01-020.忍者と武将、蝶と鬼です ~京姫~

 1回戦試合コート4面第2戦。

 京姫みやこは絶賛苦戦中である。その剣戟は避けること儘ならず、刀で刀を受けざるを得ない拮抗を呈している。


 相手は同郷の騎士科4年、神戸かんべ 小乃花このか

 南伊賀の流れを汲む伊賀流の技を継承しており、陰忍の技を多く使う竊盗しのびである。隠忍とは敵拠点への侵入、情報収集、破壊工作などを行う。

 彼女は隠形に長けており、気配を希薄にし、呼吸と目線を盗み音もなく常に死角を取る。


 競技用に縮めた手槍(短槍)では、彼女相手には都合が悪い。槍本来の遠間からの攻撃と振り回しによる広い範囲の防御が使えないため、あっという間に懐に潜られてしまい、こちらの攻撃不能位置から良いようにされてしまう。

 そのため、今回は武器デバイスに太刀を用意してきた。


 太刀たち めい 来国光らいくにみつ。刃長 69.5cm、黒漆太刀拵こくしつたちこしらえの鞘と柄を持つ反りが2cm程の太刀である。

 

  小乃花このかの熟達した隠形は間合いの支配に現れる。

 外から見れば、ただ普通に歩いて近づいているだけだが、実際に対峙している相手はいきなり目の前に現れた様に見える。武道の上位者と同じように正面のを突いて接近してくるのだ。

 京姫みやこでは、まだ到達していない技能である。


 目の前へ、いきなり間合いを詰められ、左前腕へ切り下ろしをされるも太刀で受ける。正に間一髪。余りの余裕のなさに刃を立てて受けるだけで精一杯だった。これがあるから武器デバイスを太刀にしたのだ。

 スルスルと 小乃花このかが間合いから離れて行く。彼女はヒットアンドアウェイの戦法を基本とし、虚を突いて襲ってくる。


 元より刀は斬ることを目的とし、打ち合うことに向いていない武器である。彼女たちの刀は実戦刀じっせんがたなとして拵え直したデータであり、かさね(刀の厚さ)が厚く、打ち据えが出来る様、頑丈に造られてはいる。

 とは言え、戦場での刀はあくまでサブウェポンであり、しゅで用いるものではない。その点は騎士剣も同様であるが造りの思想が違うため強度が違う。切れ味より刺突効果と頑丈さを念頭に造られた剣と打ち合うには刀ではいささか弱い。

 それ故のヒットアンドアウェイ攻撃である。


 だが、刀同士で見れば剣術自体の技量は京姫みやこが少しばかり上を行く。

 刀で戦闘を行う場合、基本は回避、避けられない時のみ刀で受ける。そうしないと刀が折れる確率が高くなるからである。

 しかし、京姫みやこの斬撃は回避を許すほど甘くはない。それは相手の剣筋も同様だ。故に刀と刀で受ける様相を繰り返している。既に刃は欠け始めている。



 近づき離れを繰り返す 小乃花このかは蝶が舞うさまに似ている。


――『西側ヴェステン選手は、ヒラヒラと舞い踊る蝶の如く、二つ名【烏揚羽カラスアゲハ】、騎士科4年、日本ヤーパン国籍、小乃花このか神戸かんべ!』


 競技者紹介で謳われた二つ名【烏揚羽】は、彼女の衣装と戦闘スタイルから来ている。


 彼女の姿を見てみよう。黒髪をショートボブにカットし、鉢金はちがね型簡易VRデバイスを額に巻いている。目じりは少し吊り気味だが顔が丸みを帯びているため、可愛らしい印象を受け、年齢より幼く見られる。

 装備も鎧ではなく、黒と下方が絞り染めの青でグラデーションされた直垂ひたたれを着用している。この色合いが烏揚羽を奇想させる。腰には蒼い帯を巻き、その上に胸が窮屈そうに張り出している。籠手は手の甲まで丸く覆う鯰籠手なまずごてと白い手袋、筒状で開閉機構がある筒臑当つつすねあて、太腿まで覆う白足袋に草鞋わらじの出で立ちである。直垂ひたたれは股下5cm程で、袴は着用していない。そして、下着が特徴的で紫に染めたローライズの黒猫褌である。


 小乃花このかは、五行で言うところの脇構えを主に取る。左脚を前に左半身となり、剣先を後方へ向け水平に保つ。京姫みやこの流派ではしゃの構えと言う。

 彼女の武器は、脇差わきざし 大磨上おおすりあげ無銘むめい 伝義景でんよしかげ、刃長56.4cmと短く、相手に剣の長さと攻撃の出どころを錯覚させる用法として取り入れた構えである。これに隠形の技術で相手の懐に飛び込むことで効果を相乗させている。



京姫みやこは剣はいいけど、間合いがまだまだ。」

「ええ、それは心得ています。おかげであなたの隠形に着いていくのがやっとです。」

「ん。着いてこれるだけ立派。決めきれなくて大変。」

「それはこちらもです。しかし、そろそろ流れを頂きます。」

「そう。がんばって。」


 打ち合いの中、僅かに生まれたで言葉を交わす。 小乃花このかは無表情に淡泊な言葉を紡ぐ。そこには他意はない。驕りや怒りなどの戦場では不要となる感情は持ってこない。そういった精神修養をしている。故に、彼女は純粋に感じたことを言葉に出しているだけである。しかし、同郷の下級生を見守っている節もあり、気にかかったことをその場で言葉にしているのだろう。


 そしてこの会話時点でも、小乃花このかの隠形の技は秀逸で、存在は希薄、目の前に立っているのに印象に残らない。気配も目に映る相手の姿も曖昧であり懐に入られるを良しとはしないが、今一歩、技への対応が遅れ受け身となっている。京姫みやこは思考を切り替えるため「エイッ!」、と掛け声を発し、正眼の構えから太刀を一振りする。そして、受けた後の切り返しや反撃などの思考を全て切り捨てる。


 受け身で考えるから一歩届かない。テレージア戦の様に身体が覚えた技を出せれば、負けることはないであろう。覚えた技を只使う。これを磨くと決めたのだ。ならばこちらから押し通すまで。

 そして、小乃花このかの秘技である虚をつく投擲もまだ出ていない。余裕を持たれている証拠であろう。


 【烏揚羽】と【鬼姫】。

 全くスタイルが違う騎士シュヴァリエである。

 片や死角を狙う暗殺者の様な隠形。

 片や真っ向から打ち据える剛の剣。


 京姫みやこは正眼(中段)、下段、霞み(頭上後方へ剣先を向ける)と流れる様に構えを変化し 小乃花このかに対応してきたが、ここで八双の構えを取る。左足を前に出し中半分の左半身になり、右脚をハの字に開く。肩は上げずに首の位置で柄を握り、右肩の位置から刀を上へ垂直に立てる。


 まずは見ること。今までの攻防で全体視(特定の部位ではなく全体を見ること)を使い小乃花このかの動き始めは少しずつ掴めて来た。まだそれは点でしかない。只管ひたすら攻め、それを線に繋げる。

 実際、小乃花このかの隠形術は素晴らしいの一言。本人の気配どころか、剣を振るも現れない。


 しかし、小乃花このかは呼吸や身体の動きを判別できない様に細かな挙動を隠しているが、攻撃に転じる瞬間、気付かれない様に口を少しだけ開けて息を一つする。それを攻撃の合図としてこちらから畳み込む。


 小乃花このかが僅かに口を開ける。その瞬間、京姫みやこは飛び出した。


 左脚を前に出し、肩口を狙い鋭く一閃。小乃花このかは前に出ていた左脚を一歩下げ回避するが、京姫みやこの剣筋は脚元まで下ろされた。そして刃が切り返され跳ね上がる。

 京姫みやこは一歩右脚を進め下段からの切り上げに繋げたのだ。キシィッと軽い金属音がする。小乃花このかが脇構えから身体を右に捻り、跳ね上がる太刀を途中でかる様に受け止めた。そのまま物打ものうち(切先から3寸程)の少し後ろで京姫みやこの太刀を右に巻き、攻撃の導線を右側面に外す。


 京姫みやこから見て左側に太刀が流れる。そのまま右脚を踏み込み、バインド鍔迫り合いの位置を軸に柄を高く上げ左手を太刀の峰に添え、流された位置から、斜めに小乃花このかの右膝に突きを入れた。シュリリと太刀と脇差が擦れる音と共に、ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音がする。


 小乃花このかは、巻いたままの脇差で京姫みやこの太刀の刃を鍔に引っ掛ける。そのまま高く上がった右前腕へ刀身をスライドさせ、突きを入れた。再びポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音。


 まだ終わらない。京姫みやこは、小乃花このかの脇差の鍔を軸に右腕を下げ、峰へ添えた左腕を上げる。ダメージペナルティを受けた右腕の挙動は左腕でカバーする。そして、右膝に刺した切先は弧を描いて駆け上がり、右乳房を下から切り上げた。

 ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が響くと共に、第1試合が終了する。



「おっぱいがヘンな感じ。」


 無表情に自分の右胸を下から持ち上げたり揉みしだいたりしている。ダメージペナルティの身体負荷が妙な違和感を生んでいる様だ。直垂ひたたれの中に来ているシャツの首元を引っ張り胸を確認している。試合撮影用のカメラは斜め上からも撮影しているため、小乃花このかの白いお椀がスクリーンに映っている。ノーブラの様で、危うく尖端が映るところである。観客もヒヤヒヤドキドキである。もちろんヒヤヒヤは女性客でドキドキが男性客。映像の視点が変わる訳はないのに思わず首を伸ばして覗き込もうとしている者までいる。



「(今のは良く取れた。思考より早く五行ノ太刀の返し技が出せた。まさか鍔でこちらの太刀を封じられるとは思わなかった。あれも忍術の一つだろうか。)」


 京姫みやこは表情の変わらない小乃花このかを横目で見つつ、同じ剣術でも用途が違えば様相がまるで違うことを改めて痛感する。



『双方、開始線へ』


 審判の呼び声がする。インターバルの1分が過ぎた様だ。


『双方、抜剣』


 小乃花このかは、シュルと音を鳴らし脇差を抜く。が、京姫みやこは抜刀の挙動をしない。審判と目が合い、頷く。

 稀に、試合開始してから抜剣をする技法があるため、審判が目線で確認を促したのだ。


『双方、構え』


 小乃花このかは、変わらず脇構えをするが、右脚を前に出し右半身となる何時もと逆の構えを取る。

 そして京姫みやこは、左脚の少し前に右脚を出し膝の上から上半身までを左に捩じる。太刀の鞘を刃を上になる様に上下を返し、水平に保ちつつ左手は鯉口を斬り、右手は柄を軽く握る。

 抜刀術、つまり立居合の構えである。


『用意、――始め!』


 審判の声が発せられる。

 京姫みやこは、細かい脚捌きでジワリジワリと間を詰めていく。

 対照的に小乃花このかは、まさに蝶が舞う様に左右へと間を外していく。


 その小乃花このかの口が少し開く。これからの運動量を支える酸素を取り込んでいるのだ。

 その合図が見えた瞬間、京姫みやこは抜刀し、一段目の技である横一閃を牽制として入れ、左脚を一歩み出し、二段目の技、太刀を上段へ返し右上腕を狙い切り下ろす。

 ここで小乃花このかは、右脇構えより切り落としを受けるため、刃を立て斜め上に脇差を片手で切り上げる。

 京姫みやこに疑問が生まれる。おかしい。受けるのならば左手を峰に添えなければ梃子の原理で受けた刃に押し負け切先が流れる。

 左手。小乃花このかの左手は――

 手刀を腕と真っすぐにし、脇差の後を追う様に弧を描きながら京姫みやこの胸目掛けて左手は止まる。

 そこから棒手裏剣が飛来した。

 小乃花このかの脇差の切先へ太刀の刃を滑らせながら柄を引き、冑金かぶとがね(柄頭を守る金属)で棒手裏剣を打ち据え防いだ。投擲武器は跳弾が発生しないため、武器や盾で受けられた瞬間ホログラムは霧散する仕組みになっている。

 左手の挙動の確認で投擲武器へ対応が出来た。

 そして、脇差の物打ものうち辺りをまきこみながら右脚を一歩み込む。過去の対戦データでは、棒手裏剣は手の移動距離に基づいて設定されていた。この距離だと投擲のための挙動が取れない筈。投擲後、左手を脇差の峰に手を当てたのが良い証拠だ。

 だが、もう遅い。一度崩れた受けは立て直すには仕切り直すしかない。崩すために柄を滑らせたのだ。投擲と受けで体が崩れている。後は三段目の技で心臓部分クリティカル判定へ突きを放つのみ。


 ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が響き渡った。



京姫みやこ選手、1本』


『試合終了。双方開始線へ』

東側オステン 京姫みやこ宇留野うるの選手 2本』

西側ヴェステン 小乃花このか神戸かんべ選手 1ポイント』


『よって勝者は、京姫みやこ宇留野うるの選手』


 解説者や観客の騒乱のなか、京姫みやこは息を大きく「はぁ~~っ」と吐き出す。

 棒手裏剣の防御が失敗していたら、この一本は小乃花このかに取られていた。心臓部分クリティカル判定へ寸分違わず飛来したからこそ防げたのだ。

 まだまだ綱渡りな戦い方で凌ぐばかりで、先は長いな、と遥か遠い高みに思いを馳せる。


京姫みやこ、なかなか遣るようになった。多分、呼吸盗まれた。」

「ありがとうございます、小乃花このか。仰る通りです。」

「今日はもう終わり。だから大根の煮物とタコメシを希望。」

「もしくは昆布締めの白魚。昆布と人参と大根の和え物でも可。」

「はいはい。造りますよ。」


 京姫みやこ小乃花このかは、宿舎が同室である。10畳の2人部屋と4畳ほどのキッチンが付いている。

 朝晩の給食が届くのであるが、稀に自分達でも作る際は、予めその旨を伝えれば良いシステムとなっている。

 近頃、高級昆布を仕入れた京姫みやこは暫く料理人扱いである。


 部屋には床に断熱効果のある床材を貼り、その上に畳を敷いてある。彼女たちは畳で過ごしている。

 そして、小乃花このかは炬燵の住人として良く丸まっている。

 誰かが「まるで猫の様」と称した。


「にゃあ」


 炬燵がある限り猫で構わないようだ。


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