第40話 無駄死

 「あんたら無事でよかった。」

 「その言葉そのままあんたに返すよ。」少年は戦時中とは思えない楽観的な表情を俺たちに向けていた。なんか泰斗になんとなく雰囲気が似ていた。

 「それもこれも平越さんとあの彼に感謝だな。」

 「なぁ、その彼ってどんな人?」俺は率直な疑問を投げかけた。

 「なんだ。あんたら知らんのか。ってことはオラ以外には言わん方が良いぞ。」彼は急に声のトーンを落とした。

 「その彼が現れたのは俺たちが鬼畜兵から空襲を受けていた時、突然バチバチってなんか静電気みたいな音が辺りに響いたと思ったら、鬼畜兵の飛行機が旋回したり、火花を散らしながら落ち始めた。」いつの時代もそう言う得体の知れない力に男は興味を惹くのかなと思った。少年はそのまま、まだその時の余韻の中にいるように話を続けた。

 「その時に空中に静電気を纏いながら彼が現れたんだよ。なんだろう?まるで雷神様か?いやあれは何にも例えられない。」

 「それでその彼と俺たちの共通点っていうのは?」ここへ来て初めて泰斗の声を聞いた気がする。

 「それがさっき平越さんも言ってたけど洋服を着ていたんだよ。今のこのご時世に洋服なんて非国民もいいところだよ。」確かにこの時代野球をするにもカタカナ言葉は禁止されていたのは聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。

 「ところでその手どうした?もしかしてさっきの拷問か?」そう言いながら俺の手を指さした。

 「いや、木登りをしてて毛虫に刺されてな。」

 「拷問じゃなくてか?バイ菌入っちまうぞ?」こいつ本当にいい奴だなぁ。

 「ところであのいつも隅にいる人。確か平越って言ってたけど?」平越と言えば平ちゃんの苗字。果たして偶然か?というのも顔はそこまで似ていない気がする。どちらかと言えば俺に似てる気がする・・・

 「あー平越さんな。最初はちとこえーけど慣れればぜーんぜんよ。なんせ我が神風隊を取りまとめてるくらいだからな。」

 「え?今なんて?」俺は彼のある一言に引っかかった。

 「何が?」

 「今神風って」泰斗も顔色がだんだん白くなり始めていった。

 「おう。我が神風特別攻撃隊!」彼は力強くはっきりと答えた。

 「おい、岸本。あんまり大きい声出すな。」部屋の隅から陰気くさい声が聞こえてきた。

 「すいません。」彼・・・岸本は変わらず大きく元気な声で答えた。

 「なんだ?お前らまさか怖気付いてんのか?」平越には俺らの顔色の変化がバレていたようだった。

 「神風特別攻撃隊って言ったらあの戦艦に飛行機ごとつこっんで無駄に死んでいくやつ・・・」急に泰斗が声を震わせながら言い出した。さすがに泰斗の気持ちが分からなくもない。よりにもよって特攻隊に入隊させられるとは思ってもみなかった。よりにもよって特攻隊って・・・

 すると急に周りの人間が各々の会話をやめ、どこか悲しそうな顔でこちらを見ていた。岸本も少し顔を曇らせながら下を向いた。

 「なんだお前のその言い方は?」案の定、平越の逆鱗に触れたようだった。さすがに泰斗の表現はこの時代の人たちからしたらありえない表現だった。

 「いや別にそういう意味じゃなくて・・・」

 「じゃあどういう意味だ?」平越は静かな怒り方をする男のようだ。

 「いやそれは・・・」

 「お前に聞いてない。こいつに聞いてんだよ。」平越は顔で泰斗を指した。俺は言葉を飲むと泰斗の方を見た。すると泰斗も泰斗で真っ直ぐ平越に睨みつけるように見ていた。

 「なんだ?その目は」平越もそれを感じ取っていた。

 「無駄死にって言葉通りですよ。無駄に死んでいく人たちってことですよ。」

 「どういうことだ?」平越の静かなる圧力はさらに増した。だがさすが泰斗。全く動じていなかった。

 「まだわからないんですか?あなたたちの死は意味がないんですよ。」

 「泰斗!」さすがにそれは言い過ぎだと思ったがこうなってしまった泰斗を止めることはできない。

 「でっかい戦艦にたかだか一機、二機の爆弾を積んだ戦闘機が体当たりしたところで何が変わるんだよ!」泰斗は挑発的な目で平越を睨んだ。

 「貴様ぁああああ!!」平越静かだが力強い声をあげると、泰斗の胸ぐらを掴んだ。しかし、泰斗は怯まなかった。

 「なんであんたらは、無駄にでっかい戦艦に打ち込む戦闘機にどんな戦闘兵器よりも貴重なものを積んでるってなんで思わないんだよ!なんでお国のためとか言ってそんな貴重な命を捨てるんだよ。」泰斗は真っ直ぐ毅然とした態度で言い放った。

 「なんであんたらはそんなことも分からないんだよ・・・」するとその言葉に食い気味で平越が声をひそめて答えた。

 「そんなことは分かってんだよ。」やっと泰斗が止まった。

 「そんなことは分かってんだよ。俺たちだって馬鹿じゃない。」

 「じゃあなぜ?」泰斗も平越に合わせて声のトーンを抑えた。

 「お前は散っていった仲間の死を無駄にしろっていうのか?」泰斗は言葉を失っていた。

 「お前が言ったことを分かっていながらそれを言葉にせず散っていった仲間の死を無駄にしろっていうのか?」

 「じゃああんたらが無駄に死んだら彼らの死は報われるのか?先に散っていった仲間のためを思うなら、これ以上無駄な犠牲と分かっているならそれを生まないことが彼らの望みじゃないんですか?」

 その言葉に平越はただ泰斗を睨みつけると、掴んでいた胸ぐらを話部屋を出ていった。

 平越が座っていた部屋の隅にある今までの犠牲者の写真が飾られている祭壇のようなところには、線香の煙が一筋に緩く上がっていた。

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