LWH、LWF
春嵐
LWH
カフェに呼ばれた。
いっぱいいっぱいに、人が入っている。会社近くの、人気のカフェ。
予約してあったらしく、ほぼ満席なのに上司の向かいだけ一席空いていた。そこに、座る。
上司。緊張した顔。隣には、若い男が一人。たぶん相席の関係ない人。
「よく、わたしを呼べましたね」
このご時世。男性上司が個人的に女性部下を食事に誘うだけで、内部告発されて弾劾される時代。
「あ?」
上司。かたかたと手を震わせながら、コーヒーをすすっている。気が小さい。
そういうところも好き。
もしセクシャルなんちゃらで内部告発されたりしたら、わたしが出るところに出てこの上司のことがだいすきですって言ってやる。それぐらい好き。
「まあ、飲んでくれ。とりあえず」
震える手で、コーヒーをすすめられる。最初から、置いてあった。
あれかな。
えっちな気分にさせる度数高めのブランデーとかスピリタスとか入ってるのかな。いいぞ。うけてたつ。好きだからな。でもたぶん気が小さいひとだから、そういう、こそくなことはしないだろうけど。
コーヒー。
ぐいっと一杯。
うまい。
「ふひい」
「それには薬が入っている」
おっ。
勇気だしたな。いいぞいいぞ。
「治験中のもので、なにも、健康などに影響はない。健康促進用のただのサプリだ」
「はい」
なんだ残念。私はいいのに。準備おっけいなのに。
「ただ、おかしな発見があってな」
上司の震え。止まっている。
「俺のことが、見えるか?」
「え?」
「訊いたことに答えてほしい。俺のことが、見えるか?」
「恋愛的に、ですか?」
愛の告白の、なぞかけ、かな。
「単純に、だ。俺の姿が、視覚を通して、特定して認識できるか、という意味で、見えるかどうかだ。まあ、言葉が通じてるんだから見えてるんだろうが」
「はい。見えます。すきです」
あっ待って今のなし。なしで。
「あ?」
「見えます。見えますはい」
あっぶね。聞かれてなかった。よかったよかった。
「周りを見回してみろ」
言われた通り、周りを見回してみる。
「あれ」
カフェ。
人通りが少なく、空いている。
「人がいなくなってる」
上司の隣にいた相席の若い男も、いない。
「減るほうだな」
上司。こちらに伸びてくる手。
瞳孔。舌。ほっぺた。額。さわって、たしかめられる。くすぐったい。すき。
「大丈夫だ。何も起こっていない。微熱だが」
「ええまあ」
好きな人の目の前ですから。
「うるさいっ」
「うわっ」
「あ、ああ。すまない」
情緒不安定なのかな。好き。そういう不安定なところもすき。
「同じ薬を、俺もさっきのコーヒーで飲んだ。おまえが見えなくなるのがこわくて手が震えたよ」
「あの。どういう意味ですか?」
「この薬はLWという。副作用はひとつ。人間の認識を、変えてしまうことだ」
「認識を、変える?」
「お前はいま、自分の認識できる人間が、減っている。おそらく、半分ぐらい。ロストワールドハーフで、LWHという」
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