第36話 約束
「これで全部思い出しましたか?お父さん?」
「ああ、全部思い出したよ。」どうやら俺は記憶喪失になっていたようだった。記憶が戻ったことでなぜ俺がこの世界に留まったのか、やっと謎が解けた。
とはいえ今更俺が何を言ったところで、彼の心に届けられる言葉はない。だが、今彼はとんでもないことをしようているに違いない。時哉だけは俺が守らなきゃいけない。時哉も息子を心配そうな顔で見ていた。
「随分歳をとったな。いい歳のとり方をしてるよ。」俺もまさか自分と同い年ぐらいの息子と出会うとは思っていなかった。
「いまさら父親面ですか?数十年前に俺とお袋を捨てたくせに。」
「美由紀・・・」確かにいまの今まで忘れていた。泣く資格はないかもしれないが、自分の愛する人を失って何も思わない人間などいない。
「何をいまさら・・・」息子は俺を鋭く睨みつけた。
「武が悪いからってそんな顔して・・・」すると息子は急に泣き始めた。
「お袋はそんなあんたを・・・最期まで信じて・・・愛してた・・・」俺は泣き崩れている息子に近づいた。
「確かに俺は元の時代に帰る事を諦めた。そして手紙を書いた。あの飛行機事故の後すぐにこの手紙が届くようにしようとした。俺の事を忘れて前を向いて欲しかったから。」
「そんなのただの自己満だ。そんなもん書いて忘れろって言われたってそう簡単に忘れられるわけがないだろ?」息子のいう通りだった。でも、どうしようもなかった。息子の更なる言葉に俺はやるせない気持ちでいっぱいになった。
「現にお袋は病室にあんたの手紙をお守りのように持ち歩いてた。お袋は最期まであんたの影にすがって、その影の主がいつか現れると信じてた。」俺は夫として、父親として最低だ。俺はそんな愛してくれている二人をつい今のいままで忘れていたのだから。口が裂けてもそれを理由にすることはできなかった。
俺は地面に膝をつくとそのまま上半身を折り曲げ、手をついた。
「本当に申し訳なかった。俺は本当に最低な父親だ。」息子の少し戸惑った顔が頭を下げる少し前に見えた。恐らく他の連中はもっとそんな顔をしていただろう。
その時頭にものすごい衝撃が襲った。その衝撃は激しい痛みに変わり体制を崩し倒れた。
「先生!」時哉の声が聞こえた。
「何を今更・・・」そうつぶやくと息子は鬼の形相で俺を睨みつけた。
「もうおせぇんだよ!」泣き声の混じった怒鳴り声が深夜のマンションに響き渡った。
すると時哉が俺に駆け寄り俺の顔を心配そうに見ていた。さっきの衝撃で少し意識が朦朧としていたがちゃんと認識はできる状態だった。
「テメェ息子のくせに親蹴り飛ばすアホがどこにいんだよ?」時哉も息子を睨みつけながら怒鳴りつけた。
「さっきこいつも言ってたろ?こいつは父親失格なんだよ。俺がこいつを探すのにどれほど時間がかかったか?俺の人生の半分を捧げてんだよ。」俺は何も考えられなかった。
「なのにいざ会ってみたらこいつはどこかの知らない子供に乗り換えてた。この世界の俺じゃなくてなぁ。」
「それで平ちゃんを・・・」どこからか聞こえた声と俺は同じ感情だった。なぜ時哉を殺そうとしたのか。確かに理にかなっている。時哉の存在が消えれば俺はここに留まる理由はない。だがそんな単純なことではない。一人の人間の存在を消すという行為一人の人間が成し遂げられる偉業ではない。俺は持てる力を振り絞るような声で反論した。
「時哉は残念ながらどこかの知らない子供じゃない。」
「また言い訳か?あんたは俺の記憶なんてとんじまってたんだろ?」
「いいや。それは違う。」この言葉は自信を持って言えた。
「確かに俺はお前たちの記憶はなかった。ここに来る以前の記憶は皆無だった。でも、なぜか時哉を見た時放っておくことができなかった。」そう、俺はずっと思っていた。時哉に初めて会った時、俺は何故かこの子を守らなければいけないと思っていた。そして俺が無意識にタイムマシンやパラレルワールドの仮説を立てたときから、その感情は以前の記憶に関係していると思っていた。
ようやく思い出した。
「息子より大事な記憶ってなんだよ?」恐らく時哉も同じ感情で俺を見ていた。俺は時哉、そしてもう一人を見た。
「あの日の約束だよ。」俺はそう言いながらある言葉を思い出していた。
すると息子はおかしくなったように笑い始めた。
「なるほど、結局俺たちを捨てたことに変わりないってことですかい。」そういうと胸ポケットから何かを取り出した。俺は嫌な予感がし、時哉の肩にそっと手を置いた。時哉は一瞬不思議そうな目で俺を見ると、すぐに息子を睨みつけていた。
「そんなに過去の約束が大切なのにあんたはそれを忘れてたんだろ?」そう言いながら手を振り上げた。
「だったらその約束をしたやつに忘れたって謝らないとな!」そういうと息子は何かを投げつけた。あたり一面に電流が流れ時空が歪むように視界がぐにゃぐにゃになった。
なんとか間に合ったようだ。俺と時哉は別の時間にどうにか逃げられたが、さっきいたあの二人の姿はなかった。
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