領主様の代替わり

 木の実のハチミツ漬け入りクレープを売り出し始めてから一月。売上げは順調だった。


 値段が安いのでそれ程の高収入になるわけではないが、わたしとコスティの店がハチミツ関連を扱っているということは結構知られたと思う。蜜蝋は扱っていないのかと聞かれたりもした。

 何より、出店の椅子に座って一日中ぼーっとしているのは辛かったのだ。他のお店が売れているのを横目に見ているので尚更きつかった。今は他のお店と同じように忙しくしていられるのが、みんなに受け入れられているようで嬉しい。


「アキちゃん、ダンさんはいる?」


 4月に入ってすぐ、ダンもクリストフさんもお休みで、町に買い出しに行く準備をしていると、ヴィルヘルミナさんがやって来た。


「いるよ。ダンー!ヴィルヘルミナさんが呼んでるー!」


 ダンは2階にいたので大声で呼ぶ。今日は火の日なので、ダンとクリストフさんは買い出しで、わたしはコスティと出店だ。


「ダンさんにお客様が見えてるの。今、兄さんが話しているからダンさんに、うちに来てもらえるように言ってくれる?」


 そういうと、ヴィルヘルミナさんはちょっと慌ただしく戻って行った。


「ん?どうした?」


 ダンが買い出しに使う背負い袋を持って降りてきた。


「ダン、お客さんが来てるって。クリストフさんが相手してるから来て欲しいんだって」

「客?……チッまたか。お前はちょっと待ってろ。出かける時に呼びに来る」


 そう言って、ダンはクリストフさんの家へ向かった。


 ……またかってことは、これまでにもお客さんが来てたってことだよね。


 ダンが話さないということは、わたしには関係ないことだろうか。

 仕方がないので、木の実のハチミツ漬けを作ったりハチミツ飴を作ったりして時間を潰す。最近、リッキ・グランゼルムからも納品量を増やせないかと言われていて、コスティとどれくらい増やせるか相談中なのだ。木の実のハチミツ漬けはわたしたちも出店で使うので、きちんと計算して卸さなければならない。


 ……正直、出店を出さなくてもお金は稼げるんだけどね。


 でも、出店で売らないと食べた人の反応が見られない。自分が作っている物に、買った人がどういう反応をするのかちゃんと見たいので、クレープは細々とでも売りたいと思っている。


「待たせたな」


 しばらくすると、ダンが呼びに来た。なんだか少し機嫌が悪そうに見える。


「何だったの?」

「……神呪師として出仕しねぇかってさ」

「ええっ!?出仕って、お城!?」


 補佐領で神呪師が活躍する場所は2箇所だ。

 1箇所は、穀倉領でダンがやっていたような、工房との契約。これは、所属は神呪師組合で契約先が工房という形だ。

 そしてもう1箇所がお城。領によるが、補佐領にはたいてい、領主様に直接使える神呪開発室がある。一般に、補佐領にいる神呪師はあまり技術が秀でていない。だが、領主様に直接使える開発室には、腕のいい神呪師が所属していることが多い。王都の研究所に勤めていても、領内出身の者で腕が良いと見込まれれば直接勧誘が来るらしい。まぁ、これも、その領がどれ程神呪を重用しているかによるのだが。


「あれ?でも、ダンの戸籍って王都だよね?」

「ああ。だから断った」


 ……ちょっともったいないね。


 補佐領住まいの神呪師だったら憧れるところだろう。


「今度、領主が代替わりするからな。しばらくゴタつくだろうな」

「新しい領主様が立つの?」


 試験の日に会った人は領主様の息子だった。もしかして、あの人だったりするのだろうか。


「ああ。まったく、オレたちには関係なかったはずなのにな。行くぞ」


 ……関係なかったはずなんだけど、わたし、アンドレアス様にご挨拶したんだよね。


 改めておかしなことだったなと思う。あれからアーシュさんとは会っていないけど、結局どうしたかったのか分からないままだ。まぁ、わたしとしては、問答とかおもしろい経験だったからいいんだけどね。






「コスティ、領主様が代替わりする時って、わたしたちに何か関係ある?」

「さぁ、オレが生まれてから代替わりしたことがないからな」


 それはそうだ。聞く相手を間違った。今日はたぶんリッキ・グランゼルムの納品にエルノさんが来るだろうから、エルノさんに聞いてみよう。


「アキちゃん、コスティくん、おはようさん」

「おはよう、エルノさん」


 エルノさんがやってきた。今日は納品の日なので待っていたのだ。決して、エルノさんが持って来てくれるリッキ・グランゼルムの出店料理が楽しみなわけではない。


「ほい。今日はオレのメニューじゃないんだけどね」

「わぁ、ありがとう!うちからも、はい!」


 リッキ・グランゼルムの料理と交換で、クレープを渡す。前回の納品は違う人が来たから、エルノさんには食べてもらっていなかったのだ。実はあれからメニューを増やして、鳥肉にハチミツと塩を絡めて焼いたものを入れたクレープも出している。甘いものと辛いものの2種類だ。


「お!噂のクレープか。実は今日、楽しみにしてたんだよ」


 エルノさんは、いつも早めに来て一緒に食べてから出店に戻る。この時間が、お互いの貴重な情報交換の場になっている。


「お、美味いな。んん~?なんか食感が……これ、普通のクレープ生地じゃないよね」


 さすがは料理人。一口で分かっちゃうのか。


「何を使ってるかは内緒なの」

「ええ~、オレにも言えないの?オレとアキちゃんの仲でしょ~?」

「言えないものは言えないんだよ」


 コスティのつれない返事にエルノさんが拗ねているが、言わないことに決めているので仕方がない。でも、内緒だと言っても特に嫌な雰囲気になっていないので内心ホッとする


「それより、エルノさん。領主様が代替わりするってホント?」

「ああ、去年告示されてたね。この機会に検注とかするらしいけど、オレ達は農民じゃないからね。あんまり関係ない話かな。まぁ、お披露目とかがあれば祭りみたいな催しもあるかもしれないけど……ここまで何の通達もないんだから、やらないんだろうね」


 代替わりとは派手に行われるものではないらしい。でも、穀倉領では領主様が替わったことで変えられたこともいろいろあったみたいだから、庶民に全く関係ないことはないと思うけど。


「森林領では領民の意見が届けば領主様が規則を変えたり新しい神呪が開発されたりするんでしょ?なのにお披露目もしないの?」

「オレ達にとっては領主様って立場であれば、それが誰だろうとあんまり関係ないからねぇ」


 なるほど。そういえば、領主様という呼び方は聞いても、領主様の名前を聞くことはない気がする。


 ……アンドレアス様だってナリタカ様だって、普通の人間のはずなのにね。


 それから10日後、人々の関心があまりない中、2週間後の4月26日の森の日に領主様が代替わりをするという告知が改めてなされた。






「や、アキちゃん。久しぶり~」

「アーシュさん」


 久しぶりにアーシュさんに会った。でも驚きはしない。なにせ領主様の代替わりだ。試験の時の様子から考えて、アーシュさんならお城に呼ばれてるんじゃないかと思っていたし、それならきっと立ち寄るだろうと思っていた。


「アーシュさん、一人?」

「うん?誰を期待してたの?」


 アーシュさんが、不思議そうなおもしろがるような顔で聞いてくる。


「ナリタカ様がいたら一応、お礼を言おうと思ってたの。コスティの宿代も払ってもらったし」

「ああ、じゃあ、伝えておくよ。アキちゃんがお礼を言ってたって言うときっと喜ぶよ」


 ……やっぱり言わないでって言うべきかな。


 わたしのお礼で喜ぶって、やっぱりちょっと危ない人なんじゃないかと思ってしまう。


「いや、アキちゃんから避けられてすごくショックだったんだよ、ナリタカ様。まだ子どもだったからさ。そういう態度を取られることに慣れてなかったんだよ。未だにちょっと尾を引いてるみたいだからさ、アキちゃんから歩み寄ってくれたって知ったら普通に嬉しいと思うよ」


 とりあえず、そういうことにしておこうと思う。当分会うことはないんだしね。……ないよね?


「それより、アキちゃん。ちょっと大事な話があるんだけど、この後ダンさんと三人で話せる?」

「ん~、クリストフさんと交代で寝ると思うから、少しの時間だったら取れるんじゃないかな。ちょっと聞いてくるね」


 アーシュさんを居間に残して、ダンに聞きに行く。ダンと二人で戻ってくると、アーシュさんが台所の鉄板を舐めるように見ている所だった。クレープを焼いている動具が便利だったので、家にも備え付けたのだ。


「これ、すごいね。火を使うわけじゃないのにずいぶん高温にできるみたいだ。しかも、こんなピンポイントで」


 アーシュさんが驚いた顔をで興奮気味に言う。これはわたしの自信作だ。


「うん。丸く囲ってる範囲で熱するの。神力を調整できる人なら温度も変えられるんだよ」

「へぇ~。温度の調節を物理的にできればみんな便利になりそうだね」


 ……なるほど。今度試してみよう。


「で?大事な話って何だ?」


 みんなで居間に移動すると、早速ダンが切り出した。


「あのランプのことです」

「神呪か」


 ダンの目が鋭くなる。あの神呪のことを公表されたら、それこそわたしの存在が大々的にお披露目されるようなものだ。


「森林領の神呪師が作ったことにさせていただけませんか?」


 ……なるほど。いい考えだと思う。


 わたしの存在は隠したまま、あのランプが一般化されるなら別に構わないと思う。が、わたしは構わないが、ダンは構うらしい。目をスッと細くしてアーシュさんを見据える。


「…………理由は?」

「ランプを広げたいんです」


 まぁ、たしかにあのランプは便利だし、あれを広げようと思えば光らせる神呪を公開しないといけない。


「他には?」


 隠し事は許さないと静かに圧力をかけるようなダンの口調に、アーシュさんがの表情がスッと消えて、目が冷たく光る。取り巻く空気まで変わった気がして軽く息を飲んだ。


「…………アキちゃんの処遇を巡って森林領と取引をします」


 これまでも、アーシュさんは実は厳しい人なんじゃないかとか裏の顔がありそうだとか感じたことはあったが、実際にそれを目にしたことはなかった。

 まるで別人のような、見たことのない表情と空気に怖くなってくる。


 ……これ、わたしの話をしてるんだよね。


「……取引?」


 ダンの声がひと際低くなる。


「……詳細は言えませんが、森林領にランプを提供する代わりにアキちゃんの囲い込みを諦めてもらいます」

「……他には?」


 ダンが更に追及する。他にも何かあるのだろうか。


 ……っていうか、あったとしても庶民相手にそう簡単に話さないよね。


「あとは関税に関することです。ここは言えません。……ただ、このランプや神呪を開発した者が誰かは秘匿します」

「時間の問題じゃねぇのか?」

「かもしれません。ですので、先にアキちゃんの囲い込みの断念を盛り込みます。アキちゃんについては今のところ、商才を買っていると説明してありますので。そして、アキちゃん」


 アーシュさんが真っ直ぐにわたしの目を見る。


「アキちゃんにはナリタカ様の傘下に入ってもらいたい。正直に言えば、僕たちは君の才能が欲しいと思ってる。そしてそれは、どの領地や王族も同じなんだ。だから、先に君を確保しておきたい。それに、これはアキちゃんのためにもいいと思ってる」


 アーシュさんの言葉に目を見開く。


 …………わたしの才能。


 それは、わたしが神呪師として求められているということだ。


 ドクンと心臓が鳴った。





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