【閑話】契約
シェルヴィステアの領主が代替わりする。
前領主のエルンスト様が存命なのにも関わらず、アンドレアス様は次期王候補なのにも関わらず、領主が変わる。これは予定通りだ。
「さて。ご希望通り領主になったぞ。ナリタカ」
「ええ。マリアンヌ様のご希望も叶って良かったですね」
小さい頃から美しいキレイだと言われ続けてきた笑顔で答えると、アンドレアス様がフンと鼻を鳴らす。
「で?どうするつもりだ?」
「どう、とは?」
「お前が時期王か?」
「さて。私はどちらでも構いませんが」
王族でいなければ補佐領の領主になれない。だが、王族であれば次の王にさせられる可能性もある。王の血筋は常に、そのジレンマを抱えながら政略結婚を繰り返している。我が子を王にしたい者などそういない。もちろん、当人もだ。
「言っとくが、ディーデリクは王位には向かんぞ」
「そのようですね。マリアンヌ様から伺いました」
アンドレアス様の弟のディーデリクは、私と同じ時期王候補の一人だ。だが、神力を上手くコントロールすることができないらしい。当然、補佐領主にも向かなかった。
……だが、王は言わば生贄だ。
多少荒れはするかもしれないが、他に使い道のない王族なら、いっそ王位に付けてしまおうという動きもなくはない。
「お前は力で世界を支えるよりも、知略で世界を回す方が向いているだろう」
「……向き不向きは別として……いえ、何でも。そうかもしれませんね」
「向き不向きは別として、本当は神呪師になりたかったのに、か?」
「…………ハァ」
からかうように言うアンドレアス様に分かりやすく嘆息する。
これだから、子どもの頃を知られている相手はやりにくい。まだ何も知らない頃に言った戯言など何の言質にもならないだろうに。
「そういえば、ランプはどうした?」
「持って来ていますよ」
エルンスト様を更迭することを躊躇うアンドレアス様に、早期に領主の座に就いてもらうための交換条件が、火を使わないランプの提供だった。発明した者については秘匿することにも合意を得ている。
他にも、木材の関税や材料の輸出についての条件に紛れさせて、例の子どもを囲い込まないという条件も組み込んだ。試験の結果はそれほど良くはなかったようだが、私とアーシュが個人的に気に入っていると言えば、それほどの不信感は抱かれないだろうとはアーシュの言だ。
「条件は覚えておられますね?」
「ああ、もちろんだ。だが、私はまだその実物を触らせてもらっていないからな。本当に火も熱もないと確認するまではサインはできんぞ」
「結構ですよ。オーラフ」
片手を上げて呼ぶと、筆頭従者がランプを入れた箱を恭しく差し出す。
「アーシュはどうしたんだ?」
「別の用事がありまして」
「……ハァ。あいつには昨日散々搾り取られたからな。子どもの代わりにあいつをくれないか?」
……それは無理だな。
アーシュは、王族とは離れた血筋の方で、はとこにあたる。それこそ、私が生まれた時から従者となるべく育てられているのだ。引き抜きなど周囲が許可しないだろう。私も、アーシュに抜けられるのは困る。
「主になりたければ、主になって欲しいと相手に思わせなければならないそうですよ。私もアーシュにしごかれているところです」
「クッ、なるほどな。あいつ、ホント不敬だよな」
そこは同意だ。あいつは私が王族だと言うことを時々忘れているんじゃないかと思う。そんなわけはないが。ないよな?
「ラウレンス。例のランプだ。確認してくれ」
「はい」
前に進み出たのは、30半ばくらいの、銀の髪を緩く縛った男性だ。割と整った顔立ちに垂れ目がちな、一見優し気な男だが、目の奥に暗い光が見え隠れする。腐っているようには見えないが、アーシュなどより余程クセがありそうだ。よくこんな、いかにも訳ありな男を採用したものだと感心する。
「これは………………」
オーラフからランプを受け取った男は、ランプを作動させてみて絶句する。
……まぁ、そうだろうな。
恐らく神呪師だろうと思われる男の、予想通りの反応に満足する。それと同時に危機感も募る。成人まで囲わせないという約束はしているが、成人後は分からないし、そもそも囲い込む契約を取り付けなくとも身近に置いて上手く言いくるめれば、この調子で次々と新しい神呪を開発してしまうかもしれない。森林領が有利になり過ぎるのもおもしろくない。
「アンドレアス様、ご契約を」
あの子どもがこのランプを作り出したのだと、知られないようにしなければならない。だが、正直言って、そんな方法があるならば教えて欲しいくらいだ。あの子どもはとにかく目立ちすぎる。養父は何をしているのかと問いただしたくなるが、アーシュによると、子どもの能力を潰さないように注力しながら、よく抑えられている方だということだ。たしかに、目立たせないために潰されてしまっては元も子もない。
「お待ちください。神呪を確認させて頂きたい」
神呪師の男が待ったをかける。用心深いのだろうが、王族の会話に平然と割って入る辺り、やはりその辺の文官とは性質を異にしている気がある。
「確認が必要なのか?火と熱が使われていないことは一目瞭然だと思うが?」
「それは……」
スッと目を細めて不快さを演出する。別に神呪を見るのは構わないが、この男には一度釘を刺しておきたい。どう見ても、上の者に無条件に従うタイプではないだろう。
「そういじめてくれるな、ナリタカ。別に疑っているわけではなかろう、ラウレンス」
「はい。大変失礼を申し上げました。ただ、これまでに見たこともないものでしたので、どのようなものかと……。当方で再現できるものなのかを確認させて頂きたかったのでございます。未熟に関しては何卒ご寛恕頂きたく」
「なるほど。だが、再現できない場合はどうするんだ?」
契約をしなければランプを渡すつもりはない。一度見て再現できないと分かればランプを諦めるのか。いや、その前に、再現できると思えたならばどうするのか。契約をせず、ランプを諦めたと見せかけて独自で開発することも考えられる。もっとも、例の養父が言うには、この神呪を一目見ただけで再現させられる者などいないだろうということだが。
「……研究致します」
「再現できなさそうなのか?」
アンドレアス様が警戒の目を向ける。
「簡単ではなさそうですね。ですが、人が描いたものです。全く不可能ということはないでしょう」
突き放すようだが、再現できるかどうかは向こうの問題だ。こちらが言えるのはこれくらいだろう。
「なるほど。どちらにしても、契約をするしかなさそうだな。この技術は欲しい」
「ええ。たしかに、すぐに再現できるようなものならば、これまでに発見されていてもおかしくない。一見で真似ができるとは思えませんし、もしかしたら解析するのに時間がかかるかもしれません」
ため息交じりのアンドレアス様の言葉に、神呪師の男がうなるように答える。
「人の足元を見るような真似を」
アンドレアス様がジロリと睨んでくるが、仕方がない。駆け引きとはそういうものだろう。
「では、お願いします」
「仕方ないな」
ブツブツとぼやきつつ、アンドレアス様が特殊なペンで書類にサインをする。特に何か縛りがあるわけではないが、このペンで書いた文字は消すことができない。契約を破棄する場合は、破棄をする旨の契約書を新しく作らなくてはならない。
「こちらはオーラフが」
次期王候補である私は、基本的に神呪に触れることは禁じられている。厳密には、神呪が描けることが問題のようなのだが、長い歴史の中で解釈が歪んでしまったらしい。法典ではなく、後に作られた暗黙の法だと歴史書にはあった。
動具が使えないというのは何かと不便だ。当然、特殊なペンなど使えないので、代わりに従者に契約させる形になる。従者が死んでも契約が無効にならないような文面にする必要があるので面倒なのだ。王位に就けば、血判がサイン代わりになるのだが、今の宙ぶらりんな立場では契約一つまともにできない。
「ところで、あの子どもだが」
「アキですか?」
「ああ。試験の結果が出たぞ」
「ほぅ」
正直言って、結果にはあまり興味はない。たった2週間でできることなどたかが知れているし、不合格だったことは既に聞いている。そもそも、あの子どもの価値はそこではない。
「座学は計算だけだな。まともにできていたのは」
「……計算はできていたのですか」
それは意外だ。小難しい計算など、庶民として暮らしていたら必要なかっただろうに。そういえばアーシュも、計算が得意そうだと言っていたか。
「だが、問答が及第点だったぞ」
……及第点?何の冗談だ?
一般に、官僚採用試験は問答が最難関とされる。担当試験官によって内容も形式も異なるため、事前準備ができないのだ。アーシュも、こちらは特に対策は取っていないと言っていた。強いて言えばよく雑談することだとか。
「……担当はどなたが?」
「ペッレルヴォだ」
「ああ」
子どもの頃に何度か会ったことがある。あの頃はアンドレアス様も今とは違って無邪気でわんぱくだったので、ペッレルヴォ師にはよく叱られていた。思い出して、思わず笑いが漏れる。
「あの方は俊秀ですね。私こそ、あの方を頂きたいくらいだ」
「やらんぞ。母上が修羅と化すからな」
「マリアンヌ様に睨まれるのは勘弁して頂きたいですね」
「そうだろう?しかし、あの子どもはあのペッレルヴォ師の論説に真っ向から反論してきたらしいぞ。最初の一言目からだと師が笑っていた。あれは相当気に入られたぞ」
「……また面倒な」
よりにもよって、あのペッレルヴォ師とは。思わず頭を抱える。何故あの子どもは行く先々で目を付けられるのだ?
「私が囲い込むことはせんが、師に見つかれば絡まれるぞ。城には近づけんことだな」
「ご忠告ありがとうございます」
「そのアキという子どもについては私にも事後承諾でしたな、ナリタカ様」
アンドレアス様と別れて、シェルヴィステアの城内に用意された客室に戻った途端、オーラフがサラリと口にする。
「そうだったな」
アキについては、他の者にはまだ知らせていなかった。わずか10歳の子どもだ。これからどうなるかも分からなかったので、将来性は買いつつも、まだ様子見の段階だった。
……目算が甘かったな。
蓋を開けてみれば、出てきたのはなんと新しい神呪だ。急いで、特に身近な数人には将来召し上げる予定を内達したが、なにせ誰も本人を知らない。詳しく知らせる間もなく、早急に何とかせねばとアーシュ共々目まぐるしく立ち回っていたのだが、さすがに申し訳ないと思っている。
「そういうわけですので、アーシュが戻り次第、私も出かけることに致します」
「は?」
……何がそういうわけなのだ?
「筆頭従者として、その子どもを一度この目で確かめねばなりますまい」
「…………それは、好奇心とは違うのかい?オーラフ」
「その質問はナンセンスですな」
つまりは好奇心だろう。
「まぁいい。構わないよ。ヒューベルトかリニュスが戻るだろうから連れて行くといい」
「ご配慮、ありがとうございます」
翌日、戻ってきていたリニュスを連れて例の子どもを見に行ったオーラフが、戻ってきた途端何やら渋い顔で口を開く。
「……成人まで、あれを野放しにするのですか?」
いったい何を見たのだろうか。
「ヒューベルトが庶民の出店で食べ物を売っておりましたが」
……何をやってるんだ?あいつは。
「ヒューベルトは監視兼護衛でしたな」
「ああ」
「監視対象に遣われておりましたぞ」
「………………」
「たしかに、何をするのか予測が付け辛い子どものようです。この状況はこのままでよろしいのですか?」
よろしいも何もない。こちらの傘下に入れようとしたが、断られてしまったのだ。
「……ハァ。仕方ない。あれの養父に釘を刺されているからな。心証を悪くするとフラフラとどこに行くかも分からないんだ。付かず離れずで見張るしかない」
「では、もう少し子どもとの距離を詰め、あとは自由に判断するようにあの二人には指示を出した方が良いですな」
「自由に?」
監視や護衛という業務に自由も不自由もあるだろうか。
「どこで誰が何をしてくるか分かりません。その時々で最良の判断を自ら下す許可を与えなければ、立ち行かなくなる場面も出てくるでしょう。ナリタカ様にはその尻拭いをする覚悟が必要かと」
「なるほど。分かった。泥はこちらが被るとしよう」
「フッ。その美しいお顔に泥を被せるのが、あのような子どもになるかもしれないとは。人生とは分からぬものですな」
……何故楽しそうなのだ?この筆頭従者は。
それにしても。
あの子どもは、初めて会った時から人を振り回し過ぎていないか?もしや、これから更に振り回されることになるのだろうか。少しは手加減願いたいものだ。
私はため息を吐きながら、オーラフからの報告に耳を傾けた。
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