もう6時
TaqAkiyama0011
第1話
「先生、アイアイから嫌われちゃったよ。えーん」
「あら、おさるの栄太郎君、どうしたの」
「うん、今朝ね、朝ご飯の後でみんなでお絵かきしてたんだけど、足りないクレヨンをアイアイに借りようとして、アイアイの指と僕の指とがぶつかったんだ。すると、ぼくの人差し指についてた鼻くそがアイアイの指についちゃったのさ」
「あら、まあ」
「指についた鼻くそに驚いたアイアイが自分の指を見ながら困っていたから、その指を取って鼻くそごとなめてあげたんだ。そしたらアイアイがこう言ったんだ」
「えっ、なんて言ったの」
「栄太郎君はそうしていつも鼻くそ食べてるのねって」
「あら。なめたことについては問題なかったのね」
「うん。それで、そうだよって言ったんだ」
「まあ」
「ぼくも、ちょっとだけためらったんだ。でも、うそは言っちゃいけないって言うでしょ」
「そうよね」
「だから、うん、そうだよって言ったんだ。そしたらアイアイが、私鼻くそ食べる人、嫌いだって言うんだよ」
「それなら、食べなきゃいいじゃない」
「でも、美味しいんだもの。小っちゃいころからの癖だしさ」
「そうなの」
「うん。だから鼻くそを食べないでガマンすることができないんだ」
「でもね、栄太郎君。鼻くそ食べる人は、きっとみんなから嫌われるよ」
「そうか。じゃあ、これから鼻くそ食べるの我慢するよ。でも、みんなは鼻くそ食べないのかなあ、おいしいのに」
「そうね。みんなは鼻くそを手に入れることが難しいの。だから、普通一般には誰も鼻くそは食べないわ。だからあなたの場合、鼻の穴に指を入れて鼻くそを手に入れることがそもそもの間違いね」
「先生も鼻くそ取らないの」
「ええ、取らないわね」
「そうか。じゃあ、僕の鼻くそがあるのがいけないんだ」
「そういうことね。そしてそれを取る事がいけないの。おうちでお母さんに聞いてごらんなさい」
「わかった、そうしてみるよ。ありがとう、先生」
「あのね先生、昨日お母さんに言うと病院へ連れてってくれたんだ」
「あら、よかったわね。それで」
「ええとね、鼻の病気でビエンって言うんだって」
「へえ、そうだったの」
「うん。それで鼻水が余計に出るんだって。かわいた空気でそれが乾くと鼻くそになるんだって。それで、お薬もらったよ。ほら」
「あら、そう。よくなるといいわね」
「うん。でも、ちいちゃな頃からずっとだから、よくなるかどうか分からないよ。でもさ、これからは出てきた鼻水はすすって飲んじゃえばいいよね」
「まあね。いや、ええと、うん。でも、鼻をかんだり、マスクするといいかも。マスクすると鼻水が出にくくなるかも。でもちょっと息苦しいかな」
「マスクって、あの、顔をおおって目だけ出す布のことかな。あのね、昨日先生に言い忘れたんだけれど、アイアイにはあなたの手がきたないって言われたんだ」
「それは手を洗うだけの事だから、問題ないわ」
「でもね、先生。僕はなんにでも手を使うから、どうしても汚れるんだよ」
「じゃあ、汚れたたびに手を洗えばいいじゃない。普通みんなはそうしているわよ」
「うん。でもね、これも小さいころからのことだから、なかなか変えられないよ」
「そうかしら。でも手を洗う習慣は大切よ。何かいい手はないものかしら。消毒とか手袋とかかしら」
「てぶくろって、手をかくすあの手袋だね。指がうまく動かせなさそうだよね。暑いと汗もかきそうだよ」
「そうよね」
「でも、きたない手が見えないのなら、それでもいいのかな」
「でもさ、栄太郎君。アイアイが言ったのが、鼻くその着いた君の手が汚れてるって言ったのか、鼻くそと関係なくきたなそうだって言ったのか、そこが疑問よね。ちょっと難しいかな、分かる」
「鼻くそと関係なくか。うん、わかる。今度アイアイによく聞いてみるよ」
「先生、先生の言ってた通りだったよ。アイアイが言うのには両方なんだって」
「そう。そうか、それだと難問よね。きれいに洗うだけじゃダメってことでしょう。ハードルが高くなるわね」
「鼻くそがダメで、鼻くそがなくてもダメって、どうしたらいいんだろう」
「鼻くそぐらいは簡単にクリアできるわ。でも、鼻くそと関係ない場合については戦略を練るしかないわね」
「せんりゃくって何だろう」
「何とかして鼻くそなしの場合をクリアするのよ。ただしその場合、アイアイが何を不快と感じているかを明確にしなくてはならないの」
「つまり」
「つまり、不潔でもないのに不潔に見えてしまう場合、それをなくさないといけないんだ。アイアイだけでなく他の子も同じように考えるようだと、それを何とかしなければこちら側はそのたびに困ってしまう訳でしょ」
「うん」
「だから、そうならないようにするの。鼻くそと関係なくダメだって言われないためにどうしたらいいのかを考えるのよ」
「うーん、分からないなあ」
「例えば君の話し方とか、態度とか、表情がよくないとかさ。何かはわからないけれど、それらのうちどれかアイアイが気に食わないものを鼻くそにかこつけて言った感じがするね」
「ふうん」
「ねえ、栄太郎君。クレヨンを借りようとした時の状況はどうだったのかしら」
「アイアイが箱からクレヨンを出そうとした時に、僕に『何がいるの』って聞いたんだけど、『茶色』と言うのと同時に僕がクレヨンに手を伸ばしたんだ」
「ほら、それよ。だから手がぶつかったんでしょ」
「うん。それでアイアイの手に僕の鼻くそがついて、茶色のクレヨンが落ちて折れたんだ」
「他人の物を借りようとした時に、勝手に手を出すのは間違いよ」
「うん、わかった」
「アイアイと栄太郎君は幼馴染だから、遠慮のない仲だと思うけれど、だからこそ礼儀をきちんと守んなきゃね」
「はい」
「それで、折れてしまったクレヨンはどうしたの」
「使ってそのまま返したよ」
「ごめんねって、アイアイにちゃんと謝ったの」
「いいや」
「ほら、嫌われた原因がわかったでしょ。逆に自分がアイアイだったら、どうだったかしら。鼻くそつけられて、クレヨン折られたら、それがわざとじゃないと分かっていても怒ったんじゃないのかしら。アイアイはそんな栄太郎君を許してくれたのよ、嫌いだと言いつつも。えらいでしょ」
「うん、わかった。今から謝りに行ってくるよ。ありがとう、先生」
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