エピローグ

vol.0 炎に水(後編)



 ――炎、ですかね。


 松江は青白い炎を脳裏に描いた。香坂にはそれが似合う。


「あたしがそれを焚き付けて」


 その言葉を在原が引き取る。


「俺が諌めてるって感じですね」


 イメージしていたものとは違った。どちらかといえば、在原の方が熱い人間のような気がしていた。そして、香坂が冷たく静かなイメージがあった。


「反対かと思ってました」

「よく言われます。香坂は大抵怒ってるんで」

「その言い方だと語弊がある」

「焚き付けて諌める……。なんだか、水と油って、これじゃ良くない例えですね」

「いや、良いですね。水と油」


 在原は朗らかに笑った。

 それに安堵を覚える。香坂は殆ど無表情なので感情を拾いにくい。

 この勢いで少し突っ込んだ質問もしてみるか、と松江は決意する。


「お二人は卒業して一度それぞれの道へ進み、こうしてまた一緒に映画を作るというのはどういうお気持ちですか?」


 在原を見ると、香坂へ少し視線を送った。それに気付いて香坂は顔を上げると、ピアスが揺れる。


「どういう気持ちですか?」

「え? んー、学生の頃は学生祭に来てくれる人が楽しんでくれれば良いと思ってました。今はチケットを買って時間を割いて映画を観てくれる人たちが何か大事なものを一つでも持って帰ってくれたら良いです」

「あとは、そうだな。映画をもっと観てほしいです。作った映画をきっかけでも、そうじゃなくても良い。映画館で映画を観る習慣が無くなりつつある現代で、どうか足を運んで観てほしいです」

「真面目に答えてる」

「俺は、最初から最後まで真面目です」


 在原の軽口に香坂が笑みを零す。

 松江は聞きながら頷き、言いにくそうに口を開いた。


「あの、お互いに思うことはありますか?」

「あ、お互いにだって」

「観客に向けて話してしまった」


 二人して笑う。


「あたしは特に何か思うことはないです。任せとけば、大丈夫なんで」

「すげー雑。もっと思うとこあんだろ、脚本家」

「棗も言ってたよそうやって」

「また二人で結託して……」

「在原監督はどうですか?」


 言い合いになりそうな雰囲気を察知して、松江は口を挟む。


「俺は……純粋に、嬉しかったですね。会社辞めて最初に、言ったらあれですけど呼んで来てもらった人たちで映画を作った時は正直、想像もしてなかったんで」

「それくらい香坂さんの脚本に魅力があるってことですね」


 その後、いくつかの質問が終わり、インタビューが終了した。お礼を言って、香坂と在原は小会議室。


「いつ喧嘩が始まるのかとヒヤヒヤしました……」

「いや、あの二人いつもあんな感じだぞ」

「え、そうなんですか?」


 編集長がコーヒーを飲みながら頷く。あれはじゃれ合っているということなのか。


「というか、もうすぐ結婚するって聞いたけど。ん? 結婚したのか?」

「け、結婚!?」

「周りが静かだから気づかないんだよ、箝口令でも敷かれてんのかね」


 松江は二人が出て行った扉を見つめた。







 駅へ向かう道を歩きながら、香坂は在原の視線に気付いた。なにか、と顔を上げる。


「俺も耳に穴空けようかな」


 急にどうしたのか、と香坂は少し眉を顰める。


「五月ちゃんとお揃いに出来るし、強くなれるかもしれない」


 その言葉に、キラキラと大きなピアスを揺らす在原を想像した。似合わない。


「辞めといたら?」

「そっかー」

「それに大丈夫でしょ」


 香坂が続ける。


「あたしと居たら強くなれるんだから」















 水と油 END.

 20210131

 この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、会社、タイトル等は架空のものであり、実在する人物、団体、会社、タイトル等とは一切関係ありません。全て作者の想像で執筆している為、倫理観や情報管理などガバガバな面があります。ご了承ください。

 また、自殺自傷行為を助長するものでは決してございません。寧ろ逆です。こんなご時世だから、生きて見返して、笑ってやりましょう。


 長文失礼いたしました。

 ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。

 またどこかでお会いできることを。




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