第13話 パンフレット

 泰斗と俺は部屋中を見回した。そこには勉強机が端に置かれ窓際には望遠鏡が空に向いていた。棚にはマンガやフィギュアが乱雑に置かれ、部屋の隅の方にサッカーボールや野球のグローブが置かれていた。どうやらどこかの子供部屋にこてしまったようだ。

 「なんかこの机見たことある。」泰斗は端に置かれている勉強机を指差した。確かにその先生の部屋にあった机と置いてあるものが違うだけでそっくりに見えた。俺が机をいろいろ見ていると、泰斗が急に望遠鏡を覗き始めた。

 「すげー。」泰斗はそこに映った光景に思わず声を上げた。

 「誰?」突然聞こえたお互い以外の声に俺たちは少し飛び上がり身体中が少し熱くなった。俺たちは声の、した方に恐る恐る視線を向けると、小さなベッドの上に少年が震えながら上体を起こしてこっちを見ていた。

 「あなたたちは誰?何の用?」少年の声は震えていた。

 「俺たちは・・・」正直俺は何も思い浮かばず、泰斗に目で訴えた。

 「サンタさんだよ。」泰斗は俺のアイコンタクトに答え、最低の返しを少年にした。

 「嘘だ!サンタさんはそんなに若くないもん。」少年は覚えながら訴えた。大声を出されたら終わりだ。俺はとりあえず少年を安心させるため、何とか嘘を考えた。

 「違うんだ。俺たちはサンタさんの手助けをしているエルフだよ。そうだろ?」俺はそういうと泰斗の尻を思いっきり叩いた。

 「でもクリスマスはまだ先でしょ?今はまだ8月だよ。」その時ふと少年をどこかで見たことがあるような錯覚に陥った。それはさっき見た田中先生の面影が残っていた。俺は改めて部屋を見渡した。

 「なぁ少年。今が何年かわかるかい?」泰斗が先走って尋ねた。

 「何年?」俺は今の一瞬で立てた仮説を確かめようとしたが、さすがに年代までは聞くことができなかった。

 その時ふと視線を下にしてみると見たことがある建造物が映ったパンフレットのようなものを見つけた。

 「なぁこれって。」泰斗も同じタイミングでそのパンフレットを見つけたようだ。そこに写っていたのは、大きな中世風のお城と背景には花火が上がっていた。俺はそのパンフレットを拾い上げ、中を確認してみた。

 「ここ行ってきたの?」少年にそう尋ねると、少年はなぜか恥ずかしそうな表情を浮かべながら、無言でうなずいた。

 「なぁ、これあそこができた頃のやつ?めっちゃ状態よくね?」

 「1983年・・・」俺のつぶやきを泰斗は不思議そうな顔で聞いていた。

 「どうした?マーシー?」俺は少年そっちのけで今置かれている状況の仮説を泰斗に披露した。

 「泰斗、俺たちは多分タイムスリップしてんだ。ここは1983年のあのおっさんの部屋だ。」

 「ちょっと待って何言ってんの?」泰斗にしては珍しく俺の話を受け入れられていない様子だった。俺はすかさず、根拠を述べ始めた。

 「まず1983年のパンフレット。次にこの部屋の間取り。置いているものは違うが、よく見ればあの部屋だ。」泰斗はだんだん首を傾げながらも納得できるところがあるようだった。

 「そしてあの子。微かではあるがあのおっさの面影がある。」そういうと泰斗は少年をじーっと見つめた。

 「ママー。」少年は気味悪そうに母親を呼んだ。

 「バカ、怖がらせるなよ。」俺は思いっきり泰斗の肩を叩いた。

 「だってちゃんと見ないと分かんなかったんだもん。」泰斗も少し大声を上げた。すると下から足音が聞こえてきた。

 「まずい、イヤホンをつけろ。」俺は急いでイヤホンを泰斗に渡すと、片方を自分の耳に入れ、電源を入れた。

 すると景色はたちまち元の風景に戻り、目の前にいた少年の代わりに、田中先生が立っていた。

 「危なかったぁ。」泰斗はそう言いながらイヤホンを外すと、俺にイヤホンを渡した。俺はそのイヤホンを受け取ると、絡まらないように丁寧にまとめていると、田中先生が腕を組んで咳払いをした。俺たちはその声に動きを止め、そっと視線を向けた。

 確かにこれはさすがに怒られて当然だった。田中先生は静かに口を開いた。彼は恐らく静かに怒る結構怖いタイプの人だと思った。

 「君たちがあの時のエルフだったのか。」その瞬間おっさんなのになぜかあの少年の姿に脳が勝手に変換している感覚に襲われた。

 「すいませんでした。でもまさかこんなことが起こるなんて。」泰斗が一生懸命言い訳を言おうとしていた。確かにまさかポケットラジオの電源を入れただけで過去に行っちゃうなんて誰が想像できた?

 すると田中先生はさらに腕を強く組んだ。

 「人の物を勝手に使うからだ。」低く重い声で俺たちを叱責すると、大きな吐息を吐きながら再びソファに腰掛けた。俺たちは野球ボールで窓ガラスを割ってしまった少年のように、二人で横並びでうつむきながら立っていた。

 「だが、正直君たちには感謝している。」思いがけない言葉に俺たちは顔をあげた。

 「どういうことですか。」俺がそう尋ねると田中先生は、テーブルに置かれていた飲み残しの紅茶の残るをすすった。

 「君たちとのあの奇妙な出会いがなければ、私はタイムマシンなんて物は作れなかった。」そういうと田中先生は勢いよく俺たちとの距離を詰めてきた。

 「で?感想は?」俺と泰斗はポカンとした顔を見合わせた。

 「すごかったです。」泰斗が安い答えをいうと、田中先生はものすごくがっかりした顔をした。

 「ちがーう!そういうことじゃなくてタイムスリップした時の体の異常だよ。」そういうと田中先生は俺らの前をぐるっと一周回った。

 「泰斗君。君には失望したよ。」俺は泰斗の代わりに答えを告げた。

 「少しだけですけどアイスを食べた時みたいなキンッとした頭の痛みがありました。」そういうと田中先生は再び俺たちに食いついてきた。

 「なるほど。」そういうと田中先生の動きが止まり、再び俺の顔をまじまじと眺めた。

 「君は?」

 「時田雅志と申します。」俺がそういうとさらに距離を詰めてきた。

 「時田君。他には何かあったかね。」俺はあまりの圧に少し顔をのけぞった。

 「いや特には大丈夫です。」やっとのことで答えると泰斗が弟にやきもちを焼いている兄のように、田中先生に質問をした。

 「先生、そもそもタイムマシン作ってどんな過去を変えたいんですか?」すると田中先生はソファに座りテーブルに足を置くと、お腹の上で指を組みながら答えた。

 「別に過去を変えるためじゃない。」

 「じゃあ何のために?」俺の質問に田中先生は静かに答えた。

 「君たちを探すためだ。」その言葉を引き金に田中先生は話を進めた。

 

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