板外編:あの時の彼女の心境【1板目】

 どんな夢を見ていただろうか。思い出せないが、何か、とても幸せに感じたことは覚えている。


 これまで真っ黒だった世界が開けると、青白い、でも柔らかい光が差し込む中、モフモフした何かが目に入る。その何かは丸まり、フユミの近くに転がっていた。

 

 ここは、どこだろう。


 なんてボヤケた目を擦る。えっ私、どっか泊まりに来てたっけ……? なんてまだ暗い天井に目を向け、そのシンプルかつおしゃれな照明を見つめること数秒。


(……あー……違う。ここ、私の箱庭か……)


 やっと現状を思い出した少女は、隣の猫を起こさぬよう、ゆっくりと体を起こして首を回した。


 何も入っていない本棚、それだけがこの部屋に置いてある。あとはトイレに繋がる扉とこれまた中身のスカスカなクローゼットのみ。


 ベッドに座った彼女の背中が、痛くないはずなのに痛んだ気がした。


(あー…そうだそうだ、思い出してきた……。私バルドルにアレ撃たれてから回復魔法かけて、ボーッととりあえず風呂入って、そのまま寝ちゃったんだっけか……)


 ゔっ、と少女は呻く。そして背筋を張った。丸まると痛いからである。


 ……やはり、背中が痛む。これはフラッシュバックや気のせいでもなんでも無かったらしい。


(回復魔法が甘かったか……)


 回復魔法で、変に傷を癒やしてしまったようだ。自然治癒なら基本的にはそんな問題起こらないが、回復魔法は無理やりその部位の回復速度を上げる行為である。


 その分傷に異物が紛れ込んだり、癒着してしまったり、化膿してしまう可能性も上がるのだ。


 そして今回はその場合とは違い、傷を完全に癒やしきれてなかった、これが大きいだろう。いや傷というか、打撲か。


 まぁでも、軽い方だ。痛みも酷くはない。

 

 手足もちゃんと動き、呼吸も安定している。今考えてみれば、まだ痛みの残る状態で風呂に入った事自体あまりよろしくはなかったのだが、そんなこと知る由もない彼女は立ち上がった。

 

(回復魔法は体に負担かかるわけだし、最悪寿命を削る。あんまり使わない方がいいんだけど……頼っちゃうんだよなぁ。私苦手なのに……)


 冒険者育成学校で習ったことを思い出し、背中が腫れてるか触って確認する。……腫れてはない、ただ痛むだけか。軽いあざにはなっているかもしれない。


 回復危険度を高い順から言えば、回復魔法、魔法薬ポーション、自然治癒になる。


 だから本来、こういう場合は自然治癒に任せるのがいいのだが……。痛むと色々と支障が出るし、やりたいこともある。


 彼女は収納魔法でしまっていた、ゲームっぽく言えば★☆☆☆☆星1レアくらいの軽いポーションを取り出した。


 コチラの自然界ではあまり珍しくない青色の、でも少し発光している液体が揺れるたびにトプトプと音を立てる。これはいつか冒険者になるときの為に、と少ないお小遣いを切り詰めながら集めていたものだ。


 他にも、両親から貰った★★★☆☆くらいの高級なポーションや、冒育時代の同級生、天才魔導士ことウリエル君お手製な回復力未知数なポーション(多分かなり強力)等をまだ何本か持っているが、それを使うまでもないだろう。


 フユミはポーションの入った瓶のゴム蓋を開けて、背中のが治りますように、と一気に飲み干した。


(うげぇ……マッズ、やっぱマズ!!)


 口の中に何とも言えない油のような、かと思えば水のような、でも酸味や甘み、塩気も感じる……ワケのわからない味が広がる。


 魔法薬ポーションは魔法とついていることから分かるとおり、魔法のかかった、いわば栄養剤だ。


 回復魔法が体内の栄養のみを使用する状態だとすると、ポーションはそれついでに栄養補給もするってものだ。それに加え外部から働く魔法ということで体への負担は多少マシになる。


 フユミはドタドタと部屋を出て階段を駆け降り、厨房へ直行した。もちろんスマホ片手に。そして即座に水で口内のものも全て胃に流し込む。


 体全体がふわっと湯上がりのように暖かくなり、気が付かなかった小さな傷や背中の痛みもゆっくりと引いていく。ポーションが効いてきたらしい。


 まだうがいすらしていなかったのにポーションを飲んだのは間違いだったと、今更彼女は気がついた。


 口の中もだいぶ落ち着いてきて、やっと少女はまだ自分が顔すら洗ってないことを思い出し、ついでとばかりに流し台で洗う。


 そして今度はタオルすら持ってきていないことに気が付き、なるべく水を切り、仕方ないのでパジャマの袖で顔を拭った。


 鏡すらないこの場で手ぐしで髪を整える。

 

 フユミの髪は、サラサラで癖もつきにくく絡まりづらいと何とも手入れいらずの髪質だった為にこれだけでそこそこマシになってしまうのだ。


(ヘアバンドは……あー、部屋ね……)


 だがそんな髪質、ヘアゴムはスルスル抜けてしまい使いものにならない為に、簡単に髪をまとめられる黒のヘアバンドは彼女のお気に入りだった。


 今は何時だろう、と厨房に備え付けられていた時計を見上げる。5時……なかなかに早起きしてしまったらしい。


 とりあえずヘアバンドを取りに部屋に戻る。その道中、吹き抜けの天窓を見上げれば、そこから青から赤橙にグラデーションがかった空が覗いていた。


 それを見て、少女は「あ……」と思い出したように声を漏らす。


(スレへの報告まだだっけ……。何やったか思い出さなきゃ)


 少女は昨日何をして、自分がどんな目にあって……とまだボヤケた記憶を漁った。


(そうそう……たしかあのウサギ男とエンカウントしてからスレ落ちたっけ…。


 で、逃げて……あああそこ物凄いパイプとかあったよな。で、逃げ切ったかと思えば見つかって、そうそう広いスペースで、なんか迫ってきて間一髪で防御壁作って、で次来たときに蹴りぶち込んで……可哀想だったから★★☆☆☆星2レアくらいのポーション置いて……)


 大丈夫。フユミは色々衝撃的だった為にしっかりと記憶できていた。


(……でもいちいち記憶漁るのも疲れんし、記憶力アップの魔法かボイスレコーダーみたいな魔法とかあったら楽なんだけど……)


 もういっそのこと作るか? なんて発想になりながらもまた思い出すのに集中する。


(で、その落ちてきた酒樽割ると中身レイフが被っちゃって……あ、ボイスレコーダー風の魔法なら想像しやすいし案外自作できる?)


 いや、そこまで集中はできなかったが。でも、ある程度の記憶は思い出した。


(ああそうだ! スレに報告するついでにご飯食べる前に召喚済ませちゃうか!)


 廊下を渡り、執務室を抜け部屋に入ると、トイレの方から「うえっ」とあからさまに気持ち悪そうなえずきが聞こえた。


「レイフ……?」


 起きているのだろうか、フユミはトイレへ声をかける。するとカチャッとドアノブが回り、その肉球をドアノブに添えたレイフが気持ち悪そうにしながらフユミを見ていた。


 フユミは、あ、これ、二日酔いってやつだ。とかつて冬美時代の父親が飲み会帰りによくなっていたあの症状を思い出す。


「……フユミ様……? おはようっ、……ございます……うっぷ……」


 レイフは吐き気をこらえている様子で頭を下げる。いやっ、そんな状態で無理しなくとも……! とフユミはレイフに駆け寄った。


「(えっと、あー……たしか、お父さんは……あの人は手のここを押せばいいって……いや肉球だねぇ……!)……えっと……あ、これ! これ飲んでいいよ!」


 フユミは収納魔法からまたポーションを取り出す。こんな朝の段階でまさか2本も消費してしまうとは思わなかったが、仕方がない出費だろう。


 フユミ……いや、ウィンの実家では酒は出すが二日酔いになっている人が来たことはないし、父はかなりの酒豪だった。母は真逆で全く飲めない人間だったが、そもそも飲まない。つまり、ウィンとしての彼女の周りに二日酔いはない。この世界の何が二日酔いに効くかなんて知らないのだ。


 前世では父親はよく生姜湯を飲んでいたが、今世で生姜を見たことがなかった。おそらく前世であった色々な食物が存在しているこの世界、探せばあるんだろうが、時間がない。


 レイフにポーションを渡すと、申し訳なさそうにその猫はお辞儀した。


「ありがとうございます……」


「(あ〜、さらば、私のポーション……)

あの、それでだけどオーブをもらえない? 召喚したくて」


 交換条件とばかりに言うと、レイフはこちらも収納魔法からオーブを全て取り出し、つまり6つのオーブをフユミに差し出した。


 両手で受けると1つのオーブは収納して5つのオーブはバッグに突っ込む。レイフがポーションを飲んでからトイレに向かったのを確認して、フユミは着替えを始めた。




――着替えも終わり、スマホで『STWちゃんねる』を開く。そしていつもの板へ戻ってみると、そこには自分を心配する沢山の書き込みがあった。


**


796:長靴をはいた猫

脳筋! 返事をしてくれ!!



797:名無しの召喚士

ウソ、だろ……!?



798:名無しの召喚士

バルドルとのラブストーリーがまだだろ……!?

死ぬな!!


**


 まぁあんなホラーゲームばりの失踪の仕方したらこれだけ心配されて当然だろう。


(だからラブストーリーは無いってどれだけ言えば……いや、でも、)


 これだけ心配してくれるのは嬉しいな、と彼女の頬は緩んだ。


「こんな心配させちゃってるし、せいぜい報告でもしますかね……!」


 ボソッと呟き、前世のスマホとほぼ同じ仕様な入力パッドに文字を打つ。


**


834:白雪姫

お前ら心配かけたな!! ただいま!!



835:名無しの召喚士

し、しらゆ、いや、脳筋んんんんん!!?



836:名無しの召喚士

俺、お前のゴリラ具合を信じてた!!



**


(だから私のコテハン白雪姫だっての!! 誰がゴリラだ!!)


 いつも通りの脳筋イジリに美少女ゴリラネタ。キレてるように打ち込むが、実は中々に楽しんでいる。


 ――そう、このスレッドは、たしかに彼女の居場所となっていたのだ。




 





 


  

 

 








 


 








 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る