vol.15 何角関係


 忘年会と称して、ランダムで飲み会が開かれた。いつもの駅裏のビルの二階。狭い階段をあがる。

 宴会場の奥のテーブルの一角にいつも通り佐田とドニは座っていた。在原は演者と裏方のテーブルを行ったり来たりしている。


「香坂さん、来ますかね」

「真澄くんは来るって言ってたけどね」

「仲直りはしたみたいですね」

「この前一緒に映画観に行ったって……付き合ってんの?」

「さあ……あ」


 ふとドニが入口を見ると、当人がいた。

 香坂を二人のいるテーブルへと呼ぶ。視線を戻すときに在原の方へとやれば、在原も香坂が来たのを確認していた。

 お邪魔します、と香坂は佐田の正面に座った。


「五月ちゃん、元気だった? いつから冬休み?」

「元気でした。昨日から休みです、明日から実家帰る予定で」

「実家遠いんですか?」

「東北の中でも、遠い方です」


 鞄を置きながら答える。

 メニューを渡され、丁度料理を届けにきた店員にドリンクを注文した。


「僕の父も今、東北に仕事に行ってます」

「ドニさんのお父さん、何されてる方なんですか?」

「テレビ局で……分かりやすく言うとカメラマンをやってます」


 だからドニもカメラに興味があるのか、と考えつつも、それを口にすることは無かった。自分と親とは、別だ。


 香坂の母が、物語を嫌うのは父の影響からだ。

 物語に、父を取られたから。


「今雪すごいよね、特に日本海側」

「もう積もってるので、帰ったら雪おろし要員です」

「雪おろしってなんですか?」


 ずっと関東に住んでいれば、知らないこともあるかもしれない。去年もここらへんは雪が積もることは無かった。


「屋根に乗った雪を落とす作業です。雪かきは母も出来ますけど、屋根に乗るのは危ないので……」

「落とさなくても、溶けるのを待てば良いのでは?」

「溶ける前に家が潰れたら意味ないでしょ」


 佐田がビールを傾けながら言う。その通りだ。雪の重みで家が潰れるなんて想像が、ドニには出来なかった。


「雪って言っても原料は水なので」

「水、なるほど、上に乗ってるなんて恐ろしいですね」

「お二人は実家に帰ったりするんですか?」


 香坂の注文したシャンディガフがきた。飲もうとすると、二人が香坂のグラスに自分のグラスを各々ぶつける。「かんぱーい」と言いながら。


「ドニは実家暮らしだし、あたし親いないんだよね。だから年始も誰かの家に集まってだらだら飲んだりしてるよ」


 佐田の言葉にドニが頷く。

 親がいない、というところに香坂はどこまで突っ込んだら良いのか分からず、結局流した。自分から親の話を誰かに詳しく話したいとは思わないだろう。


「そういえばクリスマスに真澄くんとデートしたんだって?」

「デート……?」

「映画を見に行ったって聞きました」

「ああ、アルポルト3。あの人すごい泣いてました」

「真澄くん感動しいだから。去年の夏合宿でファインディング・リーモを一人で見て一人で泣いてました」

「あれってそんなに、泣く……いや確かに親子愛には溢れてますけど」


 だよねえ、と佐田がケラケラ笑う。

 確かに、香坂の小説を読んでも泣いていた。涙腺が緩いのかもしれない。


「ここ、良いですか?」


 声が聞こえて、三人の視線がそちらに向く。楢が香坂の隣を指していた。


「楢じゃーん、いーよいーよ。枕崎から解放されたの?」

「というより、真澄さんに席とられました」

「本当だ」


 ドニが人の合間から在原の方を見る。枕崎もいるテーブルで、演者で一番年上の星野たちと笑い合っていた。


「奴らは何話してんの?」

「小学校のときに流行った遊びで盛り上がってます」

「子供か」


 佐田が肩を竦める。座った楢のコップを香坂が覗き込んだ。


「何飲んでるの?」

「烏龍茶です」

「あ、未成年か」


 香坂が思い出したように言う。佐田とドニが驚いたようにその顔を見ていた。何かついているのか、と見返す。


「楢と五月ちゃんって仲良いの?」

「僕もそれ思いました。というかまず棗くんがこっちに来るの珍しいなと」

「俺が好きなだけです、一方的に」

「は?」


 声が出た。先程から出てはいるが。

 楢の方を見るが、にこにこと笑うだけ。あんなに愛想笑いの下手な男だったのに、仲良くなればこれだ。小さく溜息を吐くしかない。

 きっと件のことを話さずに通る方法として考えてくれたのだろう。香坂は自分のグラスを、佐田やドニのように、楢のコップにぶつけた。


「みたいです、乾杯」

「なるほど、かんぱーい」

「わかりました、乾杯」


 カツンカツンとグラスがぶつけられていく度、楢の烏龍茶は波を立てた。






 ランダムの飲み会で、未成年の飲酒、煙草は絶対させない。在原がランダムを立ち上げ、打ち上げを開いたときにそれは宣言された。破った者は除名。異論は認めない。

 実際、除名になった者も数人いる。


「在原くん、彼女いないの?」

「そう、いない」

「こいつそーゆー友達はいるから近付かない方が良いよ枕崎さん」

「なんですかそれー」


 キャッキャと笑う枕崎と、酔っ払い始めた星野が在原の肩に腕をかけた。

 枕崎は今回、香坂が書いた脚本の主演をやる。楢も同主演で、ジャンケンの結果といい、良い布陣だ。もしかしたら香坂の引きが強いのかもしれない。

 演技の上手い下手に関わらず、ここでは平等に役が配られる。ジャンケンの強い弱いは関係するかもしれないが。


「彼女作らないの? てか在原くんのタイプってどんなの?」

「好きになってくれんなら、誰でも?」

「なんで疑問形なんだよ」

「告られた女子としか付き合ってこなかったんで、あんまり気にしたことなくて」


 星野が目を細め、口を開ける。そんな台詞、言ってみたいものだ。枕崎がその隣で笑って身を寄せる。


「じゃあ私が好きだって告白したら付き合ってくれる?」

「いやー考える」

「なんでよ」

「別れた後、ランダム辞められても困るし」


 変な男だ、と枕崎だけでなく、そのテーブルにいる全員が思った。

 自分を好きで、告白してくる女と付き合うというのに、別れた後のことを考えている。

 恋愛は永遠じゃないことを知ってるのか。


「じゃあ、唯一無二と付き合えたら良いね」


 奥で飲んでいた百瀬が静かに言った。黒い髪の毛が艷やかだ。


「その、唯一無二のひとが在原くんのこと嫌いだったらどうするの?」


 対して枕崎がたらればを続ける。


「それは、通って土下座して頼み込む」


 ちら、と佐田とドニ、香坂のいるテーブルへと視線を向けた。トイレに立ったきり戻ってこないと思っていた楢が香坂の隣に座っている。

 楢が枕崎を苦手としているのは、裏方の人間は気付いていた。美人で幼い頃から可愛いと持て囃されてきた枕崎は、自己肯定感に溢れており、自分に自信がある。そうやって生きてきた人間は、そうして生きてこなかった人間のことは、理解できないものなのだろう。逆も然りだ。

 というわけで、枕崎から狙われている楢を助けに入るかという軽い気持ちでテーブルに来た在原が、代わって生贄にされた。

 話題が他に移ったところで、在原はトイレへと立ち上がった。会場へ戻り、香坂と楢の間に入る。


「はーい、空けてください。お前なあ」

「ははは」


 渇いた笑いで誤魔化そうとする楢。奥にいた香坂が立ち上がろうとするので、その袖を掴む在原。


「真澄さん、楽しそうだったから」

「香坂、今の聞いた? こいつ綺麗な顔して悪魔みたいな奴だから」

「やだー醜い争い。もっとやれー」

「佐田さん、諌めてるんですか? 煽ってるんですか?」


 中途半端な体勢で香坂はその場に留まる。在原がそちらを向き、香坂を席に戻した。よって、楢が少しずれることになった。


「楢は五月ちゃんのこと好きなんだって。いま三角関係だから」

「三角?」

「俺も入って、四角でどう?」

「じゃあ僕も入って五角で」

「ずるーい、私も入る」


 宴も酣。

 結局何角あるのか分からない状態で幕は閉じた。





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