探していたもの

 わたしは最近、神呪まみれの生活を送っている。朝から晩まで、それこそお風呂やお手洗いの中ですら、神呪と動具のことで頭がいっぱいの状態だ。とても充実している。リニュスさんには言わないけど。

 唯一の不満は、アーシュさんへの連絡に時間がかかるので、思いついてもすぐに作ってみれないことだ。勝手に工房に注文することもできない。


「もう、アーシュさん、ずっとここにいればいいのに」

「それは難しかろうな。アーシュ様もいろいろと学ばなければならないこともあるし、ナリタカ様の従者として身の回りのお世話もある」

「学ばなければならないこと?」


 わたしから見たら、アーシュさんは何でも知っていて、何でもできる人に見える。あれ以上何を学ぶのだろうか。


「筆頭従者様のご指導を受けておられるはずだ。まだまだお若いからな」

「筆頭従者? アーシュさんの他にも従者っているの?」

「当然だ。従者はアーシュ様の他に3人。近衛騎士は6人以上いる」


 ……近衛騎士って、護衛する人だよね。意外と少ないんだ。


「ヒューベルトさんは近衛騎士?」

「いや、我々は近衛騎士の見習いのような状態だな。正式には穀倉領から護衛騎士として派遣されているので、ナリタカ様の直属ではない。直属となり、近衛騎士として側近くにお仕えするのが目標だ」

「護衛騎士はもっとたくさんいるよ。だからオレ達みたいに長期出張組とかも何人かいる。たぶん、オレが会ったことがない人もいると思うよ」

「へぇ……。ん? じゃあ、ヒューベルトさんもリニュスさんも、こんなとこにいて、嫌じゃないの? 直属になるためには、ナリタカ様の近くにいてナリタカ様を守ってた方がいいよね?」


 ここでどれだけ活躍したって、ナリタカ様にその報告は入りにくいだろう。


「あー……最初はちょっとそう思うこともあったけどねぇ……。アキちゃん見てると、オレ、もしかして期待されてんのかなって思い直したわ……」


 リニュスさんが遠い目で何かを悟ったように穏やかに言う。


「リニュスさんは優秀だと思うよ?」

「ん? どうして?」

「だって、わたしが困りそうなときは、実際に困るより先に近くにいるし、いろいろ話し相手になってくれるけど、ペトラといる時とかはちょっと距離を置いたり見てないふりをしてくれたりするでしょう?」


 護衛の仕事を放棄するはずがないので、護衛できるギリギリの距離を保って、できるだけペトラと二人の状況にしてくれているのだろうと思う。実際、ペトラは警戒心が強いので、この二人がもっとべったり近くにいたら、今ほどいろいろと話してはくれないと思う。


「…………ハァ。アキちゃんって、ぼんやりして見えて、実は結構見てるよね。だから怖いんだよ」

「え? 怖いの?」

「……いや、将来マリアンヌ様みたいになったら怖いなって」

「………………」


 わたしが固まってしまうのは当然として、どうしてヒューベルトさんまで横で固まっているのだろう。もしかして、ヒューベルトさんもマリアンヌ様は苦手なのだろうか。


「アキ殿が、マリアンヌ様のように……? ということは、マリアンヌ様の子ども時代はアキ殿のような…………? いや……いやいや、いくらなんでもそんな……これだぞ? アキ殿はこれだぞ? これが、ああなれるものか……? いやいや…………」


 ヒューベルトさんって思考回路が独特だと思う。


 ……ていうか、これ、わたし失礼なこと言われてるよね? 言ってる自覚あるのかな?


「まぁ、でも、ホント。アキちゃんの護衛って実はすごく重大な仕事なんだと思うよ。オレ、本気で抜擢されて良かったと思うもん。アキちゃん見てるのもおもしろいしね」


 リニュスさんがそう言って頭をポンポンする。最近家に戻っていないので、こういう風に子ども扱いされることがなくなっていたなと、ふと気が付いた。






 アーシュさんから返事が来た。


「え……試作品、全部?」

「ああ。アーシュ様が来られる時間が取れないらしい。部品の発注が必要な物があればそれも書いておくようにとのことだ」


 許可を出すか判断するために、試作品を一旦全部王都に送れということらしい。


「それ、どれくらい時間がかかるの?」

「早馬で境光が出ていれば、最速で片道3日程だろう。森林領は船があるからな。穀倉領より王都からの距離はあるが、かかる日数は同じくらいだ」


 往復すると早くて1週間くらいの計算だ。実際には境光が落ちたりもするので、もっとかかる。


「じゃあ、何か作る度に次々送っていい?」

「………………。まぁ、やむを得んだろうな……」


 ……いや、それじゃ迷惑だろうなってことは分かってるよ? お金もかかるだろうし。


 だが、そうしないと時間がかかりすぎてしまうし、いっぺんに許可が出ても、今度はわたしが一つずつしか作れないのだ。


「じゃあ、とりあえず、これとこれとこれね。あ、これとこれも」

「……神呪が見えない工夫をしてくれ」

「え~……?」


 他にも、設計書はどの試作品の物か全部の項に書けとか、別便で送るから日付を書いておけとかいろいろ面倒なことを言われる。


「荷物の運搬は穀倉領から人員が派遣されてくるのを待ってからになる。試作品ができたと報告をしてから2日程かかるな」


 手間と時間がかかり過ぎる。


「……うーん? 考えてみたら、どうしていちいちアーシュさんの許可が必要なんだろう?」

「なに?」

 

 首を捻るわたしに、ヒューベルトさんがクッと眉を上げる。怒ったのかもしれない。だが、そもそも、わたしの立ち位置の解釈からして、わたしとヒューベルトさんでは違っているかもしれない。


「だって、わたし別にナリタカ様の傘下に入ってないよ?」


 わたしがどこで何をしようと自由なはずだ。それこそ、成人まで縛り付けたりしない約束だった。この二人は、それは知っているはずだ。だから、監視兼護衛なのだ。


「……ナリタカ様を裏切るつもりか?」

「裏切るも何も、わたしはそもそも誰の下にも付いてないよ。アーシュさんのことは信用してるけど、そこまで縛り付けられるような関係じゃなかったはず」

「………………」


 ナリタカ様に至っては、アーシュさんから話を聞かされているだけで、本人の印象はただの鬱陶しい人だ。


「アーシュさんの目的がわたしを縛り付けることじゃないだろうとは思ってるし、たぶん、わたしのためなんだろうとは思う。だけど、わたしは神呪を描くことを制限される約束をしていないし、神呪の確認なら、森林領の、それこそラウレンス様にお願いするのでもいいはずなんだよ」


 わたしの印象としては、今でも、アンドレアス様はあまり得意じゃない。アンドレアス様が問題なのではなくて、その周りの人たちの問題なのだが。

 けれど、わたしが作った動具を誰でも便利に使えるようになるためならば、それを広めるのがアンドレアス様だろうがナリタカ様だろうが、わたしは別に構わないのだ。更に言えば、たとえ誰も使わなくても、わたしは思いついたものを好きに作って好きに使いたい。事故の心配があるので、神呪の確認はお願いする必要があるが、それがナリタカ様の配下である必要はないのだ。


 ……うん。考えてみればそうだよね。そこまで縛り付けられる必要は、少なくともわたしにはない。


「というわけで、今度からは、今までにある神呪を工夫して作った動具に関しては、神呪の確認はラウレンス様にお願いすることにする。で、新しい神呪や仕組みを考えた時だけアーシュさんに連絡することにするよ」

「……それを一存で決めるわけにはいかん」


 ヒューベルトさんが、こちらを睨みながら食いしばった歯の隙間から絞り出すような、呻き声のような低い声を出す。ヒューベルトさんから敵意のようなものをぶつけられるのは初めてかもしれない。


「それこそ、わたしが考えることじゃないよ。わたしは好きにする。それをどう処理するかはナリタカ様の問題でしょ?」


 わたしは二人に護衛されているが、二人がいなくなって困ることは当面はないはずだ。森林領に取り込まれることを心配しているようだが、それを阻止したいのはナリタカ様であって、わたしではない。誰かに狙われて連れ攫われるのを警戒しているというが、そこはたぶん、アンドレアス様に言えばアンドレアス様が何とかしてくれるだろう。だって、ここはアンドレアス様の邸内なのだ。


「ナリタカ様に囲われているわけでもないのに縛り付けようとするなら、それこそわたしは、成人したらナリタカ様以外の人のところに行くよ」


 ……ダンに言えば、きっと連れ出してくれるはず…………


 そこまで考えてハッとする。


 ……ダンは、わたしが逃げたいと言えば、逃がしてくれるだろうか。


 ヴィルヘルミナさんのことが頭を過ぎって、ギュッと喉が鳴る。

 逃がしてはくれるだろう。だが、一緒に逃げてくれるだろうか。以前と同じように、無条件にわたしを守ってくれるだろうか。


 ……自分で、準備をしとかないと。


 グッと唇を噛んで、強く自分に言い聞かせる。


 もし、ダンが連れ出してくれないのならば、自分でやるしかない。何かあった時に、すぐに逃げ出す準備と覚悟をしていなければいけない。


 ……ああ、わたし、アーシュさんをダンの代わりにしようとしていたのかもしれない。


 ここまでアーシュさんの言いなりになるなんて、以前は考えられなかった。ダンを失う可能性が見えて、次に保護してくれる人を無意識に探していたのかもしれない。


「アーシュさんは、わたしの保護者じゃない」


 言葉にすると更にはっきりする。わたしは、保護者を求めていた。ダンがいない、この状況で、「この人の言うことさえ聞いていれば大丈夫」という相手を求めていた。だけど、わたしはもう小さい子どもじゃない。もう、目を瞑って手を引かれるだけではいられない。


 ……自分で、考えなきゃ。


 ダンがいなければ、わたしは一人だ。それを、ちゃんと覚悟しなきゃいけなかった。

 守られていることが当然で、だから、守ってくれる人がいなければ当然のように、代わりに守ってくれる人を探していたけれど、本当は、そんな人、そう簡単にいるはずがない。


 ……ダンは、自分の全てを投げ打って、守ってくれてた。


 親でもないのに、そんな風に他人であるわたしを守ってくれる人なんて、そうそういるはずがなかった。誰だって、自分が守りたいものが最優先だ。

 ラウレンス様が危険だと言っていたのは、きっとこのことだろうと思う。アーシュさんはわたしを守ってくれるけど、他を投げ打つほどじゃない。ダンの代わりになんて、ならない。


「わたしはもう、小さな子どもじゃない。自分でちゃんと考えて決めるよ」


 ここに、わたしの保護者はいない。ヒューベルトさんとリニュスさんは、わたしの監視兼護衛だ。アンドレアス様とラウレンス様は雇い主で、アーシュさんは、わたしが小さい頃から信頼している、ナリタカ様の従者だ。


 ダンの元に帰ったとして、わたしがまだ以前みたいに守ってもらえるのかは分からない。けれど、少なくとも、ダンの力が及ばないこの場所で、わたしは誰かの言いなりになって全面的に庇護してもらうのではなく、自分で見て、自分で考えて決めなければならないのだ。

 いつの間にか、もう13月に入っていた。このお城に来てから3ヶ月。最初に、その覚悟をしなければならなかったのだと気付いた。






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