第2話 山田羊子②


「ようこそいらっしゃいました 。迷える魂よ。

 わたしくどもは、現世げんせに留まる魂に逝くべきところに逝っていただくため、あなた様を夢裡むりへとご案内させていただきます 」


「えっと……。あなたは?」


「わたくしはぎんと申します。この虹のにじのまの案内人でございます。あなた様のお名前を伺ってもよろしいですか?」


「はい……山田羊子です。あの、ここは?」


「山田羊子様ですね。ここはあの世とこの世の狭間、わたくしどもは『虹の間』と呼んでおります」


 和室と洋室が混じったようなその部屋は、とても落ち着いた雰囲気だった。天井も高く広い室内は、端と端に向かい合うようにして大きなふすまがある。どちらも赤や黄色や白などの色とりどりのガーベラの絵が描かれていた。片方は金色で縁取られ描かれた襖、もう一方は、銀色で縁取られ描かれている襖だった。


「はあ……。んっ?腕がある!あっ足も!」


「ええ、こちらでは元の姿に戻れますので。久しぶりにご自分の顔をご覧になりますか?皆さんすごく喜ばれるんですよ」


 そう言って目の前にいる銀と名乗った彼が手鏡を差し出してきた。

 彼はスラッと背が高く着物を着こなしていて、淡い茶色のミルクティーのような髪色に、透けるように白い肌で美青年って言葉がとても似合う見た目をしている。


「わあ……!本当に私だ!死んでから手も足もないし、鏡を見ても映らないし自分を忘れかけてました」


「死んだら魂となるので生前の姿は無くなってしまうんですよ。普通なら死ぬとお迎えが来るはずなので、そのままあの世に行けるのですが、強い心残りがあってこの世に留まってしまう魂が稀にいます。それが山田様のような魂ですね。そして生前の自分を完全に忘れてしまったり、心残りがさらに強くなっていったりすると魂が邪のじゃのものとなり、自我を忘れ周りに悪影響を与えてしまうのです」


「心残り……」


「何か心当たりがありますか?」


「はい……たぶんあります…………」


 部屋の真ん中に置いてあるテーブルと椅子に座るように促され、私は今までの事を話した。初対面だが不思議と話を聞いてもらいたくなるようなその雰囲気に乗せられ、ありのままの気持ちで話すことが出来た。


「そうですか。それはお辛かったですね」


「まあそうですね……。この病気じゃなかったら五郎先生とも出会えなかったわけですし、そういう意味では病気になってよかったと思います。でも、それと同じくらいに病気じゃなかったらと思う気持ちとでシーソーのようにいつも気持ちが動いていました。それは婚約者さんや妹さんの話を聞いた後でも同じで、最初はやっぱり病気じゃなかったら同年代の男の子と五郎先生達のように付き合って将来の話をしていられたかもしれないと泣きました。でも何度自分がそうしてる姿を想像してみても、相手は五郎先生になってしまって……。それが余計に辛かった。最後は結局私には五郎先生の存在が大きすぎて、出会わない人生だけは嫌だなって思ってしまうんです」


「そうなんですね……。あの病室で何があったのですか?」


 私は顔を俯け、太股の上に置いている自分の右手小指を見つめながら左手で摩った。


「約束を……したんです…………五郎先生と。諦めないで頑張るって。発作が起きた後のことです。でも私は諦めた。もう何もかもが嫌になってしまったんですよ」


 ふふっと自分でも下手な笑顔なのはわかったが顔を上げて笑いながらに言った。


「死ぬ前に、五郎先生が私にプレゼントをくれました。片手サイズのピンクのラッピング袋でそれを見て、すごく嬉しくて大喜びしてしまった。開けてみると小さなテディベアでメッセージカードが添えられていました」


 小さなハート型のメッセージカードに書かれていたのはこの言葉。


『病気つらいだろうけど頑張ってね!森美希』


 私はそれを見た瞬間絶望した。


 私が世界で一番好きな人と恋に落ちて結婚出来た彼女に、こんな辛い病気を知らない彼女に、そんな事を言われたくなかった。

 もちろん彼女は何も悪くない。私の話を聞いて可哀想に思って励ましのプレゼントをくれたのだろう。頭ではきちんとわかっている。

 けれど私の心は、ぐちゃぐちゃにもう元には戻せないくらいに壊れてしまう最後の一手となってしまった。

ただそれだけなのだ。


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