乙女ゲーム8周回目 ツンデレ悪役令嬢を口説いてみたら実はデレ強めのツンデレだった件
矢田川怪狸
Re:スタート
第1話
「どうやらここは乙女ゲームの世界らしい」
こんなばかばかしい言い回しをする日が来ようとは......俺は今、人気乙女ゲーム『ミラクル・ラッキースター』の登場人物として生きている。
どうしてこんなことになったのかはわからない。
俺の記憶ではいつも通り晩飯を食って、いつも通り布団に入って、いつも通り寝て......目を覚ましたら、地方貴族の三男坊、ダレス=エーリアとしての人生が唐突に始まっていた。
ちなみにダレス、攻略対象――つまりプレイヤーの相手役の一人であるため、やたらめったら顔がいい。
イケメンな上に頭もよく、物腰柔らかくて女性からモテる。
だから俺はダレスとして生きる人生に不満があるわけではない。
むしろ毎日を通勤と仕事と睡眠で消費するだけのもとの人生よりも、魔法学園学年主席の頭脳を持つイケメンである今の人生の方が充実している。
ただ一つ不満があるとしたら......どこかでおかしなループにはまり込んでしまったらしく、とある『イベント』を何回もやり直していること。
今、俺はアイゼル学園の大広間にいる。
壁や扉には繊細な意匠が施され、天井まで届くほど高い窓にはきらびやかなステンドグラスがはまっている。
大きなシャンデリアが天井からぶら下がり、その下には銀の器に盛られたごちそうが並んでいる。
いつもは白に金糸で刺繍を置いたアイゼル学園の制服に身を固めた生徒たちも、今日だけは男はモーニング、女はカクテルドレスで華やかに着飾っている。
今日はアイゼル学園の創立記念祭――乙女ゲームのイベント的に言うと『断罪イベント』というやつだ。
このミラクル・ラッキースター、乙女ゲームなのだから『悪役令嬢』というものがいる。
俺より一つ上の学年のリリーナ・シュタインベルグ嬢、少し意地悪そうな釣り目が印象的な美人だ。
このリリーナ嬢、もともとは攻略対象キャラの一人であるアインザッハ皇子の婚約者なのだが、ヒロインの登場によってその地位が揺らぐ。
つまり皇子がヒロインに恋をしてリリーナを邪険に扱うのだ。
嫉妬に狂ったリリーナはヒロインに嫌がらせを仕掛け......という、どこにでもいそうな典型的な『悪役令嬢』なのだが、そのリリーナの罪を暴き、皇子がヒロインに告白するのがこの創立記念祭の場。
いま、かのリリーナ嬢が飲み物を満たした銀の器を手にした。
この器も細かな彫刻が施された見事なものである。
彼女はそれを持って、誰かを探している様子だった。
ぶっちゃけ、このシーンを何回もループしている俺は知っている。
彼女が探している相手はチヒロ・ミズウェル、この物語のヒロインだ。
チヒロは異世界から飛ばされてきた少女であり、聖なるチカラを秘めた乙女という設定がついているが、見た目は黒髪を肩のあたりで切りそろえた清楚で可愛らしい系の美少女である。
あるのだが……攻略対象キャラである男たちが無駄にキラキラしたビジュアルであるのに対し、チヒロはどうしても地味な印象が拭えない。
乙女ゲームにおいて大事なのは攻略対象キャラのヴィジュアルなのだし、プレイヤーの分身であるヒロインが地味めに設定してあるのは共感度を得るため......それはわかるのだが、このヒロインが地味な癖にやたらとモテる。
俺は正直、乙女ゲームのそういうところに共感できずにいる。
さて、くだんの悪役令嬢であるが、キラキラした主要キャラや、ありきたりな顔をしたモブキャラでごった返す会場の中で、どうやら目的のチヒロを見つけたらしい。
彼女は飲み物をこぼさないように銀器の器を軽く掲げ、窓辺に立つチヒロに近づいた。
「ご機嫌よう、チヒロ・ミズウェル、楽しんでいるかしら?」
このリリーナ嬢、美声ではあるが突き放すような話し方がどこか冷たくて、いかにも悪役令嬢といった雰囲気がある。
偉そうに鼻先を上げて銀の器を差し出す様も、相手を見下す悪役令嬢の所作そのものである。
すでにこのゲームを何周もしている俺は知っている。
あれがチヒロの手に渡る瞬間、横から皇子が手を伸ばしてその銀器を叩き落とす、そして叫ぶのだ。
「見ろ、銀が変色している! 毒だ!」
そしてリリーナはチヒロを毒殺しようとした容疑者として、王子が呼んだ衛兵に引き立てられてゆく……もう何度も見た光景だ。
いま、チヒロはリリーナが差し出す銀器に向けて手を伸ばしている。
さあ、断罪イベントの始まりだ……
しかし今回、チヒロは今までとは違う反応を見せた。
「いらない!」
チヒロは手を振り上げ、リリーナが持つ銀器を叩き落とした。
「銀が変色してる! 毒よ!」
その台詞を言ったのもチヒロ。
今まで何度も見た光景だが、このパターンは初めてだ。
チヒロの叫び声を聞いた皇子が片手を上げた。
「毒殺犯だ、衛兵、捕えろ!」
それを合図として、大広間内に制服を着た衛兵が雪崩れ込む。
リリーナ嬢はあっさりと組み伏せられ、それでも叫び声を上げた。
「これは、何かの間違いです!」
この台詞も初聞きだ。
もしかして、今回こそ、このループから抜け出すことができるかもしれない……
皇子が衛兵に組み伏せられたリリーナを見下ろす。
ここは、毎周回ごとに見ている、実に見慣れた婚約破棄シーンだ。
「リリーナ、今までのきみの悪行は見逃してやっていたが、これは流石にやりすぎだ。きちんと罪を償うんだな」
「悪行って何ですか、誤解です! 全て誤解なのです! どうか話を聞いてくださいませ!」
「残念だが、きみの言葉を聞く耳など持ち合わせてはいない、婚約は破棄させてもらう」
「アインザッハ様!」
絹を切り裂くようなリリーナの絶叫を最後に、画面がぐらりと大きく揺れ、俺の視界が真っ白い光で塗りつぶされた。
さあ、きっと今回こそ……今回こそ、このループから抜け出せるはず……
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