第6話 剣術訓練
攻性魔術の授業に引き続いて、次の授業もこの訓練場で行われる。
剣術訓練。
使う魔術は<身体強化>と、至近距離で使われる魔術のみ。中・遠距離用の攻性魔術と組み合わせた総合演習は、半年先の2学期からだ。
例のごとく、初回は概論のみにとどめられたため、今回が初めての演習となる。
軽く訓練場の外周を走り、体をつくる。
その次は素振りだ。型は帝国軍で制式採用されているアーネスト流剣術に則っている。剣は両手持ちの長剣で、刃引きがされていて切れ味こそないが、真剣である。
いくつかの型の素振りを終えて、そこでやっと本格的な演習が始まる。教師は引き続いてラルフ教諭が担当している。
「最初はお前らの実力を見てみたい! 適当にペアを組んで実戦形式の練習をしろ! ただし、あくまで剣術指南の授業の範疇を超えないこと。中・遠距離用の攻性魔術は禁止だ。もちろん、魔術の規格は『帝国の試合に関する諸規則』を参照すること」
帝国では命を懸けた決闘は禁止されているが、試合は行われることがある。その際は死者が出ないように魔術の使用が制限される。
それを定めた規則が「帝国の試合に関する諸規則」だ。
殺傷性の高い魔術は使用が禁止されている上、使用可能な魔術も威力に関しては細かく制限されている。一部の高等魔術など、この規則で明記されていない魔術も存在する。それらは例外もあるが、基本的に使用禁止である。
ただ、いくら制限を設けているといっても、実戦を意識した試合である以上死の危険は存在する。イーレン魔術学校でも毎年、数人の死者や再起不能者を出している。
「帝国の試合に関する諸規則」は学校に入る際に熟読するよう強く注意されるが、試合に熱くなりすぎて規則に定められた威力を超える魔術を使ってしまう場合もある。また、恨みを持つものが故意に規則を破る場合もあるだろう。
この授業ではいつにもまして気を引き締めなければならない。
ヴィクターは今回もいないので、カミラとペアを組んだ。
「お手柔らかにお願いします」
一礼して、カミラが剣を中段に構える。
思えばカミラも不思議な少女だ。貴族でもないのに貴族を上回るほどの魔術の腕前。攻性魔術の授業で見せたそれは、独学でどうにかできるようなものではない。俺と同じように師匠がいたのだろうか?
果たしてカミラの剣術の腕前はどれほどか。
剣を構え、対峙する。間合いは5メートルほど。すぐに剣が届く距離だ。
「それでは、はじめ!」
教諭の掛け声とともに俺とカミラが同時に一歩を踏み出す。
距離は一瞬で縮まった。
上段からの振り下ろし。それを剣で受け止める。
重い。
<身体強化>によって膂力が何倍にも強化されている。
何とかいなす。態勢が崩れたすきを狙うが、立て直しが早い。繰り出した突きが弾かれてそらされる。
伸びきった腕を狙われる。すぐに腕を戻すことはできない。このままでは攻撃が直撃してしまうが、俺は既に魔術を準備している。
魔術を発動する。
腕に力を働かせて、強引に腕を引き戻して攻撃を回避する。無理矢理に腕を動かしたことで、間接に痛みが走るが、無視。再び攻勢に転じる。
カミラは危なげなく俺の攻撃をさばいていく。それどころか、時折こちらに鋭い一撃を入れてくる。
カミラは、強い。魔術を使わない純粋な剣術なら負けているかもしれない。
それでも、魔術が使えるのならば。
間合いが少し離れたすきに魔術を発動する。
<爆裂>。
爆薬を生成し、指向性を持たせて爆発させる。殺傷力を抑えるために、鉄片は含めていない。
カミラは爆風に押されて吹き飛ぶかと思われたが、爆風を突っ切って前進してきた。発動の準備をしてから実際に魔術を発動するまでのわずかな間に<爆裂>の魔術であることを見抜き、空気を圧縮した壁で爆風をしのいだらしい。
一瞬虚を突かれたが、すぐさま反応し、カミラの攻撃を剣で受け止める。
そのまま鍔迫り合いになり、膠着状態に陥った。
お互い剣を引き、次の攻防へ移ろうとしたところで、ラルフ教諭の「やめ!」の声が耳に入る。
剣を下げ、力を抜く。
「強いな……」
率直な感想だった。
師匠は剣があまり得意ではなく、俺に基本的なことしか教えなかった。しかし、師匠の知り合いだという魔術剣士から何回か指導を受けている。指導者に恵まれ、人より努力を積み重ねてきた自負を持っていた。
だが、彼女は俺以上に剣術に習熟している。ますます彼女の謎が深まった。
「そちら、こそ」
驚いているのは彼女も同じようだった。荒い息を整えながら、その目は大きく見開かれている。
彼女の表情が大きく変わっているのを見るのは初めてかもしれない。
教諭の指示で、手合わせする相手が変えられる。次に相手をするのは、当たり前だが、よく知らない学生だった。
貴族の息子だ。家紋には……見覚えがない。
「俺の名前はエドワード・ハモンド。ハモンド伯爵家の長男だ。お前、随分と生意気な行動をとっているじゃないか」
尊大な態度だ。貴族らしいといえば貴族らしいが。
「生意気、とは?」
「平民のくせに、ちょっと出来がいいからって調子に乗りやがって。教師に気に入られようとしているんだろう」
「そんなつもりはない」
キッパリと否定するが、聞き入れられない。
「とぼけやがって。まあいい、ちょっと痛い目にあわせてわからせてやる」
お互いに剣を構える。
教諭が合図した途端、エドワードは勢いよく突撃してきた。
大口をたたくだけあって、剣筋は悪くない。感情的で荒っぽいが、基本に忠実で確かな努力を感じさせる。
しかし、カミラほどではない。
「ク、ソ……ッ!」
彼の動きは速いが、動きが直線的で簡単に予測がつく。彼が繰り出す剣にあわせて的確に弾いていけば、そのうち隙ができる。
「終わりだ」
攻撃直後に生まれたすきを見逃さず、わき腹に一撃入れる。
「がっ、あっ……」
エドワードが腹を抑えてうずくまる。相手も<身体強化>で体は頑丈になっているだろうが、金属の鈍器が胴体に直撃したのだ。相当な痛みだろう。
勝負がついたと思って彼から目を離す。それが失敗だった。
雄たけびとともにエドワードが突進してくる。
剣も、通常の魔術も間に合わない。そう思った時にはすでに、体が動いて、魔術が発動していた。
剣があり得ない速さで振られる。
エドワードは数メートルほど吹っ飛ばされていた。何が起きたかわからないような顔をしている。
数秒ののちに状況を理解し、慌てて周りを見渡す。
学生たちは各々の試合に集中している。ラルフ教諭も他の学生の方を向いていてあの魔術の発動に気づいた様子はない。
一瞬安堵しかけたが、強烈な視線を感じる。ファニーナが、こちらを驚いた眼で見ていた。魔術の発動は一瞬だったが、彼女の眼はごまかせなかったか?
余計な詮索などを避けるため、できる限り学校では使わないつもりだった。だが無無意識のうちに使ってしまった。試合だからと油断していた。目を離すべきではなかった。
犯した過ちのことが気になり、どこか上の空のまま授業は終わった。
授業後、訓練場から校舎に向かって歩いていると後ろから声をかけられた。
「ちょっといいかしら」
声の主はファニーナだった。
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