光の神呪に適した素材

 場所も時間も気にせず、思いついては神呪を描き散らす生活をしているが、とりあえず、やらなければならないことはやらなければならない。クリストフさんに迷惑をかけた上に、自分の決めたことまで放り出すわけにはいかない。

 

「分蜂に成功したみたいだから、夏を過ぎたら卸せるようになると思うよ。夏に30、秋に30くらいかな」


 今日はリッキ・グランゼルムに来ている。約束通り、始めの5の鐘の後だ。ダンのケガがまだ直らないので、今日はクリストフさんと二人で来た。本当はコスティも連れて来ようと思ったのだが、子どもたちだけでやっていると分かったら搾取しようとする輩もいるかもしれないからと、クリストフさんに止められた。


「ふぅん、とりあえず試しに2つもらおうか」

「じゃあ、一つ2,200ウェインで合わせて4,400ウェインだね」

「はぁ!?お、おいっ。1,600ウェインだって聞いたぞ」


 トゥーレさんが慌てた声を出す。何を言っているのやら。


「それはトピアスさんとの契約だもん。トゥーレさんは関係ないでしょ?トピアスさんの宿屋では2,200ウェインで売ってるんだよ」


 トゥーレさんとさわやか兄さんがポカーンとしているけれど、何がそんな顔させているのか分からない。


 ……だって、卸価格っていうのは代わりに売ってくれるお店に対しての値段だよね?


 横でクリストフさんが珍しく笑いを堪えている。


「よ、よし、じゃあ今回はその値段で買おう。だが正式に契約する時にはトピアスさんと同じ条件にしてくれよ」

「え?う~ん……それは無理だなぁ。トピアスさんは最初に契約してくれたから特別待遇してるんだよ。わたしだって最初にこのお店が契約してくれたらそうしたかったんだけどね」


 そう言った途端、トゥーレさんがギロリとさわやか兄さんを睨みつけ、さわやか兄さんはこれ以上ないくらいに縮こまってしまった。ちょっぴりかわいそうなんだけど、でも、まぁ仕方がないもんね。


「次の買い出し6日後だから都の日でお休みでしょ?その次は……」

「20日だな」

「草の日か」


 草の日だとさわやか兄さんは出店当番じゃない。わたしは、お店に直接来る約束をしてリッキ・グランゼルムを後にした。






「ダンはおもしろい教育をしているようだな」


 その日の夕飯の席で、クリストフさんがリッキ・グランゼルムでのことをダンに話して聞かせた。これはきっと、雑談という名の報告だと思う。


「ハァ……。目立つことはするなとあんだけ言ってんのに……」


 ダンが左手で顔を覆って深いため息を吐く。でも、別に目立つことはしていない。


「トゥーレさんに木の実のハチミツ漬けを売ってきただけだよ?」

「高級料理店相手に、店で買うのと同じ値段でな」


 クリストフさんがクッと笑いながら補足する。


 ……そこ、重要?


 高級料理店に納品してるなんて、それだけで商品価値が上がるから、普通はできるだけ安くして何とか納品させてもらうようお願いするものなのだそうだ。トゥーレさんが驚いていた意味がようやく分かった。でも、欲しいと言ってきたのはあちらなので、わたしが値段を下げる必要性を感じない。


「だってまだ何も契約してないんだよ?今のところトピアスさんだけで充分だし」

「そもそも、そいつはなんでお前に料理を考えさせようとしてたんだ?」


 もっともな疑問だと思う。


「あの店の新人は、定期的に新メニューを考えなければならないそうだ」

「え?新人?あのお兄さん?」


 若そうだとは思ったが、成人したてには見えなかったけど。

 それにしても、料理人成り立てでいきなり新メニューを作れなんて、無茶過ぎるんじゃないかな。


「あの店は、余所で経験を積んだものしか雇わないらしい。経験者を雇って更に修行を積ませる」

「へぇ~。厳しいんだね」

「ああ。厳しくても一流になりたければ、それだけの努力が必要だということだな」


 つまり、あのお兄さんはそれだけの努力をしてでも、リッキ・グランゼルムという一流のお店の料理人になりたかったということだ。


「でも、じゃあ、なんで?」


 わたしに料理を考えてこいと言ったのは何だったのか。


「行き詰まって藁にもすがろうとしてたんだろ」


 ダンが頬杖をつきながら、いかにもつまらなさそうに言って、左手でフォークを持つ。一口大に切ってあるとはいえ、利き手じゃない方の手でもとても自然に器用に食べている。

 わたしとヴィルヘルミナさんは、思わずお肉の動きをじっと目で追ってしまった。あのダンの器用さがもったいないなと思う。


 こういうの、なんて言うんだっけ?えぇ~と……。


「でも、よりによってどうしてアキちゃん?アキちゃんは賢いけれど、まだ子どもよ?」

「ま、体よく追い払おうってのもあっただろうな。出店での話なら仕事中だっただろうし」


 ……あ、宝の持ち腐れだ。


 わたしはポンと手を叩く。他に何かいい使いどころはないものなのかな。


「チャンスを見逃したようにも見えるが、そもそもこいつにそういう話をふってくる時点で、見る目があるのかもしれねぇな」


 最初に会ったときに、あの僅かな時間でわたしが穀倉領から来たのだと見抜いていた。あの目敏さは才能だと思う。


「さわやか兄さんにも挽回のチャンスがあればいいね」


 別に、特に良くしてもらったわけでもないが、あのお兄さんはどこか憎めないのだ。


「ダンみたいに腐っちゃったらもったいないしね」


 ダンがジロリと睨んでベシッと頭を叩いてきた。わたしはさわやか兄さんを心配しただけなのに。







 事故を起こしてから、4ヶ月。ついに光を放つ動具、になりそうなものができた。


「で、できたぁ……」


 …………な、長かった……。


 記憶を頼りに、思いつく限りの神呪を描き出して、その中から、炎と熱に関すると思われる神呪を徹底的に省いて行ったのだ。

 残った神呪の中に、光の神呪があるのだと直感的に思ったのだが、当然他の神呪も入り乱れているので作業は難航した。そもそも、光の神呪なんてまだ見たことも聞いたこともないので、どれがそうなのか検討もつかないのだ。

 他の神呪を見つけては描き写して省いてと、一つずつ丁寧に丁寧に分けていく。


 これかなと思われる神呪を組み合わせ、手近にあるもので実験し、やっと僅かに光らせることができた時には、ホッとしてそのまま倒れ込んで眠ってしまった。相当疲れていたみたいだ。我ながらがんばったと思う。


 もちろん、合間にはリッキ・グランゼルムに行って新しい契約を結んだり、領都に行ってトピアスさんにお礼を言ったり、アルヴィンさんの笑顔による癒し衝撃波を受けたりしていた。

 ちなみに、リッキ・グランゼルムには、商品の受け渡しはコスティの出店でやるという契約内容を盛り込ませてもらった。みなさんの目の前で高級料理店に商品を卸しているところを見せれば、他の人も興味を持つんじゃないかという狙いだ。

 これは結構当たって、4ヶ月の間に木の実のハチミツ漬けが7個も売れた。


 ……「たった」7個じゃないよ。7個「も」だよ。今まで出店の売上げは0だったんだもん!


 そんな順調なハチミツに引っ張られるように、神呪の開発も少しずつだが進んでいった。まだ続けて光っていられる時間は短いが、炭の種類によって長さが変わることは分かっているので、これからじっくりいろんな炭を試していけばいいと思う。


「目途がついたのはいいけど、肝心のランプは作れないんだよねぇ……」


 そして、今日のわたしは養蜂小屋に来て、適当な木箱に座って頬杖をついて、コスティに残念な報告をしている。


「は?なんで?神呪、できたんだろ?」


 コスティが新しい巣箱を作りながら、意味が分からないとう風に眉を顰めて聞いてくる。

 

 巣箱が1段だと、蜂は両端に蜜を貯めて真ん中で子育てするので、採蜜がし辛いのだそうだ。段を重ねると、蜜を貯めるところと子育てするところが分かれるので採蜜しやすいらしい。もっと分蜂させるためにも、巣箱はたくさん必要なのだ。


 ……うんうん、そうだよね。そこまでできてるのに、何で?って思うよね。


 そうなのだ。光に関する神呪ができたのだ。さぁ、これでランプが作れるぞと普通は思うだろう。だが、そうトントン拍子にはいかないのが現実なのだ。


「工房がないの」

「……は?」


 コスティはお坊ちゃんだ。きっと、メインディッシュ以外はその他大勢扱いで、いようといまいと関係ないと思っているのだろう。わたしもそうだった。王都で漬物が出たときにはその他大勢扱いだった。だが、違うのだ。穀倉領で貧乏暮らしをする中で、漬物というものがどれだけ食卓の彩を左右する一品なのかを嫌という程思い知った。


「コスティ。ランプってものはね、金属やら木材やら、何かしら加工しないとできないんだよ……」

「あ……」


 コスティが、初めて思い至ったかのような顔で固まった。呆気にとられているようだが、これが現実だ。神呪師は尊敬される職業で、神呪は人々の生活を支える重要なもので、わたしはこれまで存在すらしなかった神呪を発明すると言う偉業を成し遂げたのだが、それだけのことだ。わたし一人の力では、この神呪を生活に活かせるように動具として作りだすことができない。


「…………ハァ」


 コスティと二人で深い深いため息を吐く。ここが、わたしの限界だ。


 ……大っぴらに町の工房に頼むわけにはいかないんだよね。


 こんな神呪を作ったなんて知れたら、それこそ王都にまっしぐらだ。


「とりあえず、部品だけ個別になんとか手配して一つでも作りたいんだけどね……」

「クリストフさんなら知り合いは多いと思うぞ」


 そうなのだが、どうも、クリストフさんの知り合いは領主様に直接繋がる人が多い気がする。この前会った神呪師さんなんて、その筆頭だ。


「わたし、目立つなって言われてるんだよ……」

「はぁ?……いや、今更?」


 コスティが白い目をして何か呟いているが、よく聞こえないので無視しようと思う。


「今までなんとか目立たずに来たのに、新しい神呪作ったなんて言ったら、いろんな人にわたしのことが知られちゃいそうじゃない?」

「いや、そんなレベルじゃないだろう!?」


 ……うん。まぁ、そんなレベルじゃなく、大騒ぎだよね。


 とりあえず、発光時間を延ばす研究を進めよう。






 そうして、今度は発光時間を延ばす研究をしているが、これもまた難航している。


 ……炭って……炭にしちゃえば何でも炭になるんだよね。


 当たり前と言えば当たり前だが、炭にできる素材は多い。それこそ、その辺の紐とかでも炭にできる。

 炭屋さんでありったけの炭を買ってきて試したのだが、一番長いもので2日くらいしか持たなかった。それだと、まだ油を燃やす方が安くつくのだ。


「もう2日でも十分なんじゃないか?だって油より安全だろ?」

「ううん。今のランプの代わりに使おうと思ってもらわなきゃいけないんだよ?安くないと買わないよ」


 コスティにとっては安全は値段より重要な要素なのだろうけど、危険な目にあったことがない人が、みんなそんな風に考えてくれるとは思えない。お金は大事だ。だって、お金がないとご飯が食べられないのだから。


 ……一つの炭で1週間以上光ってくれると、家のランプごとこちらに取り換えられると思うんだけどね。


 炭屋さんで売っているものがダメなら他の物を炭にして試してみるしかない。わたしはクリストフさんに聞いて、簡単に炭を作る方法でいろいろと試している。

 クリストフさんのように高級な炭を作ろうと思えば、いくつもの手順と高温が必要なのだが、わたしが試しに作る炭はそれほどの設備は必要ない。その辺の地面で、神呪を使ってできる範囲だ。だが、炭にできるものは多いのに、炭にしてみようと思えるものが少ない。


 ……もう、これ以上何を試せばいいんだろう……。


 コスティにも手伝ってもらって、森にある木の枝や蔓、木の実などいろいろなものを試してみたが、なかなか思うような成果が出ない。どうも、中が空洞になっている植物がいいようなのだが、そういうものがなかなか見つからない。


 わたしとコスティがどんよりと悩んでいると、キィッと音がして、小屋の戸が開いた。入ってきたのは、わたしにとって意外な人だった。


「あ、いたいた。やあ、久しぶりだね。アキちゃん」


 なんと、アーシュさんだった。





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