引っ越し②

 アーシュさんからの許可が出たので、寮を出て他の場所に住まわせてもらえないか、アンドレアス様に聞いてみることになった。

 アンドレアス様に直接話すのは立場的に無理なので、まずはラウレンス様に相談する。ちなみにアーシュさんからは、城の敷地内にある家であること。同居する場合は完全に信用できる人物であること。本邸内の部屋ではないことが条件として出された。最初の二つは分かるけど、最後はよく分からない。


「万が一、逃げ出す時の事を考えてだと思うよ」

「え?逃げ出すの?」

「邸内で狙われたら当然逃げるだろう」


 ……邸内って、アンドレアス様とかも住んでるんだよね。


 そこで狙われるというのは、かなり不穏な予測ではないのだろうか。アンドレアス様たちも危険に晒されるということなのか、アンドレアス様立ちこそが危険な相手になり得るということなのか。


「その条件を言って、アンドレアス様、許可くれるかなぁ」


 逃げやすい部屋にしてくださいと言われたら、ちょっとショックだと思う。


「アンドレアス様はアキ殿に関して囲い込んだり不要な制約を付けることをしないという約束を最初にしておられる。止めはしないだろう。だが、アキ殿を単独にはさせんだろうな」

「誰かの家にお世話になるってこと?」

「ああ。と考えれば、おそらくペッレルヴォ師だろうな」


 わたしはペッレルヴォ様のお家を見たことはないけど、わたしとヒューベルトさんとリニュスさんの三人で押しかけても住めるような広さなのだろうか。






「アンドレアス様から許可が出たよ。ただ、どの部屋を使うかなどはペッレルヴォ師と直接相談してくれ。引っ越しの日が決まったら知らせるように。使用人が必要なら手の空いている者を連れて行って構わないよ」


 ラウレンス様に相談したら、翌日に返事が来た。ずいぶん早いけど、ちゃんとペッレルヴォ様の了解は取っているのだろうか。


「先にペッレルヴォ師に申し出てからアンドレアス様には伝えたからね。ペッレルヴォ師がずいぶん乗り気だったので、アンドレアス様も大っぴらに反対はできなかっただろう」


 なるほど。順番って大事だよね。


「じゃあ、あとでペッレルヴォ様のところに行かなきゃね」

「ああ。業務後ならご自由にどうぞ」


 そう言って、ラウレンス様はいつも通り、隣の部屋に戻って行った。ラウレンス様ってあっちの部屋で何してるんだろうね。みんなと一緒に動具作ったりするのも楽しいのに。






「ペッレルヴォ様。お部屋を貸して頂けると聞きました。ありがとうございます」

「ふむ。ただ、部屋は余っているが、整理せんと使えんのじゃ。時間は取れるかの?」

「また相談して決めます。どこか、都合が良い日だとか、逆に悪い日などはありますか?」

「いや、事前に分かっていればわしはどうにでもなる」

「分かりました」


 ペッレルヴォ様の部屋を出て、ラウレンス様に相談すると、引っ越しは野の日の午後、フレーチェ様とのお茶会の後にするようにと言われた。それならば、業務に支障を来さないし、もし終らなければ翌日の都の日の帰省を少し遅くすればいい。


「じゃあ、その前に一度お部屋を見せてもらった方がいいね」

「そうだね。オレたちとしては間取りも気になるし」


 ペッレルヴォ様の個室に取って返してお部屋を見たいと伝えると、今日の業務後に見せてもらえることになった。

 いつでもいいと言われたので今日と答えたのだが、さすがに早すぎたらしい。ペッレルヴォ様には目を丸くされ、リニュスさんには苦笑され、ヒューベルトさんには怒られた。こういう場合は2~3日後以降を選ぶものなんだって。善は急げって聞いたことがあるけどね。


「今日の業務後にお部屋を見せて頂くことになりました」


 戻って、一応ラウレンス様にも報告する。


「今日?」

「はい!善は急げです」

「……それ、どこの言葉だい?」


 周りを見回したが、ヒューベルトさんもリニュスさんも知らないらしい。わたしもどこで聞いたのかは覚えていないので、農作業の時にでも聞いたのかも知れない。農家っていろいろすごいと思う。


「まぁ、いい。ところで、街灯の方はどうなっている?」

「うーん、形だけなら、わたし以外にはできないかもしれない物ならできるんですけど、実際に使おうと思うと実用的じゃない物になります」

「………………」


 わたしの答えに、何か書き物をしていたラウレンス様が一瞬固まる。


「……実用的じゃない物とはどういう意味だい?街灯は街灯だろう?」

「設置を想定しているのは町の外の道路とかですよね?光が途切れないようにと思うと大量に設置すると思うんです。そうすると、それを作動する人員が大量に必要になっちゃいます」

「ああ、なるほど……。たしかにそれは現実的ではないね」


 ラウレンス様が考え込む。


「はい。作動させて、しかもずっと作動させ続ける必要があるのでそこを考えなければなりません。まぁ、そこができれば、光の強さと火範囲とかの形はだいたい考えてますけど」


 そう言うと、ラウレンス様がまた一瞬固まって数回瞬きをする。


「……いや、君以外に作れないのではどうしようもないよね」


 気を取り直したように、ラウレンス様が作業を再開しながら言う。だが、わたしは今まで新しいものを作る時に他の人が作ることを想定したことがなかった。正直言って、どうすれば他の人もできるようになるのか、よく分からないのだ。


「そうですね。でも、誰にでも簡単に作れるものって難しいんですよね……」

「別に、誰にでもである必要はないが?」

「え?研究所の人たちができればいいですか?」

「………………」


 ラウレンス様がまた固まる。なんだかペンを持つ手に妙に力が籠っている気がする。


 ダンを始め、研究所には本当に神呪に精通した人たちがいっぱいいた。わたしはそこで神呪を学んだので、そこを基準にしろと言われれば、多少は想像が付く。


「……いや、研究所にはまだ出すつもりがないんだよ」


 ラウレンス様が軽く頭を振って、切り替えたように書き物を再開する。


「この森林領で、作れる者が数人いるのが望ましいね」

「じゃあ、やっぱり誰にでも作れるものじゃないですか。それ、難しいんですよ」

「………………」


 ラウレンス様がまた固まる。今度はメキッと音がした。ペンが壊れたんじゃないだろうか。


「……研究所にだけは頼りたくない」


 ラウレンス様が呻くように言う。なんだかよく分からないけど、もしかしたら研究所に嫌な思い出とかがあるのかもしれない。


 ……10年以上前は研究所にいたって言ってたしね。


「え、ええと……、ちょっと時間がかかるかもしれませんけど、がんばりますね」

「ああ……頼んだよ」


 ラウレンス様にはそう言ったが、まだこの前作ったランプすら誰も再現できていないのだ。


 ……時間かかりそう。






 仕事が終わってペッレルヴォ様の個室へ行くと、ペッレルヴォ様と一緒に家へ向かう。


「ここはエルンスト様とその母君が幼少の頃に過ごされた邸でのう。エルンスト様が壊すと言うので住まわせてもらったのじゃよ」

「前領主様?どうして壊そうとしたんですか?」

「良い思い出じゃなかったんじゃろう」


 エルンスト様にはあまり良い印象を抱いていない。アンドレアス様とは全く違う雰囲気で、嫌悪というよりは呆れの方が強い。


「小さな邸じゃが、それでも領主の子の住まいとして建てられておるからの。使用人部屋も含めると結構な数の部屋がある」

「我々は使用人部屋に住むつもりはありません」


 ペッレルヴォ様の言葉にヒューベルトさんが堅い声を出す。


「いくらなんでも使用人部屋に客人を泊めたりはせんよ」


 ホッホッホと言いながら、ペッレルヴォ様が鍵を開ける。鍵は当然、動具になっている。


「わぁ、広ーい」


 ドアを入ってすぐはホールになっていて、本邸のような豪華さはないが、それでも調度品が品良く並べられていて、落ち着く空間になっていた。


「そこが応接室で、そっちがサロン。どっちもわしは使っておらんがの」

「使用人はいるのですか?」

「家政婦が一人おる。彼女が料理も作るし家事も行う。手が足りなければ時々本邸から何人か連れて来ておるようじゃの」

「邸に出入りする者を把握しておられないのですか?」

「盗む価値のあるようなものは何も置いとらんからの」


 ヒューベルトさんとリニュスさんが目配せしている。使用人が固定されないのが困るらしい。たしかに、わたしを護衛する立場の二人からすると危険な環境かもしれない。


「ペッレルヴォ様、わたし、可能な限り、危険から身を遠ざけなければならないんです」

「そうじゃろうの。ナリタカ様からの大事なお客人じゃ」

「使用人を何人か選定して専属で置いて頂いてもよろしいですか?」

「わしは構わんが、ハンナに聞いてくれ」


 ヒューベルトさんの質問に、ペッレルヴォ様がチラリと地下へ続く階段を振り返る。ハンナというのが家政婦の名前なのだろう。


「2階が部屋じゃの」


 みんなでぞろぞろと階段を上る。本邸のような大きな階段ではなく、人が4人並べるくらいの幅の階段が弧を描くように上に続いている。ホールも含めて、なんとなく、全体的にかわいらしい雰囲気がある。


「わしは一番奥から3つ部屋を使っとる。手前の部屋は全て空いとるはずじゃ」


 そう言われて、一番手前の部屋の扉を開ける。


「…………空いとる?」

「……わしは、はずじゃと言ったはずじゃ」


 部屋の中は本だらけだった。正に、足の踏み場もない。


 ……奥の本とかどうやって取るんだろう。


 扉をそっと閉めて、隣の部屋を覗く。


「…………空いとる?」

「……はずじゃったな」


 嫌な予感というよりもう確定に近いだろうという予測の元、向かいの部屋を開ける。


 ……うん。期待を裏切らない。


「……片付けて良いぞ」

「え……どこに?」

「図書館じゃの。恐らくほとんどが図書館の蔵書じゃ」


 こんなに持ち出していいのだろうか。


「明日、司書さんに一緒に来てもらいましょう。そうしましょう」

「明日?」


 またかと言うようにペッレルヴォ様が目を丸くするが、関係ない。量が量なのだ。急がなければわたしの滞在期間自体が終わってしまう。


「明日です。あ・し・た!善は急げです!」






 

 結局、その日から野の日と都の日と火の日を覗いた合計5日間、司書さんを丸々付き合わせて図書館の蔵書を返却し、残ったペッレルヴォ様の蔵書は奥の部屋に移し、何とか手前の3部屋を空けた。


「明日はお茶会があるから明後日の都の日一日だけで引っ越しを終わらせなきゃね」

「ダン殿には言ってあるのか?」

「うん。先週帰った時に、引っ越しするから都の日は帰らないで火の日に出店の手伝いだけ日帰りで行くって言ってある」


 ……実際に言ったのは先週帰った時じゃなくて、掃除が大変だと判明した日の夜だけどね。


「じゃあ、お茶会の後も時間があったら少しでも進めようね。どうしても使用人に任せられない荷物もあるだろうし」


 部屋の掃除などは使用人がやってくれるそうなのだが、たしかに、わたしの荷物は神呪関連が多いので、むやみやたらと触らせるのは危険だ。


「動具類は我々が運ぶので、アキ殿は使用人に任せられるものとそうでないものとを仕分けておけば良い」

「分かった」


 ペッレルヴォ様の邸に入れる使用人は、ヒューベルトさんとリニュスさんがいろいろと調査をして選定したらしい。


 それから11月最後の都の日、寮の使用人やペッレルヴォ様の邸の使用人の力を借りて、無事、引っ越しが終わった。




 



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