板外編:あの時の彼女の心境
――レイフに案内され、少女はその広い屋敷内を歩いて回る。契約神用に用意された部屋、広い台所、リビングといえばいいのかテーブルのある大きな部屋、召喚士用の……つまり少女、フユミのための執務室、など。
その全ての、これまでのウィンとしての生活では考えられないような広さ、美しさに彼女は驚きながらもやはり興奮していた。
「ここがあなたの執務室となります。……といっても、基本任務は召喚士同行の元で行いますので、ここですることは少量の書類仕事くらいですが……」
(すげぇ……! まじデケェ、落ち着かねぇ……!! ていうか綺麗! いかにも理事長とかが座ってそうな空間!!)
フユミにとっては執務室=理事長とかが座ってそうな空間、という認識だ。とりあえず、偉い人が居そうな空間、と言えばいいのだろうか。少女にとってその雰囲気は落ち着かないが、窓から射し込む日の光は柔らかくて心地良かった。
書類仕事、という少々嫌な言葉も聞こえたが、今は聞かなかったことにしよう。またあとで考えればいいだろう。
「こことフユミ様のお部屋は繋がっています。」
レイフが手で……肉球で示す先には扉。開けてみると、ベッドルームに繋がっていた。
ベッドと何も入ってない本棚、クローゼット。必要最低限、という部屋だったが、少女にはそれで十分事足りる。それに何よりめちゃくちゃ広い。前世での9畳くらい? これまでの生活では考えられないような高待遇だ。
壁もちゃんとしてそうだし、ベッドも間に合わせの物じゃない。実家では壁は薄く幼少期のやんちゃのせいで傷だらけ、ベッドは手作りでギシギシ軋む。最近はちょっと脚が歪んできて寝返りを打つたびにカタカタと音を立てる、そんな不便な部屋だった。
前世では考えられないような作りであったが、それに慣れてしまっていたために、この空間がとんでもなく高価で自分に見合わないものに思えたのだ。
「とりあえず、荷物はこの部屋に置いておきましょう」
レイフの言葉にフユミはそのカバンを下ろした。凄い、一切きしんでない。
正直この荷物、収納魔法で収納してしまっても良かったのだが、邪魔になればしまえばいいでしょ、とずっと持っていた荷物。結局機会がなくずっと持ち歩いてしまっていた。
中身は服などのため
だけど少し軽くなった体はスッキリとして、うーんと少女は伸びをした。パキパキと音が鳴る。肩少し凝ったかな。ベッドに腰を掛けて足をフラフラさせる。
「これでだいたいの場所は案内しました。ですので……まず、契約神を召喚しましょう」
バッ、レイフのその言葉にフユミは目を輝かせ立ち上がった。
(契約神……遂にですか!! 誰が来るかな!? できればアマテラス様を召喚したい……!! 最推し!! おいで、絶対に幸せにしてみせるから!!)
若干プロポーズのような思考になりつつ、一番好きな黒髪の彼女のことを思い出す。
腰まであるサラサラで艷やかな黒髪、透明感のある肌、キラキラと輝く琥珀色の瞳、見た感じマシュマロボディな柔らかそうな体、ベストサイズなお胸……。
(何度思い出しても最ッ高!! 天使!? 女神様!! いやリアルに女神ですけど!!
最初はただ、可愛いなー、けど良い子すぎるのはちょっと……とか思ってたけど今や私の最高の推しですよ!! 絶対呼ぶから!! 死ぬ気で呼ぶから!!)
最初に心を掴まれたお花見イベントからの軌跡を辿りながら、想いを馳せる。
儚げな彼女が現実バージョンになっても最高に可愛いだろうことは既に予測できていた。
「今から神霊の泉へ向かいます。準備はよろしいでしょうか」
レイフはそのガラス玉のような青い目で問いかけてくる。フユミはもちろんと強く頷いた。
――神霊の泉。ここはいつ来ても心地良い。空気が澄んでいて、自分すらも浄化されていくような、そんな清らかな空間だ。
「今から契約神の召喚を行います。こちらをお取りください」
レイフの方を見ると、ホワホワと5つの玉がまとまって浮いていた。白くて透明で、光沢がまるでシャボン玉みたいな見た目の玉である。そしてこちらもぼんやりと、泉と同じで発光していた。
(リアルで見るオーブってこんな感じなんだ……シャボン玉が水晶に閉じ込められたみたい……綺麗……)
もうここまでくると浮いていることには驚かないが、この世界にはまだまだ美しいものが沢山あるんだな、と気づかされる。
──少女は、この世界のもっといろんな景色を見たくて冒険者を目指していた。あのキツい冒険者育成学校だって、いずれ目にする絶景や沢山の人との出会い、それらを妄想することによって耐えてきたのだ。
……なぜか、その願いが曲がりに曲がって、気づけば召喚士という冒険者の上位互換のような職に就くことになっていたが。
……けれども、世界を見て回れることに変わりはないのだ。その上、大好きだった
5つのオーブを掴み取る。ひんやりと冷たくて意外と重くて、本当に小さな水晶玉を握っているかのようだ。
「これを泉に投げ入れればいいの?」
「投げ入れる必要は特に無いんですが……まぁ、はい、そうですね。入れてください」
投げ入れようと構えるフユミを止めるレイフ。ゲームでは投げ入れる演出だったけど、そっかそのまま入れるだけでいいのか。
(これで……契約神を……あれ)
フユミの頭に、嫌な発想が浮かんできた。
(ゲームでは初手はキャラ確だったけど、リアルではどうなの……?)
たらりと冷や汗が……垂れたわけではないが、ゾワッと寒くなる。
ゲームでは、一番最初はキャラが出ないとチュートリアルが進まないため、確実に契約神だけがガチャから出た。……というのも、通常のガチャでは契約神にプラス、神魂の欠片という契約神のスキルアップに使える強化素材も出るのである。
……この世界はゲームではない。現実だ。そんな初手だけキャラ確定なんてご都合主義なことあるのか……?
(まさか、神魂の欠片出て契約神いねーのにスキル強化も何もねーよ!! とか言わなきゃいけなくなるんじゃ……)
最悪の展開である。その場合レイフは代わりのオーブを持っているのだろうか……?
(……絶対に契約神引かないと……)
途端にそのオーブが手にずっしりと、重さを増す。感情の問題だろう。フユミは自分の体が固まっているのを感じていた。
「……フユミ様?」
(……ぁぁああ!! 考えても無駄だ!! 投げよう!! もう投げてしまおう!! 知らん!! このままだと一生引けんよ!!)
フユミは硬直していた体を無理やり奮い立たせ、その震える手を振りかぶり、野球選手ばりのフォームで泉めがけて投げ込んだ。予想以上にそのスピードは出て、ボチャチャチャチャッと5つに分かれたオーブは見事全て泉の中へ。
泉の中へ入った瞬間。水面からフワァァァッと白い光が溢れだした。そしてハラハラと虹色の光沢をまとった雪のようなものが舞い降りてくる……これは!
(キャラ確定!? シャァッ!!
しかもこの色……光属性!? まさか来る!? アマテラス様来ちゃう!? 引き当てちゃう!?)
先程までの不安はどこへやら、フユミの脳内が歓喜の声で埋め尽くされる。彼女の一番の推しであるアマテラスは光属性なのだ。可能性はある。
するとその舞い降りてきていたものが1つにまとまり、人の形を形成する。その形を見て、フユミは誰が来たのかを察した。
(え、このモデル体型、マント……バルドル!?
バルドル!?
ちょ、待てよ……待てよ!?
マジで!? 初手からゲーム内最強キャラ!? 俺TEEE始まっちゃいます!?)
――バルドル、フユミは前世で彼を持っていなかったが、その有名さと人気ゆえに何度もイベントや二次創作で見かけていた。
彼を一言で表すのなら「完璧なのにチキン」だろうか。
公式設定で一番美しい神とされ、雄弁でとにかく優しい。そして性能もさっき言った通りゲーム内最強である。特に常時発動の物理攻撃無効が強すぎる、いわゆる壊れスキル持ちなのである。
新しいキャラがどんどん増えていくというのに、その地位は揺らぐことがなかった。多分公式にすら愛されていたのだろう。
……だがしかし、ただ完璧なだけでは無い。
その性格は心配症でかなりのビビリ。本人……本神の喋り方が堂々としていて説得力があるためにごまかされるが、実際言っていることは半端なくチキン。そんなそこそこ残念なキャラなのである。……そして、そのギャップが良いというファンも多い。フユミも、割と彼は好きな方のキャラだった。
人の形を形成するものはその形を完成させたかと思えば光り輝く。その眩しさに目を瞑る。まぶたすら透かす光だ。視界が橙色に染まる。
そしてその色が黒に戻ったとき、フユミはゆっくり目を開いた。
毛先がクルクルと巻かれたプラチナブロンドが、陶器のような乳白色の肌を縁取っている。その肌を彩る固く結ばれた唇。目を閉じたその姿はとてつもなく精巧な彫像のよう……いや、それですら表現できないほどに美しい。
思わずフユミは見惚れる。あぁ、なんて美しいんだろう、なんて、それしか考えられないほどに語彙力が無くなる。
その長い雪のようなまつげが、ピクリ、動いた。そしてゆっくりと開かれる。その下から覗くのは青い宝石のような双眼だ。
同時に、固く結ばれていた唇もゆっくりと動き出した。
「わたしはバルドル。光を司る神だ。この荒れた世界を正すため、わたしが少しでも力になれるのならば……ッ!?」
「フユミ様!?」
一瞬。彼の蒼眼が見開かれた瞬間。感じた風圧に、フユミはサッと反射で何かを避けていた。冒険者育成学校に通ってたからこその身のこなしだ。
耳に感じた熱。視界を吹き飛ばすかのような光の塊が一直線にコチラへ向かってくる。気がついた頃には、フユミの黒髪の一房が妙な長さで切りそろえられていた。
(……え……?)
フユミ自身、状況が読み込めていなかった。と、後ろから聞こえる鈍い音、そして振動。何かが物凄い勢いで後ろに激突したんだと理解する。
(……
やっと、少女は自分が今殺されかけたのだと気がついた。
なん、で? なんて、そう思う間もなく目の前の美しい神は言葉を紡ぐ。
「…………ッ…………召喚士、これからは最低限、わたしに近づくな。
契約神としての責務は果たそう。だがそれだけだ、肝に銘じておけ」
その表情は事前情報の彼らしくはない。少女に向ける目はひどく冷たくて……何かに怯えているよう、必死なようにも見えた。
……まぁ、その時少女は混乱していて、おそらくそんな些細なことを考える余裕は無かっただろう。
バルドルはそのベルベットの様な光沢を持つ青いマントを翻し、足早に神霊の泉を立ち去る。
「……バルドル様!!」
ハッとなったレイフが声を出すがその時にはもう、彼の姿はここには無かった。
これまで突っ立っていたフユミだが、彼の姿が無くなって数秒後、ふらふらと座り込
む。
(なんで、なんで……?)
彼女の知っている彼とは、ゲームの彼とは明らかに違った。でも、ネットの情報だと
沢山の記事を、掲示板をこの一週間で読んだ彼女。契約神ごとにある程度の個体差はあるにしろ、根本は一緒だということも知っていた。その記事全てが嘘ということも無いはずだ。
(…………先輩方に……聞いてみる……?)
ふと、これを「STWちゃんねる」に書き込んでみたら、答えや解決法を先輩召喚士達が教えてくれるかもしれない、なんて、そんな事を考えた。ふらふらと立ち上がって、自室へ、いや、自室に取り付けられていたトイレへ向かう。
……彼女はあの時、よく漏らさずにすんだものだ。先程からそこそこ尿意があったのだ。あの衝撃と急な運動でよく耐えた、と少女はそう自分を褒めたたえた。
そして、この箱庭で一番安全なトイレといえば、彼女の自室から直接繋がるトイレと言えるだろう。
レイフは向かう道中フユミに近づいてきて、少し遠慮がちに話を切り出した。
「……バルドル様は……本来あのような性格ではございません。」
知ってる、なんて、口には出さないが返答する。
あれはバルドルなのだろうか、バルドルの皮をかぶった別の何かなんじゃないだろうか、って思うくらいには性格が違った。なぜそんなにも違うかはフユミには分からない。
「……今、フユミ様に任務が下りています。受けるかどうかはあなたの自由ですが、召喚士の数は少なく……ギリギリです。できれば受けてもらいたいというのが現状ですが……どうか、早めにご判断を」
レイフは少し間を空けてから本題を打ち明けた。
(任務……それにあのバルドルは協力してくれるの? 契約神の責務は果たすって言ってたけど……)
――今まさにフユミの心境はお先真っ暗であった。
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