第48話 目的

 平越、そしてあの空襲の夜死んでいった仲間の葬式をした。とはいえこんな戦時中に式と言えるものはできない。ただ皆の写真を並べ線香を一本あげるだけだった。

 俺ら三人はあれから変わってしまった。感情は抜け、会話すらしなくなっていた。ただ、毎日出撃の日を待つだけだった。前みたいな怖さもない。それは泰斗も岸本も同じだと思う。

 そして出陣の命令が下って三日後、明日出撃が決まった。俺たちは明日に備えて飛行機の整備をし始めた。隣で泰斗は珍しく黙って作業をしていた。

 「怖いか?」久しぶりの会話だった。泰斗は顔色を変えずに作業を続けながら答えた。

 「もちろん。」だが、心はこもっていなかった。

 「お前らしくないな。」

 「何が?」

 「前まであんな事熱弁してたのに。」すると泰斗の手が止まった。

 「俺、平越さんのいうことがわかった。」俺は顔をあげ、泰斗を見た。

 「彼らは戦争に勝って平和な世の中を願っていた。そのためにはこの戦争に勝つしかない。そんな彼らの望みを叶えるために俺らは命がけで戦う。それが彼らの生きた証なんだから」泰斗はそう言うと止めていた手をまた動かし始めた。

 「でもこれから俺たちがするのは報復だ。法服が生むのは更なる報復。お前の主義に反するんじゃないのか?」

 「何が言いたい?」泰斗は俺の言葉に間髪を入れずに答えた。

 「マーシーはこの戦いに参加するつもりだろ?じゃなきゃあの道具でいつでも元の世界に帰れる。でもそれをしない。ってことは気持ちは俺と一緒だろ?」泰斗が言っていることは半分あっていた。しかし、俺が戦争に参加するのは別に理由があった。

 「なんだよ?また俺を除け者にするのかよ。」そう言うと泰斗は修理の道具を思いっきり飛行機にぶつけると、どこかへ行こうとした。

 「言っておくけど今回はそうはいかないからな。」そう言いながら持っている道具を俺に勢いよく向けどこかへ行ってしまった。

 やはり泰斗は分かってくれなかった。俺はため息をつきながらやつの飛行機を見た。俺はそこで少しほっとした。問題は岸本だ。彼は彼なりに覚悟を持っているようだった。

 俺は昨夜、彼が恐らく恋人に宛てた手紙を読んでしまった。

 「拝啓:親愛なる恵美子殿


 お元気ですか。私はなんとか生きております。今は九州に来ております。恵美子は九州に来たことがありますか。とても綺麗な場所です。ところで私が出征する前、結婚もしていないのに子供の名前で揉めましたね。実はとても良い名前の案があるのです。“泰蔵”はいかがでしょう。この名前は私が尊敬する二人の戦友、泰斗と時蔵さんからとりました。でももし一人だけじゃなかったら、この二人の名前もつけたいですね。孫でも。でもそんな子供や孫を残念ながら私は見れそうにありません。私は明日敵国に仲間の報復をしに出陣します。立派に勤めを果たしてまいりますので、もしこの戦争が終われば、九州に来て、私のことを思ってください。その時は泰斗たちも連れて来てください。できれば新しい旦那さんは、連れてこないでもらえると嬉しいです。


 恵美子さんの未来が幸多いことを祈っております。お元気で。         

                 岸本 時平」

 俺はこの手紙を見てやるべきことが増えた気がした。

 そして出陣の朝、朝日はいつも以上に輝いて見えた。作戦を聞き流し俺たちは戦闘機に乗り込んだ。エンジンをかけ離陸準備に入った。

 「マーシー。」突然無線ラジオから怒号が聞こえてきた。

 「どうした?」

 「どうしたじゃねぇ。お前だろ?お前が飛行機になんか仕組んだんだろ?」

 「それやろうと思ったんだけど、それはお前の整備のせいだ。」俺は笑いながら答えた。でもそれは俺にとっては好都合だった。相当泰斗は怒ってると思ったが、その後の泰斗の声は半ベソをかいているような声だった。

 「なんでだよ。なんでなんだよ。俺はお前がいないとダメだってわかってんだろ?」

 「それは俺も一緒だよ。」

 「じゃあなんであん時・・・」俺たちは泰斗を置いて離陸した。

 「じゃあな。相棒。」俺は下を見下ろした。微かに俺を見上げる泰斗が見えた。だが、俺のやることはまだ終わっていない。

 しばらく飛行を続けていると、都合よく雲が濃くなり、俺の近くを飛んでいた岸本以外の戦闘機が見えなくなった。ちょうど良い頃合いかもしれん。

 「岸本さんの整備はやっぱりさすがっすね。」俺は少し皮肉を交えて無線を飛ばした。

 「急にどうした・・・」岸本は二つの意味で今の言葉を発したにかもしれない。

 「おい、時田戻ってこい。お前一人じゃ駄目だ。」恐らく今岸本の戦闘機は降下し始めている。そこで俺は船体の下にある爆弾を投下する小窓を開けた。

 「おい、時田。正気か?」

 「岸本さん、ちゃんとあっちの世界で泰蔵ちゃん産んでくださいよ。あと泰斗は孫につけてあげて。」そう言うと俺は田中さんのバッグに入っていたペイントボールのようなものを準備した。

 「あっちの世界って・・・」

 「俺は泰斗がいないとダメなんです。恐らくあなたはあの空襲の日死ぬはずだったんです。」

 「だから殺すってことか?」岸本は怯えてるようだった。

 「いえ、僕は僕の未来をあなたに託すだけです。」俺はそう言うとペイントボールを落とした。

 「時田、なんで?お前はどうするんだよ?」

 「毛虫に刺された男に感謝してください。」俺がそう言い終えるかどうかのタイミングで、ペイントボールが当たり、岸本は消えた。

 これで俺の目的は達成した。これで俺は大丈夫。天候はさらに悪化した。

 「岸本、何があった?」やはり機体を土壇場で変えたおかげでみんな俺を岸本だと思い込んでいた。岸本の知能が少し低くてよかった。

 さて、俺の命もこんなところで終わりを迎えるようです。最期くらいは華やかにいきたいものですね。俺は無線ラジオの周波数を合わせた。やはり何も聞こえない。せめて好きな音楽をかけたかった。

 ゲームをやっていたおかげで、戦闘機の操縦に慣れれば弾を避けるのは簡単だった。さて、いよいよだ。目標にどんどん近づいている。俺はこの時代に来た時から何かをするためにきたと思っていた。そしてそれも達成した。短い人生だったし、大した人生ではなかった。いろいろあったけど一つだけ。

 俺は泰斗に出会えて本当に良かった。あいつには是非幸せになってほしい。

 あれ?あの人って確か・・・

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