第18話 コップ
俺に残されている道は、二人の注意をそらして玄関まで走るか、3階のベランダから飛び降りるかの二択だった。
どれはゆっくりとベランダに向かって下がっていた。だが、よく見ると二人ともそれ以上こっちに来る素振りがないどころかむしろどこか後ろに下がっているようにも見えた。
「なぁ、」俺は二人の心理状況をうかがうために、少し大きめの高圧的な声で話しかけた。すると二人は僅かだがさらに後ずさったように見えた。
二人は何かに怯えているようだ。
「何?」マーシーが平然を装って答えた。
「この時点に来れたから話さなきゃいけないことって何?どういう意味なんだよこの時点って。」俺は声をかけたものの何を話していいかわからず、率直な疑問をとりあえずぶつけてみた。
「だからそれは捕まえたら話すから。」マーシーがそういうと泰ちゃんも懇願するような口調で、俺に頭を下げた。
「頼む。」大人しく捕まってくれ。」スタンガン持ってるやつに捕まってくれと言われのこのこと捕まりに行く奴などいないであろう。
俺はとりあえず二人が後ずさったその空間を利用して玄関から逃げることにした。
恐らく、彼らはなんか知らんが俺を怖がっている説が濃厚だ。だから俺が向かっていけば、逃げはしないかも知れんが向かってくる事はないだろう。俺はそう分析し、意を決して一歩前に足を踏み出した。
すると予想外にも二人は俺に向かってスタンガンを向けて近づいてきた。
予想外の行動に俺は足に思い切り急ブレーキをかけると、その反動で思いっきりテーブルを蹴り上げてしまった。テーブルは思った以上に宙を舞い、上に乗っていたコップとともに床に勢い良く落ちた。
テーブルに置いてあった俺の大切なコップが、甲高い透き通った音を立て、見るも無残な姿になっていた。
しかし、そんなことを俺は気にしている余裕はなかった。なぜなら俺は今絶体絶命のピンチだった。俺はテーブルを思いっきり蹴り上げたことに驚き、ベランダでバランスを崩しかなりの勢いでバルコニーの外に向かっていた。
もう自分では制御できていない状態だった。マーシーがそんな状況の俺を必死で捕まえようと手を伸ばしてくれた姿を最後に、視界は青空一色になり、だんだんと地面の気配が近づいているのを感じていた。
俺は走馬灯のように、この危機を脱する方法を探していたが、俺にはどうすることもできず、ただ重力に従うほかすることがなかった。
そして地面がかなりの至近距離になり、視界はそのまま止まった。しかし、特にこれと言った衝撃も痛みもなかったが、落下の恐怖からしばらく立ち上がれなかった。
どうやらうちのアパートに引っ越して来た人のマットレスが玄関に置いてあった場所に運良く落下していたようだった。俺は起き上がると、上を見上げた。
あの二人が俺を見下ろしている姿を見ると、とりあえず急いで俺はアパートから離れるように逃げた。俺の命を救ってくれたマットレスはまるで見送るかのように、アパートの入り口を塞いでいた。
もちろん行く宛は田中先生の家しかなかった。とりあえず俺は電車の駅に向かおうとした。しかし、何も持たずに家を出てしまったせいで、電車に乗ることができなかった。
歩いて行くにもスマホがないと地図も見れない。俺はとりあえず線路に沿って先生の家の最寄り駅まで向かうことにした。
線路の高架下をひたすら歩いていた。時々電車の音が上から鳴り響いていたが次第に減っていき、気付くと全く聞こえなくなった。その状況で終電の時間が過ぎたことに気づいた。
静かな夜道を一人歩いていると、いろんなことを嫌でも考えられた。そしてだんだんとこの世界には今自分しかおらず、孤独な気分が俺を襲っており、あの騒音でも電車の音が恋しくなっていた。そして自然と俺の目から涙がこぼれた。
しばらく歩いたが、とうとう歩き疲れ少し道端に座り休憩することにした。ふーっとため息をつくと、身体中の疲れが急に足にかかり、もうしばらく立てそうになかった。夜風が目に染みたが、過ごしやすい気温で心のもやが晴れるような気持ちにしてくれた。
上を見上げれば、切れかけている街灯が優しく俺を照らしこのまま一眠りできそうだった。そして俺の睡魔が本格的に俺に襲いかかり、うとうとと意識も朦朧としていた時、再びトラウマが呼び起こされた。
さっきのあの2人が乱入して来た時と同じ電流が流れるような音が、俺の耳の奥をくすぐった。
俺の睡魔は一気に居なくなった。
「まさか」俺がそうつぶやくと突然街灯の近くに、電流が走り出した。街灯の光も盛んに点滅し始め、不穏な空気が流れた。俺は身構え、様子をうかがっていると、そこにあの2人が電流を身体中に帯びながら現れた。
「ヒラちゃん?」泰ちゃんらしき男が、現れるや否や恐る恐る俺の顔を見た。
「そうだったらどうする?」俺は身構えながら問いに答えた。
「もしそうだったら・・・」そう言いながら泰ちゃんらしき男はどんどんと近づいて来た。俺にはもう後ずさる力は残されていなかった。もう俺の目の前まで距離を詰めた泰ちゃんはそのまま俺を捕まえるように腕を回した。
「再会のハグをする。」泰ちゃんの無邪気で嬉しそうな声に俺は全身の力が抜けた。
「どうした?」俺が崩れるように倒れたことにもちろん泰ちゃんは動揺した。
「お前何したんだよ。」多分マーシーがそう言いながら近づいて来た。
「知らないよ。」そのあと2人が俺を呼んでいたが、その呼びかけに答えられそうになかった。
なぜかこの2人は俺の知っている2人という確信が持てた。
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