
「色?」
「はい」
「……ふむ。………………君にとっては、」
ゆっくりと頬杖をついてタユ様が首を傾げる。
「空はあの錆びた金属や岩を溶かしたような色ではないのかい?」
ほんの僅かに混じる探るような色は、アンドレアス様を彷彿とさせる。警戒される理由が分からない。境膜に触れたことなのか。それとも、空の記憶そのものなのか。
「……分かりません」
「分からない、とは?」
タユ様への答えを探して自分の心の奥を探る。
「自分が知っているものが何なのか、はっきりとは分からないんです。わたし自身は空だと確信しているのですが、ではなぜ確信できるのかと聞かれれば、答えようがなくて……」
「……ふむ。何を知ってるんだい?」
更に突っ込まれて覚悟を決める。
ここまで話したのだ。ここから先を話したとして、全くピンと来ないのならばただの戯言で終わらせればいいだろう。だが、もし何かの反応が返ってきたら。
「透き通った、遠い青い、青い空です」
「……なるほど。青い空、ね」
……タユ様が、一瞬目を伏せる。
「君はそれをどこで見たんだい?」
「え……どこで、って……」
境壁に触れた、あの事故のことはまだ誰にも言っていないはずだ。ここで、この王族に言ってもいいことなのか分からない。
「あの……、夢、です」
「夢?」
「はい。穀倉領にいた時に、夢で見たんです」
空の記憶自体はたぶん、境膜に触れたあと、おかしくなっていた時の記憶だ。だが、最初に夢で見た時にはあの頃の記憶はなかった。わたしが、青い空というものを認識したのは、あの夢がきっかけで間違いない。
「ふぅん」
タユ様の目は不可解だと言っている。その探るような色も消えてはいない。
「それで、どうしてわたしに空の色なんて聞いたんだい?」
「それは……」
「空はあの、境壁から見える泥のように濁った外の色だ。そうだろう?」
……たしかに、ただの夢なら普通、こんな風に誰かに賛同を求めるように聞いたりはしなかっただろう。
「それとも……君は自分が見たその夢が、夢ではない何かだと思っている?」
タユ様の言葉にハッと目線を上げる。
……あ、しまった。
タユ様がわたしの反応にニヤリとする。
「なるほど、たしかに君にはいろいろと曰くがありそうだ」
「………………」
「ところで、君はどこかで王族の血を引いていたりはしない?」
「…………へ?」
沈黙するわたしに返ってきたのは、全く想定外の質問だった。
「現王ではなくても、その前とか、更にその前の時代に王族だった人が、血筋の中にいない?」
「え、いえ……分かりません」
「そう?」
そう言って、ちょっと何かを考えていたようだったが、もう一度目を合わせた時には、もう探るような色は完全に消えていた。
「うん。まぁ、いいか。ところでね、わたしは君にはとても興味を覚えるんだ。わたしと友達になってもらえないかい?」
「…………は?」
……え、今、なんか言われた?
「わたしは昔から堅苦しいのが苦手でね。実は城で君と話すのは窮屈でしょうがないんだ」
「……はぁ」
空耳かなと首を傾げたところに、そんなわたしに全く頓着しない様子のタユ様の言葉が続く。
……あれ? 現実逃避できない感じ?
「だから、友達になればこうして外で普通に話したりできるだろう?」
「……はぁ……は?」
「いいかい?」
…………ダメって言っていいのかな。
「はい。喜んで」
もちろん言えるわけもなく、最近板についてきた笑顔を貼り付ける。
……わたし、大人になったよ、アーシュさん!
結局、わたしが知っている空についての話はそれ以上出ず、こちらからしつこく尋ねるのも憚られる上に話して良いことなのかもわからないので、一旦置いておくことにした。後でアンドレアス様に聞いてみることにする。
とりあえず、晴れてわたしのお友達となったタユ様が、初めてのクレープ作りでその器用さをみんなに見せつけ、コスティが「また変なのが……」と肩を落としているのを横目に、今日の出店を終えた。
「こんにちはー。バウリ、いますかー?」
「おう、嬢ちゃん、久しぶりだなぁ」
領都の木工工房に来るのは久しぶりだ。
「うん。ちょっといろいろ忙しくて」
「前に嬢ちゃんがバウリと作った折り畳める椅子、いい調子だぜ。高級家具店には置かれねぇから直接買いに来る奴がいるんだ。うちも商売の方は分かんねぇからさ、そっから新しい契約先も増えて他の仕事も順調に増えてんだよ。嬢ちゃんには足向けて寝らんねぇな。ワハハハ」
工房長のおじさんが上機嫌で笑うが、わたしとしてはちょっと気になるところだ。
「高級家具店にはどうして置かれないの?」
「あん? まぁ、高級品とするには座り心地がいまいちだからなぁ」
「うーん……、そっかぁ」
実は、ここに来る前に、この工房とも取引があり、高級家具を扱うオスカリさんのお店に行ってみたのだが、そこに折り畳み椅子がなかったのでこっちに来てみたのだ。
「お、アキじゃん」
「あ、バウリ。久しぶりー」
「なんだ? また何か変なの欲しいのか?」
「うん、そう。ちょっと急ぐんだけど……」
「あん? 何を作るんだ?」
バウリと話していると親方が声をかけてくる。以前はわたしが来るとちょっと迷惑そうにしていたのだが、折り畳みの椅子が良かったようで、今日は機嫌よく声をかけてくれる。
「あのね。高級な折り畳みの椅子が欲しいの」
「高級な? 座り心地がいいってことか?」
「そう」
昨日のタユ様の急襲では、タユ様の扱いに困った。ちょっと座っていてもらうにも、折り畳みの小さな椅子しかなかったのだ。しかも、それをタユ様に提供してしまうとわたしたちが座る椅子がない。
「すっごく高貴な人なんだけどね。困ったことに出店に遊びに来て、しかも居座っちゃうんだよ」
タユ様は帰り際に「また来週」と言ったのだ。
……つまり、来週もまた来るってことだよね。
「あの小さい椅子に座らせるのもあんまりだし、かといって、普通の高級な椅子を置いとく場所もないし……」
「うーん……、座り心地のいい椅子ってのは重いんだよなぁ。木自体に丈夫なものを選ぶから加工も大変だし……」
なるほど。座面に綿を入れるだけのことではないらしい。たしかに、高級な椅子ってひじ掛けの部分の木とかも太いし、なんか艶々してる。いろいろな加工がなされてるんだなと思い出す。
「次の都の日までに欲しいんだけど……」
「都の日!? そんなの、加工が間に合わねぇよ!」
「うーん……、既にできてる椅子を加工するとか……?」
わたしの提案にバウリが眉を寄せて不審そうな顔をする。
「既にできてる椅子って……そんな簡単に切ったり張ったりできる高級椅子なんてあるのか?」
「それはたぶん、大丈夫。絶対出してもらう」
……アンドレアス様に。
「先に椅子を持って来た方がいい?」
「ああ、いや。早い方がいいけど、椅子の造りはだいたい決まってるからな。というか、そもそもできるのかから考えなきゃなんないし」
「……できなさそう?」
「折り畳みに加工すること自体はできるかもしれねぇが、重すぎて移動させられねぇだろ? 折り畳む意味がねぇぞ」
わたしとバウリが話していると、隣で聞いていた親方から意見が入る。
……なるほど。たしかに簡単に移動させられないと、わたしが困っちゃうよね。
「うーん……車輪を付けるとか?」
「車輪? 椅子に?」
親方とバウリが目を丸くする。
「うん。そしたら動かしやすいでしょ?」
重さに関しては、以前荷車に描いた神呪を描いてしまえば簡単に移動できるようにできる。
「なるほどなぁ。だが、座った時にやたら動いちまうのもなぁ……」
「大丈夫。わたし、知り合いに神呪師がいるからその辺の動きは調整できるような動具にできるよ」
「ああ。嬢ちゃんの両親、神呪師なんだっけ?」
最初にここに来た時に、親方に怪しまれないために話したことだが、しっかり覚えていたらしい。
「えっ!? 両親が神呪師!? すっげぇ……エリートじゃねぇか……」
バウリは知らなかったらしい。
「うん。だから重さに関してはどうにでもできるよ。お願いできる?」
「まぁ、とりあえずやってみるけど……」
「どうしても無理だったら、今までの折り畳みの椅子に綿を張るけど、新しい市場の開拓にもなるでしょ? がんばってみて!」
「嬢ちゃんには敵わねぇなぁ。まぁ、いいさ。たしかに上手くすれば新商品として売り出せる。バウリ、お前今からそっちやれ。おい、テウヴォ。お前ちょっとそっち手伝ってやれ。バウリだけじゃ手が足らんだろうからな」
「はい」
親方に言われて、手に持っていた木材を片付けに行くバウリの後を、成人したてくらいの男の人が追って行った。前回はバウリだけで試作品を作ったのだ。今回は重たいとはいえ、他の人の手も割いてくれるらしい。なんだかちょっと期待されてるのかもしれない。
「じゃあ、加工しやすそうな高級な椅子をいくつか送ってもらうように手配するね」
「おう。待ってるぜ」
お城に戻って、使用人に頼んでアンドレアス様に椅子を欲しい旨を伝言してもらったら、すぐに返事が来た。
「私に付けて良いから、自分で好きなものを調達しろ、とのことです」
……アンドレアス様……面倒臭くなったんだろうな。
まぁ、領主様がいちいち子どもに譲る椅子の選定なんてしないだろう。この返事は想定内だ。
翌日、仕事が終わってから領都に下り、バウリとテウヴォさんと一緒に高級家具店に行き椅子を発注した。
……一脚40万ウェインもする椅子を3脚も買っちゃった。アンドレアス様が太っ腹で良かったな。
あとは、2人が今度の都の日までに何とか作ってくれれば、タユ様対策もできるし、工房も新商品ができてみんないいこと尽くしだ。
それから都の日。
木工工房にお邪魔すると、高級折り畳み椅子が完成していた。
「すごい! 脚が太い! 布張りが鮮やか! 高級感満載!」
「でも、形が結構変わっちまったんだよなぁ……」
「え? ダメなの?」
「いや……なんかやっぱり、この脚の交差した感じが高級感を損なうっていうか……」
「んー……、じゃあ、いっそ背もたれのここをはずしちゃって、もっと上の方で斜めに別れる感じにしたら?」
「は?」
「……上の方?」
バウリとテウヴォさんが不思議そうな顔をする。
「うん。この前の脚をこう……こんな感じで上まで突き抜けるの。で、ここに背もたれが付く感じ。どこまで下げられるか分かんないけど」
「ああ……なるほど。座面と背もたれを離すのか……」
「座面と離す?」
バウリの独り言にテウヴォさんが反応する。バウリはピンと来たようで、材木を持って来て説明している。
「明日の朝早くに持って行きたいんだけど……間に合う?」
「こっちは今日中に仕上げるけど、動具にするんだろ? それにかかる時間が分かんねぇ」
「あ、それは全然考えなくていいよ。ただ、車輪は全部じゃなくて2つだけでいいかなぁ……」
「え? いいのか? ……まぁ、いいならいいけど……」
バウリは怪訝そうにしながらも、もう自分の作業に夢中だ。見た限りでは、加工する腕はテウヴォさんの方が上のようで、動きが素早くて流れるようだ。だが、テウヴォさんにはピンと来なかったわたしのアイディアが、バウリの頭の中ではすぐに形になって理解できたようなので、バウリは新しいものを作り出す方が得意なのかもしれない。
「ふぅん……。また、不思議なアイディアを出したもんだなぁ」
親か方顎を撫でながら感心したように呟く。
「あ、ほれ。こっちもできたぞ」
「あ、ありがとう!」
親方から、手のひらサイズの木の板の束を受け取る。
「こんなもん、何に使うんだ?」
「今度、出店でクレープ祭りをやるんだけどね。そのチケットにするの」
「クレープ祭り?」
よく分からなかったようで、首を傾げられる。
「そう。わたしの出店でクレープの生地だけ焼いて、他の出店で売ってる具材を包めるようにするの。同じ避難所で出店をやってる人たちとの共同出店なんだよ」
「へぇ~。いろんなこと考えるもんだなぁ」
ちゃんと伝わったかは怪しいが、なんとなく楽しくて新しい試みだということは伝わったようだ。
「嬢ちゃん、時々うちにも手伝いに来ねぇか?」
「うーん……じゃあ、他の手伝い先がなくなったら考えとく」
「おかしな約束するなっ!」
ヒューベルトさんて突っ込みが鋭くて素早いのが長所だと思う。
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