ナリタカ様との思い出
当時を思い出すかのように苦々しい表情をするダンを見てわたしがお父さんに感謝の念を送っていると、アーシュさんが興味深そうにこちらを見ているのが目に入った。
「あれ?というか、アーシュさんはなんでそんなに詳しいの?」
あの事故のことって、そんなに大々的に扱われていたのだろうか。
「ナリタカ様がひどく気にしててね。子どもが一人いたはずなのに見当たらないって」
「え?あの人、わたしのこと知ってたの?」
神物が現れたのだから、討伐隊はたしかに大々的だった。だが、メインは討伐隊で、わたしの両親は研究のためにそれにくっついていった、ただのおまけみたいなものだ。そしてわたしは、更にそのおまけだ。
……そんなおまけのおまけの存在なんて、誰も気にしないんじゃない?
「そりゃ、一緒に行ってたからね」
「へ?」
記憶を辿ってみても、それらしい人に行きつかない。ガルス薬剤店で見た姿は成人するかしないかぐらいだったので、事故の時はもっと幼かったのだろう。討伐隊はみんな大人だったので違うとして、他に、わたし以外に子どもなんていただろうか。
……なんか、鬱陶しいお姉さんならいたけど……。
「…………あ」
わたしはそーっとアーシュさんを伺う。
……思い出したかもしれない。
「……あの人は男の人、だよね?」
「そうだけど?そこ、そんなに迷うとこ?」
アーシュさんが噴出して答える。だが、違うのだ。ただキレイだってだけで迷っているわけではないのだ。少なくとも、今回は。
「あのね、あのキレイな人ね……」
「ん?なに?」
ちょっと言いよどんでしまう。聞いていいものだろうか。
……アーシュさんの主なんだよね?
「あの……、あの人さ、女装したり、する?」
「………………っぷーッ!アッハハハハハ、何それ、何それ、何かあったの?」
一瞬、呆気にとらたようにポカンとした後、アーシュさんが盛大に噴き出しながら聞いてくる。一歩間違うと主の醜聞になると思うのだけど、いいのだろうか。
「うーん……、なんか、一度スカート履いてるとこ見ちゃったんだよね……」
「スカートォ?」
アーシュさんが目を丸くして、でもキラキラさせながら身を乗り出してくる。なんだろう、この人は自分の主に何を期待しているのだろうか。
「うん。向こうはわたしに気づかなかったと思うんだけど、宿の裏手で遊んでた時に、裏口からそっと出て行ったとこ、見ちゃったんだよね」
「うん?それ、あの時だろ?なんか高貴な人が行方不明って討伐隊の奴らが騒いでた」
ダンが聞いてくる。そうなのだ。あの後キレイさんがなかなか戻って来なくて、誘拐されたのか失踪したのか何かあったのかと、同行していた護衛とかが大騒ぎしていたのだ。
「お前、何も言ってなかったよな?」
「いや、だって……お兄さんだと思ってた人が女の人の恰好して裏口からそーっと出て行ったんだよ?誰にも知られたくないのかなって思うでしょ?」
わたしは親切心から黙っていたのだ。決して新しい動具に夢中になっていてあの人のことなどすっかり忘れ去ってしまっていたわけではない。
「あの後、あの人が帰って来た時もわたし、宿屋の裏手にいたんだけど、全然不自然なとこがなかったから、ああ、女の人だったのかって思ったんだよね」
正面から見たナリタカ様はそれは美人だった。もう、この世の人ではなかった。小さな子どもでもそう思うのだから、男の人が見たら気絶してしまうんじゃないだろうかと、今なら思う。
その時は、ただそれだけだった。キレイな人が一緒に旅している中にいるんだなというくらいだった。なにせ、討伐隊とその人の護衛と研究所の神呪師たちで大所帯の旅だったのだ。そもそも他人に対して興味が薄かったわたしにとっては、同行者が美人だとかどうでもいい。
「けど、あの人たしか、なんだかわたしの邪魔ばっかりしてきてたんだよ」
何故かだんだん、わたしが新しい神呪を考えたりしているとしつこく話しかけてきたり、甘いおやつを目の前に突き出して邪魔をしてくるようになったのだ。
「わたしが楽しく新しい動具とか考えてて、もう一歩って時に限って邪魔しにくるの。あのお姉さんがいると集中できなくなるから来ないでほしかったよ」
わたしの中で、あのお姉さんは集中を乱す邪魔な人だという認識だ。
「あぁ、なんかお前、妙に絡まれてたな」
「でしょ?なんだったんだろうね」
あの人は、だいたいダンがわたしを探しに来る前に来て邪魔をしていっていたので、ダンと話しているところを見た記憶はあまりない。
……構って欲しかったとかかな?
今ならそういうことかなと広い心で受け入れてあげることもできるが、あの当時は4歳だったのだ。本当に鬱陶しかった。
「クックッ……。すごい、こんなに認識が違うんだ。ナリタカ様かわいそう」
……かわいそうって言いながら笑ってるし。
アーシュさんは言ってることと言い方が一致していないと思う。この人ホントに従者だろうか。
「いや、ナリタカ様はあれでも君のことは随分気に入ってたみたいなんだよ。僕はあの時一緒に行ってなかったんだけど、帰って来てからもしばらくは君のことばっかり話してたからね」
……しばらく話すほどネタなんてあったのかな?
なにせ旅先でのことだ。特にこれといって変わったことはしていなかったと思うのだが。
「しかも忽然と消えてしまっただろう?、尚更気になって仕方なかったみたいだよ。探し出してあげなきゃってずっと言ってたんだ。恋でもしてるのかって感じだったよ。ククッ」
「…………こいぃ?」
……わたし……あの時4歳だったんだけど……。
「いや、たとえ話だけどね。たとえ話。そんな顔しないで」
捉え方によってはかなり危ない人だ。というか、どう聞いても危ない人だろう。呆気にとられるわたしに、アーシュさんが手を横に振りながら付け加えるけど、わたしの反応はおかしくないと思う。普通はたとえ話にもならないだろう。ダンも顔を引きつらせている。笑っているアーシュさんがおかしい。
「……とりあえず、お前はその人には近づかない方がいいかもな」
「そうだね。あの人ちょっとうるさいし」
わたしとダンの意見は一致した。
「いや、冗談だよ。冗談!ああ、そういえば、工房のことなんだけどさ」
「工房?」
わたしとダンが頷き合っていると、アーシュさんが焦ったように話を変える。さすがにマズイと思ったのだろう。もう手遅れだけど。
「そ。何か作りたいものがあるんでしょ?」
「あ」
そういえば、そうだった。アーシュさんは千里眼でわたしのことをお見通しだったんだ。
「作りたいもの?なんか炭を作ってたな。できたのか?」
「うん……たぶん。でも、やってみないと分からない。まだ実験してみなきゃいけなこともあるし」
光っている時間を延ばすためには素材をいろいろと試して見なければならない。少なくとも、わたしが森の中で手に入れられるものでは足りていない。
「必要な工房は何?」
「う~ん……今のところ考え付くのは、金属か木工かなぁ……使い方によってはガラスも使いたくなるかも」
光る素材を固定して、手に持ったりテーブルに載せたりするものが必要だ。素材によっては作動する方法も違う方法を考えなければならない。
「とりあえず、試作品について詳しく書き出してくれたら僕が直接職人に注文するよ」
「ホント?わたしからの注文だってバレない?」
アーシュさんにバレてしまってるからと言って、他の人にまで大っぴらにバラしていいわけではないだろう。
「少なくとも、個数が少ないうちは大丈夫だよ。僕が発注するし、職人をばらけさせればね。難しくなってきたら、いっそ他の領地の職人に当たってもいいし」
「いや、穀倉領と森林領以外はダメだ」
ダンが即座に返し、それを聞いてアーシュさんがキラリと目を光らせる。領地によって何か違うのだろうか。
……職人の得意不得意とか?
「いろいろとご存じのようですね。火山領は今のところこちら側ですよ」
「あそこはそもそも落ち着いてねぇ。信用はできねぇな」
「……なるほど。参考にさせていただきましょう」
なにやら大人な会話が繰り広げられていて、子どものわたしには付いて行けない。それにしても、アーシュさんは王族の従者なのだから、政治的な話とかも得意だろうが、ダンが対等に話しているのが不思議だった。自分たちのことを明かさず点々とするのは、わたしを隠すこと以外にも何か目的があるのだろうか。
……他の領地か。
「ねぇねぇ、アーシュさん、わたし、いろんな素材を炭にして実験してるんだけど、森の中のものだけじゃ足りなかったの。穀倉領の稲とか麦とか大豆とかも炭にしてみたいんだけど」
「ん?炭?ん~……じゃあ、素材をここに持って来させようか?稲とか細いものを炭にして運ぶと壊れちゃいそうだし」
……やった!実験が進む!
わたしがパッとダンを振り返ると、ダンが目を細めてアーシュさんを見ていた。
「こいつはまだ何も作っちゃいねぇ。いろいろとやらかしてはいるが、公には実績は何もねぇ状態だ。それなのに、それほどの協力体制を見せるのは何でだ?」
わたしはアーシュさんのことをすっかり信用してしまっているが、ダンはそこまでではないのかもしれない。目の前に美味しい話を突き付けられて舞い上がってしまった。反省反省。
「もちろん、アキちゃんの能力を見込んでですよ。旅の間のアキちゃんの言動を見て、かなり衝撃を受けたようですからね。それはもう、いろいろな面で。ナリタカ様からはどんどん協力するようにと言われています」
これは、誉められているのだろうか?
……おかしいな。ちょっぴり貶されてる気分になっちゃった。
まぁ、気のせいだろうと気を取り直して、体ごとダンに向き直る。
「ダン、わたし、どうしてもこのランプを作り上げたいの。もしアーシュさんに協力してもらうのがダメなら、他にどうすればいい?」
わたしとしては、別にアーシュさんやナリタカ様でなくても構わないのだ。だが、わたしに取れる手段が、他にある気がしない。
コスティの激情を思い出すと、胸が痛む。
あんなに傷ついているのだ。わたしにできることがあるのなら、何かしてあげたいと思う。それは、もしかしたら、コスティのために何かすることで、自分の傷を癒やしたいという気持ちがどこかにあるのかもしれないとも思う。
頭をガシガシ掻きながら、仕方ねぇなと溜息を吐くダンを見ながら、そんなことを思った。
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