冬の引きこもり神呪計画

 今日は初めての納品とカレルヴォおじさんの新メニューの試食会だ。穀倉領の味付けは久しぶりなので、この日を楽しみにしていた。


「こんにちは。アルヴィンさん」

「こんにちは。アキさん、コスティさん。奥にどうぞ」


 アルヴィンさんに促されて食堂に行くと、すでにトピアスさんが座っていた。テーブルに広げていた書類を整理して、カバンに入れる。食事を待つ間もお仕事をしなければならないなんて、宿屋の経営って大変なんだな。


「こんにちは。トピアスさん」

「いらっしゃい。アキさん、コスティさん」


 アルヴィンさんもトピアスさんも優しそうな笑顔だが、アルヴィンさんはお仕事用というか、硬さを感じる。一方トピアスさんはアルヴィンさんより柔らかい笑顔だが、目の奥が光ってて大人な感じだ。いろいろと考えていそうでちょっぴり怖い。


「あ、美味しそうな匂いがする~!お味噌、あったんだね」

「ええ。穀倉領から来る行商に頼んでいたのですよ。農家で主に使われる調味料だそうですね。初めて知りました」


 そういえば、糠漬けも農家にしかないって言われていたし、もしかしたら森林領も領都から離れた村とかに行けば、変わった食べ物があるのかもしれない。


「ただの塩より味が濃いの。とっても栄養があるんだって庄屋さんが言ってたよ」

「アキさんは穀倉領にいたことがあるんですね」

「うん」


 この宿に最初に泊った時には穀倉領の服を着ていたのだ。アルヴィンさんには見られているので下手に隠さない方がいいだろう。


「そういえば、トピアスさん。木の実のハチミツ漬け、売れたんでしょ?」

「ええ。私の知り合いが来たのでちょっと話したら興味を持ったようで」


 ……ということは、知り合いじゃなければまだ売れてないってことか。


「泊ってくお客さんに興味を持ってもらえたり、した?」

「……ただ受付に置いてあるだけでは難しいようですね」


 それはそうだろうなと思う。受付のカウンターの隅に小さな壺がちまっと置いてあったって、それに興味を持つ人なんていないだろう。わたしは持つけど。


「説明とかを書いた紙を一緒に置いておくとかするのはどうかなぁ?」

「小さめの紙ならば構いませんが、あまり大きなものは困りますね」


 小さめの紙を、いっそ壺に貼るっていうのはどうだろうか。というか、そもそも壺以外の容器を考えるとこから始めた方がいいかもしれない。神呪が使えるとできることが広がる。


 ……あ、でも派手なことはしちゃダメなんだっけ。


 みんなが見たこともないようなものを使っていると、当然目立つだろう。穀倉領でわたしが作っていたものは主に子ども向けだったのだが、大人が目にすればさすがに怪しまれてしまう。


「この店ではそれでいいかもしれないけど、それだと庶民には伝わらないぞ。字を読めない奴の方が多いからな」

「あ、そうか」


 コスティの指摘にハッとする。お店の看板が、扱っている品物ごとに色が統一されているのはそのためだった。


 ……字がダメなら、絵を描くとか?数字は読めるんだから何とかなるんじゃない?


 わたしがいろいろと考え込んでいると、厨房からいい匂いが漂ってきた。味噌が焼ける匂いだろう。懐かしい。


「お待たせしましたな」


 カレルヴォおじさんが、お皿を4つ持って来た。アルヴィンさんも試食するようで、慌てた様子で食堂に入ってきて席に着く。お仕事はいいのかな。


「では、いただきましょうか」


 トピアスさんの合図で、食べ始める。お皿に顔を近づけると、味噌の香ばしい匂いがしてきて、もうそれだけで美味しく感じる。口に入れると、思った通り、甘さと辛さが口の中で混ざり合って、なんというか、味が濃いというか、深くなる気がする。


 ……う~ん、ご飯欲しい!


「……ご飯が食べたくなりますね」


 ……アルヴィンさんと通じ合った!


「ああ、この調味料はハチミツとよく合うな。ご飯にもいいが、酒にも合うだろう」


 ……トピアスさんとも半分通じ合った!


 さすが兄弟。そして、トピアスさんはお酒好きなんだな。


「ナッツの歯ごたえがまた良いでしょう?」


 カレルヴォおじさんはドヤ顔だ。これ、わたしが考えたメニューだったはずなんだけど。別にいいけど。


「じゃあ、これ、この宿の特別メニューにしたら?んで、それを紙に書いて貼っとく!」

「……それもいいですが、アキさん。これ、私が別に持っている食事処で出しても良いですか?」


 ……おおぉぉっ!それって、卸先が増えるってことじゃない!?


 というかトピアスさんて、宿だけじゃなく食事処まで経営してるのか。忙しいはずだ。やり手なんだな。


「コスティ!ハチミツもっと用意できるかな!?」

「……春まで無理だ。今年の採蜜はもう終わってるから手元にある分だけしかない」

「じゃあ、手元にある分ってどれだけ!?」


 せっかくのチャンスなのだ。これを掴まずに何を掴む!?


「分かった。分かったから落ち着け。席に着け」


 無意識に席を立ってコスティに詰め寄っていたわたしは、コスティに押し戻されて席に着いた。


 結局、この冬の納品は、次にダンと一緒に契約にくる日で最後ということになった。ハチミツもなくなるが、最近雪がチラつくことが増えてきた。雪が積もる中、馬での移動は寒すぎて無理だ。


 その後、ダンと一緒に馬動車で領都にやってきて、トピアスさんと契約を結んだ。そのまま宿に泊まって次の日に帰ったのだが、ダンも久しぶりに食べる味噌の味に満足そうな顔をしていた。グランゼルムの町でも手に入るといいんだけどね。






 冬になると、森へ伐り出しに行くことはほとんどなく、窯の前での作業がメインになった。


「ねぇ、ダン。わたしが神呪を描けること、クリストフさんとヴィルヘルミナさんにも隠した方がいい?」

「いや、クリストフさんは知ってる。ヴィルヘルミナさんにも知られて構わないだろう」


 最初に来た時、クリストフさんとは面識はないと言っていたはずだ。そしてわたしは、ここに住むようになってから一度も神呪を描いていない。


 ……クリストフさんって何者なんだろう?


 コスティもクリストフさんに助けてもらったって言ってたし、実は裏稼業で人助け人とかやってたりして。


 そのクリストフさんは、今日は窯の前で木を真っ直ぐにする作業をしている。今までは、窯で炭化している間は森に木を伐り出しに行って、帰って来てから次に使う分だけ木ごしらえをしていたのだが、森の中は雪が降ると入れない。特に、クリストフさんが使う木は斜面に生えているので滑ると危ないらしい。春から秋にかけてできるだけ余分に木を伐り出しておいて、冬はその余っていた分を炭にしていく。


「木は真っ直ぐじゃないといけないの?」

「窯に入れる時に立てかけて並べていくからな。真っ直ぐじゃないと詰められない」


 クリストフさんは、木の曲がった部分に切れ込みを入れたり詰め物をしたりしている。せっかく神呪を使っていいと言われたのだが、炭を作る作業の中には、神呪で解決できる作業は多くない。馬車を馬動車にするとかならできるけど。仕方がないので、わたしはわたしの作業をする。つまり、生活の質の向上だ。


「ねぇねぇ、小刀使っていい?」


 周囲の森に落ちていた枝を適当に拾ってきて加工する。たどたどしいが、小刀は使える。ザルトに教えてもらったのだ。


「ねぇねぇ、この紐、もらっていい?」


 森から伐り出してきた木は、真っ直ぐになるように手を加えた後、数本ずつ束ねてある。窯に入れる時に、立てかけるようにして入れるためだ。小屋には小道具がたくさんあるので地味に楽しい。


 森は少しずつ雪が積もり始めている。雪の中でも、何か小さな動物が活動しているのが見えておもしろい。木に登っている気がするが、もしかしてあれば木登りネズミなのだろうか。耳が大きくて尻尾がふさっとしていて、一瞬見えただけだが、かわいい姿に見えた。あれが肉になるのかと思うと少しイヤだ。わたしはお肉は知っているが、実は、豚も水鳥も見たことがないのだ。次に串焼きを見た時に、美味しく食べることができるだろうか。


 ……まぁ、美味しく食べる気がするけどね。


 そんな風に、わたしは最近、ほとんどの時間を窯のある小屋で過ごしている。窯には常に火が入っていて、森は雪景色なのに小屋は暖かいのだ。寒い部屋に一人でいると、更に寒く思えるし、なにより薪がもったいない。


「ねぇねぇ、この落ちてるちっちゃい炭の欠片、もらっていい?」

「さっきから何作ってんだ?」

「もうすぐできるよ」


 小屋で、ダンがクリストフさんに窯から出る煙の色やにおいを教えてもらっているのを横目に、わたしはああでもないこうでもないと、神呪や動具を作っている。


「クリストフさん、これ、玄関のドアと居間の壁に付けていい?」


 以前、広場の街灯で見た神呪を解明して、連動する仕組みを見つけた。たぶん再現できていると思う。ただ、壁を挟んでの連動なので、少し時間がかかってしまった。あまり距離が離れると連動できないかもしれない。まだ試作品だ。


「なんだ?」

「えっとね、ここの『押してね』の神呪を作動するとね、この紐にぶら下がってる炭の欠片がこっちの板に嵌ってる炭に当たって音が鳴るの。ただドアをトントンするより響くでしょ?」


 クリストフさんに説明しながら神呪を作動させる。炭と炭がぶつかり合って、キーンキーンと澄んだ音を響かせながらだんだん消えていく。以前、クリストフさんが炭を箱に入れている時にこの音を聞いて、何かに使えないかと密かに考えていたのだ。


「なるほど。ヴィルヘルミナ用か。よくできているな」


 クリストフさんは感心したように頷いて、早速ドアに取り付けに行ってくれる。ヴィルヘルミナさんの役に立つといいな。


 本当は、ハチミツ漬けの壺をガラスで作れないかとか、馬車を改造して人動車を作れないかとか、やりたいことはいっぱいあるのだが、考えてみたら、わたしには工房がない。動具はを作るためには神呪を描くための木工や金属の加工品が必要なのだ。ハチミツ漬けは商品なので、わたしのお遊び程度では作れない。

 穀倉領で好き勝手できていたのは、ザルトが工房に出入りして、いろんな工具やら材料やらを使わせてくれたからだ。というか、わたしはザルトに、こういうの作ってとお願いして、出来上がってきたものに神呪を描くくらいしかしていなかった。神呪が描けるだけではできることが多くない。


 とりあえず、わたしが一人でも作れるものとして考えた結果、浴槽の水をちょうど良い温度に温めてくれる動具が完成した。

 神呪を描いた板2枚を浴槽の中と外に貼るだけの簡単仕様で、これも連動式だ。板に描いてある神呪を作動すると、十数える間に、もう一つの神呪が熱を生み、浴槽の水がお湯になる。我ながら素晴らしい発明だと思う。ただ、水を自動で浴槽に入れるというのは、水管が必要なので要検討だ。


「……おい、アキ。あそこの空間はなんで雪がねぇんだよ?」

「……雪って温めると融けるんだよ」


 まぁ、神呪で実験してる途中に何度か暴発させちゃったりはしたが、物を壊したりはしていないので想定内だ。

 というか、暴発した時に空中に舞った雪が、境光を反射してすごくキレイだった。ダンにも見せたかったほどだ。怒られるから見せなかったけど。


 ……あ、でもそれなら、やっぱり空は青い方がいいかな。


 青い透明な空に氷の粒がキラキラと舞ってたらすごくキレイだよね。あれ?でも、空が透明ってどういうことだろう。境壁がないのかな。


 冬の成果として、もう一つ作ったものがある。それは、火を熾す動具だ。従来の発火動具とは違って、使い捨てるもの。2つセットになった紙の束の1つの方を一枚薪の上に置き、もう片方の一枚は、決められた場所に少し切れ目を入れて、薪の上の紙に触れさせる。紙が触れ合うと神呪が発動して、薪に火が付くのだ。

 これは、実はコスティのために作ったものだ。養蜂をしている小屋には、暖炉はあるが薪は用意していなかった。初めから、部屋を暖めようという気がないのだ。だが、コスティは冬の間も時々あの小屋に行って蜂の様子を見たりエサを与えたりするらしい。それは寒すぎる。わたしは急いでコスティに薪を集めさせ、発火動具がないというコスティのためにこの神呪を作った。

 簡単には発火せず、でも簡単に発火させられる工夫がキラリと光っていて、我ながら上手いこと考えたなと感心する。


 コスティには神呪が描けることがバレてしまったが、ちゃんと口止めしておいた。


 ……まぁ、ちゃんとかどうかは、ちょっと自信がないんだけど。


 冬の間に何度かコスティの家に連れて行ってもらって本を読ませてもらったが、そもそもコスティにはお友達がいるように見えないし、お父さんともあまり話さないようだ。そして、何となくだが、コスティは軽々しく他人の秘密をしゃべるようなことはないだろうと思える。


 わたしはコスティのことを何も知らされていないけれど、それでも、交換条件とかではなく素直に、コスティになら、わたしのことを話してもいいんじゃないかと思えた。

 

 


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