第5話 攻性魔術

 イーレン魔術学校は、その広大な敷地内にいくつかの訓練場を抱えている。今から行われる授業は、そのうちの一つで実施される。


 今いる訓練場は、雑草一つ生えていない地面に、周りは円形の観客席で囲まれている。


 必須の授業ではあるが新入生全員分は収容できないため、授業を受ける学生は新入生の半分の40人強。残り半分は別の訓練場で授業を受けている。ルームメイトのヴィクターはこの場にはいない。カミラと、そして……大英雄ドゥルーグのファニーナ・バーンズもともに授業を受けている。


「先週は講義室での口頭の説明のみにとどめたが、今日は実際に演習をしてもらう! ケガには十分気を付けておけよ」


 教諭の名前は、ラルフ。授業名は、攻性魔術。


 攻性魔術は、もともとは人や魔物を殺傷することを目的とした魔術を指す言葉だった。しかし、徐々にその言葉の指し示す範囲は広がり、今では戦闘時に使う魔術全般を表す言葉になっている。


 魔術基礎は、あらゆる魔術の礎となる基礎魔術を完璧に使いこなせるようになるための授業だった。攻性魔術の授業ではそれらを応用して、主に中・遠距離魔術について学び実践する。


「最初は<投槍ジャベイル>からだ。今から手本を見せるから、まだ使えない奴はよく見て確認しておけ」


 十数メートルほど離れた丸太の的に向かって、ラルフ教諭が<投槍>の魔術を発動させる。攻性魔術の中でもっとも単純で使いやすく、俺もよく使う。


 放たれた金属の槍は丸太に深く突き刺さり、しばらくして粒子となって消える。的には丸が3重に書かれているが、その中心に槍は突き刺さっていた。


 模範的な魔術行使だ。発動までのスピード、魔術の威力、そして精度。どれもが高水準だ。


 ラルフ教諭は、もう二回魔術を実演して見せた。<投槍>魔術を行使したことがない学生のことを考えているのだろう。サミュエル教諭ならこうはならない。ラルフ教諭は退役軍人らしく、体つきもがっしりしていて顔つきが少し怖いが、生徒思いの教師であるようだ。


「よし! それじゃあ実践だ。8つに分かれてそれぞれ順番に魔術を行使。まずは的から10メートルほど離れたところからやれ」


 8つある的に5,6人ずつ一年生たちが分かれる。当然のごとくカミラは俺と同じグループに入ってくる。


 特に示し合わせたわけではないが、俺のグループは全員が平民のようだ。貴族も、そして平民もお互いに同じグループには入りたくないらしい。


 列に並んで、順に魔術を行使する。魔術の発動に失敗する学生はいないが、的を外したり、威力が足りず的に突き刺さらない学生が何人かいる。周りを見て比較してみても、やはり貴族の方が平均して出来がいい傾向にある。


 カミラはスピード、威力、精度ともに平均を大きく上回っている。慣れているようで、気負った様子がない。……もしかしたら内心は緊張しているかもしれないが、少なくとも表情には変化がない 。


 俺の番が来た。いつも使っているように魔術を発動する。威力は抑えたが、まずまずの出来だ。


 俺としては特に目立ったつもりはなかったが、


「素晴らしい!」


 教諭から絶賛された。発動スピードは速くても、威力や精度はカミラにやや劣るくらいだったと思うのだが。


 その旨を話しても、ラルフ教諭はこう返した。


「威力も精度も大事だが、お前の魔術はとても洗練されている。一年生が使う魔術は貴族であってもどこかぎこちないものだが、今の魔術は自然体で発動されている。努力のたまものだろう。名前は何という?」


 ディルクです、と答えると「ディルクか。覚えたぞ。今後も励めよ」と激励の言葉をいただいた。


 周りからの注目が集まっているが、その視線はどれも好意的なものとは限らない。多くの貴族はこちらの方を嫉妬の目でにらんでいる。居心地は悪いが、実害がない限りは気にしない。大英雄ドゥルーグを目指していれば、今後もこういった目にさらされ続けるだろう。いちいち気にしていられない。


 突然轟音が鳴り響く。


 周りの注目がそちらに向く。


 音のした方を見ると、丸太が原形をとどめないまでに破壊されていた。地面に金属の槍が突き刺さっている。槍が丸太を貫通したようだ。凄まじい威力だ。


 魔術の行使した人物は、ファニーナだった。心なしかイラついているように見える。平民が褒められたのが気に入らないのか、それとも何か別の理由があるのか。


 ともかく、周りの視線からは解放された。


「お見事です」


 カミラが両手で小さく拍手しながら俺に賛辞の言葉を送ってくる。


「ラルフ教諭はああ言ってたが、カミラも十分上手だろ」


「いえいえ。私なんかまだまだです。ディルクは、平民なのになぜそんなに魔術についての知識があり熟達しているのですか?」


「俺には師匠がいたんだ。身寄りのない俺を引き取ってくれた師匠が。その人にすべてを教わった」 


「なるほど、その師匠という人はさぞ良い人なのでしょうね」


 苦笑する。カミラ自身は嫌味を言ったつもりではなく、ただ称賛しているだけなのだろうが。


「いや……良い人かといわれると、ちょっとな。悪い人ではないけど」


「そうですか」 


 授業中にあまり長く会話しているわけにもいかないので、会話はそれきりだった。


 ファニーナのグループの丸太が使い物にならなくなったので、7グループに人数を調整してから再び演習が始まった。今日の授業は<投槍>の魔術の練習だけであり、距離を長くしつつ魔術の発動を繰り返していった。


  

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