終章 Es ist wie ein aufrichtiges Gebet. 姫騎士と綴られる世界(前編)

04-001.見習いと姫騎士。 Knapp und Prinzessin Ritter.

「なんですか、あれ! ただ事じゃないです! もの凄く面倒じゃないですか!」


2156年8月25日 水曜日

 午後になり曇天模様から青空が見え始め、夏の日差しが目に眩しい午後のひと時。ザルツブルクに居を構えるブラウンシュヴァイク=カレンベルク邸の居間では、お茶をゆったり楽しみながらTVモニターに流れる早朝公開された動画を鑑賞していたところだ。

 動画を見進めるごとにティナの顔色は悪くなり、最後の動画を見てティナが猛り捲っているのである。


 この絶叫とも言える魂の叫び――特に面倒くさいに集約される――に、弟のハルがキョトンとした顔で姉を見上げている。


「ねぇね、ぐあいわるいー? だいじょうぶー?」

「ああ、思わず取り乱しました。ねぇねは大丈夫ですよー。ハルはお気遣いできる良い子ですねー。」


 奇行に走る姉を心配する可愛らしい弟の頭を撫でると、褒められたことが嬉しかったのかハルはキャッキャと笑いながらクネクネと身を捩る。


「ティナ。少し落ち着きなさい。でもまぁ、あのが凄すぎたのね。くびきを外すとここまでだなんて予想も出来なかったわ。」

「おかあさま、他人事じゃありません。おかあさまの一言でこの結果になったのですから。」


 責任を取れ!とでも言う様に母ルーンをジト目で睨みながらグチグチとこぼすティナ。全くって濡れ衣を被せられたルーンは呆れた口調で娘をさとす。


「実際に組手をしたあなたなら、ある程度は判ってたことでしょう? それよりも身近に強敵が現れたことを喜びなさい。」


 全くって戦闘脳を持つ母親の言葉であからさまに苦虫を噛み潰した顔になるティナ。成ってしまったことがかえらないのは判っていますが愚痴の一つも言いたくなるものです、などと未だグチグチと続けているのはこの娘にとっても珍しいことだ。


 それ程の衝撃だったのだ。


「ねぇね、ふぁーふぁ…きらい?」


 上目遣いにションボリした目を向けながら聞いてくる弟に、五歳児の前で取る態度ではなかったことを反省するティナ。花花ファファはハルにとっても大好きなお姉ちゃんであると共に師匠でもあるのだ。


「そんなことないですよー。ちょっと花花ファファが強かったのでビックリしただけですから。」


 そう言いながらハルの頭をまた一撫でするティナ。「そっかー、よかったー」と安心して笑みを浮かべるハルに釣られて微笑みをこぼす。


 話の中心は花花ファファである。


 早朝、と言ってもエスターライヒではまだ深夜の時間帯だったが、中国で行われた花花ファファの下克上イベント「Chevalerieシュヴァルリ帝位争奪戦」の動画と、全七試合個別の動画がアップされたのだ。

 それをお茶請け代わりに眺めながらのんびりしていたのだが…。


 花花ファファ曰く「ホンとで戦うの技」。競技の技ではなく自身が習い覚えた「人をたおす技」を使う花花ファファが洒落にならなかったのだ。

 特に、最後の試合。花花ファファの実力は、少なく見積もってもヘリヤと同レベルにあるだろう。つまり、相手をするのが酷く苦労させられると言うことが判って非常に面倒なのだ。


 戦わないで良いなら戦わないに越したことは無いを身上とする姫騎士さんが、グッタリする案件だ。

 京姫みやこの仕上がり具合も危険なレベルになりつつあることを考えると渋面を造ってしまうと言うものだ。


 そんな相手が同学年に現れたからには公式下部大会である学内大会で得られるランキングポイントも下方修正、もしくは計算から外すことも考えないといけないので、年間取得ポイントの調整が非常に面倒なのである。


 更には花花ファファに引っ張られる様にイベントを通して、中国の騎士シュヴァリエ達は競技以外の技を使い始めた。そちらの実力が競技化された技術より遥かに高かったことが一目で判るくらいの実力を有していたことが露見した。今まで楽にポイントをくれる絶好の相手だったが、今年の中国代表達からは、その認識を改める必要が出た。

 この動画を見た世界中の騎士シュヴァリエ達も突然現れた強敵達の対策に翻弄することになるだろう。


「あのー、姫姉さま。えーと、この方が花花ファファさんで間違いないですか?」

「ええ、そうですよ。ナイフ二刀流のルーを組手の相手に指名した張本人ですよ。」

「ムリです! 死んじゃいます! エレ姉よりヤバイ人じゃないですか!」

「おい、ルー。私がヤバイってどういうことだ? その辺りじーっくりと聞かせて欲しいな、えぇ?」

「だってエレ姉は通り名が血濡れのハブリエレじゃなムガッ!」


 エレが神速でルーの上唇と下唇を摘まむ。随分な力で摘ままれている様で、ルーと呼ばれる小さなメイドは逃れようとジタバタ小暴れしている。


「二人共、その辺にしておきなさい。折角のお茶がホコリまみれになるわよ?」

「なるわよー」


 仲裁したルーンの言葉尻を拾って、ハルが語尾を繰り返す。この幼児はたまに教育上宜しくない言葉も拾ってしまうため、大人は注意が必要である。


「チッ、命拾いしたなルー。奥様に感謝しろ。」

「ちょっ! エレ姉、ルーを仕留めるつもりだったんです⁉ それはアンマリです!」


 驚愕の顔で抗議する、ルーと呼ばれた身長百五十㎝に到底届かない小柄な少女。キャッチーなミニスカメイド服姿だが、残念ながら一部がペッタンコなのと背の低さから子供が可愛い恰好をしていると見られるだろう。このデザインのメイド服なのは先程まで道場で揉まれていたからで、Chevalerieシュヴァルリ競技用の騎士服として仕立てた物である。普段の業務はヴィクトリアンメイデンスタイルのロングドレスである。


 彼女の名は、ルイーセ・ヨランダ・ファン・クレーフェルト。愛称はルー。小等部ジュニアを卒業したばかりで、現在十二歳。

 オランダのWaldヴァルトmenschenメンシェンであるクレーフェルト家から、将来ハル専属の護衛兼メイドと成るべく派遣された見習である。ブラウンシュヴァイク=カレンベルク家の護衛兼メイドを担当するエレの再従姉妹はとこである。クレーフェルト家は、Waldヴァルトmenschenメンシェンの王たるルーンの実家であるケーニヒスヴァルト家直属の護衛であり、カレンベルク財閥が持つ警護部門のトップを担当している。


 武術と要人警護、使用人業務などの基礎を終わらせたルーは、今年の九月からマクシミリアン国際騎士育成学園の騎士科に入学するためにザルツブルクへやって来た。武術鍛錬として他流との経験を積ませる目的があるが、並行して彼女に課せられた鍛錬の方がメインである。集団の中に自然に溶け込む訓練、他者との交流から人間の行動原理を観察すること、情報収集の訓練なども盛り込まれ、私見を広げ判断基準を柔軟に養うための鍛錬と、盛りだくさんだ。


 学園の宿舎に入居することになっているが、学園に滞在する間はティナのお付き見習として業務の実地訓練を積むことも仕事の一つである。


「まぁ、ルーは早い内に花花ファファに揉んで貰うから良いとして、Chevalerieシュヴァルリのルールは覚えましたか?」

「姫姉さま…。何気にルーの扱いが適当です…。ルールはバッチリ暗記しました! 全部復唱できます!」

「あら、もう覚えたんですね。まぁ、ルールを知っていても身体が覚えたことを出さない様に切り替えられるかが問題ですが。」

「ほえ? 切り替えるんですか? ルーは何時でも戦えますよ?」

「おいおい、ルーよ。競技とは違うんだからな? 使っちゃならん技を出すなって言ってるんだ。」

「??普段から急所を仕留める技は使いませんよ? まずは武装解除と取り押さえだってルーも判ってます!」


 無い胸を逸らせ、エッヘンとドヤ顔をするルー。論点が違うことを判っておらず、周りが呆れていることも気付いていない様子。


「ルーよ。競技で取り押さえは反則だ。全く、覚えたルールが生かされてないな。」


 キョトンとするルーの頭上にはハテナマークが飛んでいるだろうことが見て取れる。


「ルー。あなたの技をChevalerieシュヴァルリのルールと照らし合わせてください。仕留める技能の殆どはそのまま使えませんから。」

「ええ‼ ホントですか姫姉さま! そうしたらルーは何で戦えばいいんですか!」

「いえいえ。あなたの技でも攻撃先を変えれば幾らでも使えますよ。騎士シュヴァリエの鎧は攻撃された判定をする道具ですから、ナイフでも人体にダメージが入るレベルの攻撃を与えればポイントとなりますから。」

「へー。随分安全なんですね。ルーはそんな楽していいんですか? これでも結構いい線いってますよ!」


 その「いい線」は主語に「戦ったら」が入る。

 実際、ルーは優秀だ。Waldヴァルトmenschenメンシェンの中でもトップクラスの暗部を輩出する家系に生まれ育ち、才能は大いに受け継いでいる。そもそも、ブラウンシュヴァイク=カレンベルク邸で住み込みの要人警護を任される者は誰もが認める優れた実力が必要である。

 だが、ルーは幼少期から下手に才能が有ったので、現実との評価基準が今一つずれている節がある。


「はぁ、まったく。ルー、お前は暫くルールと技能を照らし合わせて問題点を洗い出せ。宿題だ。」

「そんな! ひどいエレ姉! 生徒の自主性が見られない勉強は身につかないってルーは知ってます!」

「もう。あからさまにやりたくないって言ってるようなものじゃないですか…。とっても困ったちゃんですね。」

「ほんとに。お嬢より困ったもんだよ。」

「何気に私がディスられました! 何たる飛び火ですか!」

「あなた達、話が発散してるわよ? ルーはChevalerieシュヴァルリのルールと自分の技能を照らし合わせてどれが良くてどれがダメか書き出しなさい。」

「奥さま、ルーはそれちょっと…。」

「はい、口答えしない。二日あげるからやりなさい。その間、他業務は他に任せて集中してやって良いから。返事は?」

「は、はい。やります。」

「そして何で二日の猶予があるかも自分で良く考えなさい。どうしても判らなかったらエレやティナに聞くこと。わかった?」

「はい、わかりました…。」


 流石、母の貫禄勝ちである。それも王の一族から直接指示を受けたのだから履行を反故ほごにすることは有り得ない。そもそも無茶振りではないのだし。


 ルーと言うは物覚えも非常に良いし頭の回転も早い。しかし欠点が一つ。覚えたものはそれで完結してしまうため、得た知識同士を組み合わせたり、比較する作業がものすごーーーーく苦手なのである。

 実際、そのままではいずれ壁に当たり、単なる戦闘力があるだけでは護衛業務はこなせないことを思い知ることになるのだ。そうならない様に導く必要もある。学園の生活では育成計画も考えないとまずいなぁと、姫騎士さんは厄介事を押し付けられた気分だ。


「明るく元気娘で人懐こいのも取り柄ですが、ほとほと心配が拭えません…。」

「お嬢。私も同じ気持ちだ…。才能だけは群を抜いてるんだがなぁ。」

「それを有効活用出来なければムダになりますね。」

「いわないでくれ…。」


 グッタリしている様子を幼い弟が心配そうに声を掛けて来た。


「ねぇねも、えれえれも、おなかいたいー?」

「いえいえ、だいじょうぶですよー。ねぇねは元気ですよ?」

「ああ、心配かけたなぼん。私も大丈夫だ、ありがとうな。」

「だいじょうぶなのー? よかったー」


 二人から頭を撫でられてクネクネと喜ぶ弟の姿でグッタリ感を癒すのであった。


 それからの二日間、ルーは精力的にルールと技を比べていった。最初は記憶だけで処理していたがあっと言う間に思考がオーバーフロー。ようやくく紙に書き出して○×を付けながら表にしていった。完全なる二度手間だったが。

 そしてぶち当たった二日間の意味。最初はうんうん考えていたがサッパリ考えがかすりもしなかった様で、あっという間にティナとエレに泣きついて来た。

 技を○×で判定したところ使えるものが殆どなくなったからだ。これは技を連撃で使っているため、複数の技が含まれている内の一つでもNeinNGが含まれると対象外にしてしまったことが原因だ。


「では、騎士シュヴァリエに攻撃してはいけない場所は覚えてますよね?」

「首から上と臍から股下十㎝までですよ、姫姉さま。」

「つまり、それ以外は攻撃して良い場所です。ホログラムなので実際斬れることもないし、鎧は単なる当たり判定をするだけなのでむしろ攻撃対象です。首や内腿のリンパ線を狙う技にしても、何もホントにそこを斬らなければならない訳ではないんです。」

「うゆー? どゆことですか?」

「つまりだな。首を防がれた時、技はそれで終わるか? もともと手首、脇の下、首を狩る連撃なんだから反則になる攻撃は違う場所に斬り付けたり、いっそ技の一部を使わねーのもありかな。」

「要は、反則さえしなければいいんです。それを念頭に置けば、危険な技でも一部の用途を差し替えたり、ほんの僅かな変化で競技に通用する技となります。」

「それを考えるための二日間ってことだ。ルー理解したか?」


 腕組みをしながら聞いたことを咀嚼しているのか、ウンウン唸るルー。仕草にまだまだ子供っぽいところが残っており、それがとても可愛らしく見えるので、まるで妹が増えた様な雰囲気がある。

 が、それを見守る周りは、ちゃんと理解出来ているのを訝しんでいるところだ。何せ当の本人が目を瞑りながら身振り手振りで攻撃の防御をシミュレーションでもしているのか、奇妙なポーズをとりだしたからだ。

 暫く様子を見ていると、納得したのかカッと目を見開きクリンと振り返った。しかし、口から出た言葉は気合が入った様に見える面持ちからは考えられない弱気な一言。


「うー。判りましたがエレ姉はお手伝いしてくれないのです?」

「アホか。お前の技なんだからお前しか最適化出来ねーんだよ。」

「そうですよ、ルー。まず二日で基本となる案を造って、後は鍛錬しながら最適な形を見つけるんです。」

「うーん、大変だなぁ。ルーはこういう作業は苦手なんです!」


 フンッと得意げに言い切るルー。ツッコミどころ満載である。


「威張って言うことじゃないだろが。」


 当然、エレからツッコミが入る。ゲンコツ付きだ。頭蓋骨の隙間に当てる、とても痛いゲンコツである。

 フガーッ!アタマが割れる、割れる!とゴロゴロのたうつルー。


「今後はもっと難易度の高い仕事がバンバン入って来ますから今の内に慣れてくださいね。」

「姫姉さまキビシーです。心が折れそうです。ねぎらいは必要と思います!」

「るーるーだいじょーぶ? げんきじゃない?」

「ああ、ぼっちゃま。こんなルーにもお声がけなんて天使です! 癒しです!」


 ハルを抱っこして頬ずりをするルー。ハルは触れ合いが嬉しいのかキャッキャと声を上げている。しかし、どう見てもこの小さなメイドは現実逃避に走っている。


「さ、一息つきましたから作業の再開をしましょうか。」

「ホラ、ルーもとっとと準備しろ。」

「鬼だ! 鬼がここにいる! ここには鬼しかいない! ルーは絶望です!」


 一々横道にそれながら、ルーは何とか二日でオーダーをこなした。途中でティナとエレのレヴューが何度も入り、都度修正しつつ精度を上げていき、何とか及第点にまでは仕上げられた。

 しかし、素案が出来ただけで実際に鍛錬の中で身に付けねばならないため、これからが本番なのである。


 時たま息抜きに身体を動かすべきと、エレが発案し、道場に引き摺られて行くルーの姿をしばしば見ることになるのはお約束となった。


「ルーは人生疲れました…。もう楽隠居したいです…。」

「バカなこと言ってんな。ホラ、さっさと立て。戦闘はオマエの得意分野なんだからこのくらいで音を上げるな。」

「ヒー! コレ息抜キチガイマス! Aランクノ修行デス!」

「何でカタコトになってんだ? もう一本逝くぞ。」

「今の絶対、ヤバイ字面が入ってるセリフです! ルーの命がすり減るカンジの!」


 ズルリズルリと競技開始線までエレに引き摺られていくルー。


「ギャー! オータースーケー!」

「るーるー、がんばれー」

「ああ、ぼっちゃまの声援が…。癒される~」

「んじゃ、癒されたから再開な。」

「ちょっ! 癒しタイム短すぎです! 不当です! 余韻が必要です!」

「やかましい。構えなきゃ体術でシメるぞ?」

「ヒートーデーナーシー‼」


 小一時間ほど揉まれたルーが邸宅へ戻ってきた時には、覇気がなくゲッソリとしていた。

 まぁ、つつけば騒がしくなるので、まだまだ余裕はたくさん残っていることだろう。



 新たに家族として加わったチョコマカと動く賑やかな少女はギャーギャーと殊更ことさら騒がしく、ブラウンシュヴァイク=カレンベルク家に一風変わったいろどりを添えることになるのだった。



「そうそう。ルー、あなた普段の得物は刃引きか模造に変えなさい。」

「え! 奥さま、それはルーに死ねと言うことですか! 攻撃は最大の防御です! ダレか知らない人が言ってました!」

「いえいえ、学園に滞在するんですから刃物を持ち歩くのはご法度ですて。ルーは武器に頼らない戦闘法も磨いた方が良さげですね。」

「姫姉さままで! ルーからメスナイフを取り上げるですか!」


 どちらかと言えば騒がしさが勝っているのは言わぬが花である。


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