試作品ができました

「アキちゃん、何日か前にアンドレアス様とラウレンス様。あとダンさんとナリタカ様の筆頭従者の人と話し合ったんだけどね」


 あの、新しい神呪を使った実験から1週間が過ぎた。あの時、アーシュさんはアンドレアス様とも話し合うと言っていたのだが、その中にダンの名前があるのに驚いた。


「え……そのメンバーの中に、ダンが入ったの?」

「当然。だって、アキちゃんのことだからね」


 たしかにわたしのことなので、養父であるダンがいてもおかしくはない。だが面子が面子だ。領主様や王族の筆頭従者の中にダンがいるのを想像すると何だか不安になる。


 ……ダン……ちゃんと敬語使ったかな。


 ナリタカ様の筆頭従者という人次第な気がする。もしかしたら将来わたしも顔を合わせる可能性があるので、ダンがきちんと敬語を使ってくれてたら安心だなと思う一方、いつも通りのあの態度でも許されたという可能性に賭けたい気もする。


「それでね、アキちゃんには悪いんだけど、もう少しこのお城にいてもらおうということになったんだよ」

「え?」


 申し訳なさそうなアーシュさんの言葉に目を丸くする。


「……それって、4月以降もってこと?」

「そう」

「どうして?」


 ここでの生活にも慣れたし、以前のようにどうしても森に帰りたいとは思わなくなってきている。そもそも、ダンもその場にいてそういう結論に達したのならば、きっとその方がわたしのためにはいいのだろう。


「まず1つはアキちゃんの安全の確保」


 アーシュさんが握った拳の上にピッと1本指を立てる。


「まぁ、これは言わなくても分かると思うけど、森の中のあの家とこの城とじゃ当然こちらの方が安全だ。森で火事なんて起こったらそれこそ逃げ場がなくなるからね」


 アーシュさんの言葉にコクンと頷く。


「そして2つ目。これはアンドレアス様とラウレンス様のわがままだね。街灯を作るため」

「ああ」


 なるほど。このままこのお城にいれば、どちらも満たすことができる。


「それ、いつまでなの?」


 アーシュさんはわたしをナリタカ様の傘下にと考えているのだ。そう長いことではないだろう。


「うーん、とりあえず、街灯ができるまでだね。それがいつになるのか次第でその後の動きや周囲の動きも変わるだろうからね」

「ダンは?」

「うん。一応、ダンさんにもお城のこの邸で一緒に住む提案をしたんだけどね。神呪師の仕事をする気がないからって断られたよ」

「………………」


 アーシュさんの言葉にちょっと俯く。ダンはやっぱり神呪師を辞めるつもりでクリストフさんの弟子になったのだ。だからといってダンが急に他人になるわけではないのだが、この先神呪師として一緒に仕事をすることはないのだと思うとさすがに塞いでしまう。


「あと、ダンさんとアキちゃんがここで一緒にいると、アキちゃんの弱みになってしまうって」

「弱み?」

「うん。例えば、ダンさんを人質に取られたりしたら、アキちゃんは身動きが取れなくなっちゃうでしょ? だから、アキちゃんの身の安全のためにも、少なくともこのお城では一緒にいない方がいいんじゃないかって。僕もそう思うよ」

「……そっか。そうだね」


 たしかに、ダンと一緒に連れ去られたら逆らうことができなくなる。たぶん、ダンもわたしもお互いに。


「だから、少なくとも街灯が出来上がって、僕らの次の動きが決まるまでは、もう少しこのお城で神呪師として働いて欲しいんだ」

「分かった」


 わたしの返事にホッとした様子のアーシュさんを見上げる。わたしの方にもお願いしたいことがある。


「でも、アーシュさん。わたし、コスティとやってた出店は続けたいんです」

「ああ。クレープの?」

「はい」


 もう3月だ。きっとコスティはいろいろと準備を始めているだろう。忙しくて連絡が取れなかったけど、あの出店はわたしと出会う前からコスティがやっていたものだ。


「うん。大丈夫。そこは今まで通り、都の日と火の日をお休みにするよ。ただ、あんまり外での宿泊は推奨しないから、特に用がない場合は火の日の朝にこっちを出発するようにして欲しい」

「え……いいの?」


 自分で言っておいてなんだが、これは反対されるんじゃないかと思っていた。既に決めてあったような言い回しに驚く。


「うん。アキちゃんが言い出さなければそのまま言わないつもりだったけど、さすがダンさんだね。アキちゃんなら絶対言うはずだって言うから、先に話し合っといたんだ」


 アーシュさんの言葉に嬉しくなる。


 ……だって、ダンが一番わたしのこと分かってるんだもん。


「あと、リット・フィルガへの納品については、トピアスさんに入城許可証を出したよ」

「あ、じゃあ、取りに来てくれるってこと?」

「そう。料理人と2人分出しといた」

「すごい。さすがアーシュさんだね」


 相変わらずの手回しの良さに感動してしまう。


「うん。じゃあ、アキちゃん。あと5日以内くらいで、アンドレアス様たちに卸せるようなちゃんとした試作品を作ってね」


 無邪気に笑顔で感動するわたしに、無邪気そうな笑顔でおかしなことを要求してくるアーシュさん。


「………………うん? 5日?」


 ……おかしいな。聞き間違いかな? 


「うん、5日。だって、アキちゃんの開発室顧問の任期を延ばす理由が必要なんだよ。ランプはもう目途が付いちゃったからね。あと8日で期限が来ちゃうから、最低でも5日以内には欲しいかな」


 アーシュさんって、ちゃんと爽やかに笑うことってあるんだろうか。






 わたしがアーシュさんの生態に疑問を持ってから6日が経った。


 試作品は、部品を工房に作ってもらってすぐにできたのだが、アンドレアス様の都合がなかなかつかず、延び延びになってしまっての6日後だった。


 どうやら、あの誘拐事件は様々な方面に影響を及ぼしたらしく、お城の官僚たちは急な人事への対応に追われに追われていて、それは当然、領主であるアンドレアス様を直撃しているのだそうだ。


 ……まぁ、そりゃそうだよね。エルンスト様は前領主様だし。


 詳しいことは聞いていないが、アーシュさんはあの黒目の男にエルンスト様の名前を出していたし、相手もそれに反応していた。無関係なはずがない。


「森林領は前領主の時に官僚が好き勝手する仕組みができてしまっていたからね。その弊害が大きかったんだよ。一気に膿を出そうとすると公共事業が機能しなくなってしまうから、その辺りの調整は難航するはずだよ。精神的にもだいぶきついんじゃないかな」


 アーシュさんによると、前領主様のその前の領主様の時代から徐々に腐敗が広がっていて、それを正すために王宮の方で強硬にマリアンヌ様との政略結婚を推し進めたらしい。

 元々強気なマリアンヌ様にそういう使命を与えてしまったことで、更にマリアンヌ様は強引になり、エルンスト様はそれに抗うようにマリアンヌ様と対局の方に流れてしまったのだそうだ。


「じゃあ、アンドレアス様からすればお父さんとお母さんがずーっとケンカしてた状態なんだね」


 壮大な夫婦喧嘩に巻き込まれたと思えば、アンドレアス様にも同情が湧く。しかも、あのマリアンヌ様の自由さだ。領主が多忙を極めるお城に妹を招いていたのかと一瞬呆れかけ、いや、マリアンヌ様のことだからそれも何か狙いがあったのだろうかと疑う。


「夫婦喧嘩……まぁ、そうだね」


 アーシュさんが苦笑する。


「アンドレアス様が領主になったのはつい去年のことだけど、もう少し前から準備はしていたんだ。ただ、アンドレアス様からすれば、お父さんのことだからね。なかなか踏ん切りがつかなかったんだよ」

「アンドレアス様はお母さんの方についたってことだよね?」

「そう。マリアンヌ様は一貫して領民が豊かになるべきだと唱えてたからね。ペッレルヴォ師の教育を受けたアンドレアス様にはそちらの方が分かりやすかったんだよ」

「……じゃあ、アンドレアス様はお父さんとお別れしちゃったんだね」


 政治のことはそれでいいとしても、子どもとしては複雑なのではないだろうか。踏ん切りが付かない気持ちはよくわかる。


 ……わたしだって、例えダンが間違ったことをしたとしても、それでもダンをどこかに追いやっちゃうことなんてできないもん。


 なんだかアーシュさんとしんみりしていると、ドアが軽くノックされて、すぐにドアが開く。


 ……どうぞって言葉を待たないところがアンドレアス様だよね。


「待たせたな」


 ため息混じりの声で入って来たアンドレアス様の顔を見て、少し息を飲む。


 ……痩せた。


 ラウレンス様と一緒に、少し遅れてペッレルヴォ邸のサロンにやって来たアンドレアス様は、誰が見ても分かる程痩せていた。いや、もうやつれていると言ってもいいかもしれない。


「え……大丈夫なんですか?」

「なんだ。心配してくれるのか?」


 思わず問いかけてしまったわたしに、片方の眉を上げてからかうように聞き返してきた。

 疲れてはいるようだが、ふざける余裕はあるらしい。


「だって、いつも偉そうにしてた人が、急に中身だけなくなった腸詰めみたいになってたら、誰だって心配になりますよ」

「…………おい、アーシュ。これは本当に心配されてるのか?」

「ええ。間違いなく心底心配してますね。アキちゃんはこう見えて、神呪が絡まなければ割とまともな良い子なんですよ」


 ……こう見えてって言われた。しかも割とって。


 2人とも人を見る目がないんじゃないだろうか。


「それで? 話というのは?」


 ラウレンス様が話を戻す。


「街灯です」


 端的に言って口を噤んだアーシュさんを見つめて、2人が息を飲む。


「…………できたのか」


 アンドレアス様が信じられないという戸惑いを滲ませて、呟く。


「………………」


 ラウレンス様の方は、見開いた目に真剣な、縋るような色を湛えて、ただ言葉もなくアーシュさんを見つめる。


 ……ああ、やっぱり。街灯が欲しいのはラウレンス様の方だった。


 アンドレアス様が領民のために欲しているのは知っている。でも、温度が違う。


「ラウレンス様。検証をお願いしたいんです」

「………………あ、ああ」


 わたしの言葉に我に返ったように数度瞬き、それでもまだどこかぼんやりとした様子で答える。その様子になんだか少し不安を感じる。


「まだ大っぴらに知られたくないんです。色水で膜を作って、その中で最小限の人数で確認してもらいたいのですが」

「色水で膜?」

「はい。完全に覆って見えなくしてしまうと護衛の人が心配するでしょう? だから薄っすらと影が見える程度に膜を貼って、中の細かいところは見えないようにするんです」

「……なるほど。それはおもしろいね」


 怪訝そうなアンドレアス様に説明すると、横でラウレンス様が興味を示す。


「膜を通して見ると色んなものに色が付いて見えておもしろいですよ」

「ほう」

「まぁ、別に構わんが、護衛は入れていいのか?」

「いえ。我々以外を入れるのは避けてください。そして、この後の交渉次第では全て忘れていただくかもしれないことを念頭に置いておいてください」


 アーシュさんの言葉に2人が表情を改める。


「つまり、それくらい危険なものということか?」

「恐らく。使い方によっては」


 アンドレアス様の質問にアーシュさんが曖昧に答える。


「新しく作り上げた神呪ということだよね? 今までに全くないもの?」

「はい。前に水を引き上げる神呪の話をしたでしょう? あれを応用してるんです。あの神呪を知ってる人はほとんどいないと思うし、今回はいろいろ組み合わせたので全く知られていないものです」


 ラウレンス様には以前相談したことがあったので、わたしの説明にピンときたらしい。


「……なるほど。だが、あれは君以外の人間に描けるようになるのか?」

「光の神呪が描ける人の中で何人かは練習すればできるようになると思ってます。ただ、人数は絞られるし、そもそもすごく神呪を描く量が多いんです。だから、一度にたくさん街灯を作るのは難しいです」

「ふむ。なるほど。あとは見てみないと分からないね」

「はい。そうだと思います。アンドレアス様はどうされますか? 正直言って、神呪自体を見てもよく分からないと思うのですが……」


 全く新しい神呪を使うので、アンドレアス様の了解も必要だしアーシュさんもこの後交渉するというのでラウレンス様と一緒に呼び出したが、この疲れた様子を見るとまた外に移動しようというのも躊躇われる。


「確認はラウレンス様にしていただけるので、しばらく休んでいてもいいと思うんですけど……」

「いや、なにやら重大そうだからな。ちゃんと確かめたい。だいたい、新しい神呪なんだろう? そんなおもしろそうなこと見逃せるか」


 ……まぁ、アンドレアス様がいいんならいいんだけどね。


 アンドレアス様も好奇心旺盛だなと思う。さすがマリアンヌ様の息子だ


「では、外に出ましょうか」

「うん……」

「どうしたの?」


 耳まで覆う分厚い帽子を深くかぶり、厚手の上着を着込み首から肩にかけて毛皮を巻いて準備する2人をボケッと見るわたしに、アーシュさんが首を傾げる。


「えっと……上着の神呪は…………」


 途中まで言いかけて、アーシュさんの会心の笑みに口を閉ざす。


 ……そんな難しい神呪じゃないんだけどね。


 あれも、他の人は使わない神呪なので、一応新しいものと言える。アーシュさんの様子から察するに、これも後で行う交渉に含まれるのだろう。


「とりあえず、僕とアキちゃんだけでいいよ」

「ヒューベルトさんとリニュスさんもだけどね」

「ああ。あの2人はいいよ。こちら側だからね」

「……なんだ?」


 わたしたちの会話にアンドレアス様が怪訝そうな顔をする。


「ええ。後でまとめてお話ししますよ」

「…………ハァ。お前が絡むとこいつに搾り取られる仕組みなんだな」

「へ?」


 ため息を吐きながら何でもないと首を振って、アンドレアス様が先に出て行った。

 リニュスさんに色水を持ってもらって後に続くと、ラウレンス様が最後尾を付いて来る。今日はなんだか随分沈んでいるような印象を受けた。





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