宇宙再生のおすすめレシピ

がんざき りゅう

第1話 五月の文化祭

 確かに五月開催の高校文化祭は珍しい。

 高校三年生であり、文化祭実行委員長でもあるエリハにとっては最後の文化祭となる初日。

 耐震改修工事を先の冬に終えたばかりの鉄筋コンクリート製校舎の最上階。

 その一番端の教室で他の実行委員と一緒に机を並べ、開会式の最終打ち合わせをしていた。

 清楚さを第一にデザインされたセーラー服とよく似合う肩まで掛かるミディアムヘアー、芯の強さと好奇心あふれる大きな瞳、目鼻立ちの整った顔立ちの中に明朗な性格が見てとれる。 

 凛とした教室内の雰囲気を壊すかのように、校内からいくつもの悲鳴と怒号が聞こえた。

 何事かとエリハは、自慢の細い眉を片方だけつり上げた。

 他の実行委員達も異変に気づいてお互いの顔を見合わせた。治まるどころかますます大きくなってくる騒ぎに「事故でもあったのか?」と誰もが口にしようとしたとき、校内を巡回していた実行委員の女子生徒が、顔面を蒼白にして教室に飛び込んできた。


「委員長! やかん! やかんが暴れています!」


 当のエリハは理解しがたい報告に、

「そうか、やかんか」と応じたが、“やかん”という言葉が引っかかり聞き返す。「ところで、やかんって誰だっけ?」


「人じゃないです。ラグビー部の"やかん”です。ほら、水を入れておいて気絶している選手の頭にジャーっとかけるやつです」


 近頃のラグビーでは気絶している選手に水をかけることなどしない。いつの時代の話なんだと普段のエリハなら突っ込むところだが、女子生徒の緊迫した表情を見てやめた。

 確かにラグビー部は今年も筋骨隆々な部員が女装をして接客する”男喫茶トライ”という模擬店を出すことになっている。しかし、暴れているのは部員ではない。息を切らしながら状況を説明する彼女によると部の備品であるアルマイト製のやかんが暴れているというのだ。

 エリハは、皆が委員長である自分をからかおうと口裏を合わせているのかとも思ったのだが、どうやらそうではないようだ。

 エリハは座っている椅子をはねのけて勢いよく立ち上がった。

 やかんが暴れているという話に納得したわけではない。でも、こういうときこそ行動を起こして前に進むしかない。今までもそうだったように・・・。


「とにかく現場に行きましょう。副委員長はここで待機。それ以外の人は私と一緒に現場確認に行きます」


 現場に赴くべく、部屋を出ようと戸口まで来た時、背後から何か迫ってくる気配がした。エリハが振り向くと五月の春風を入れようと開けておいた窓からワゴン車よりも二回り程大きい黄金色のやかんが側壁をぶち壊して勢いよく突っ込んできた。

 轟音とともに破壊されたガラス片やコンクリート壁の固まりが四方に飛び散る。突然のことにエリハは身構えるだけで精一杯だった。

 しかし、あまりにも巨大なやかんは、注ぎ口と側面の半分だけを教室にめり込ませたところで耐震工事で補強された鉄骨ブレースに引っ掛かって止まった。

 所々凹んでいるやかんの側面には、下手くそな文字で大きくラグビー部と書いてある。

 幸い周りにいた実行委員のメンバーも怪我はないようだった。だが、驚いた表情のまま瞬間冷凍されたかのように固まって動かない。気絶したわけではないようだが、魂を抜き取られたうえに時間まで固定されてしまった感じだ。エリハは目を見開いたまま動かない女子生徒のそばにより頬を指先で突っついてみた。

 反応はない。

 校内の喧騒もいつの間にか消え、何の音も聞こえてこない。なんとなく目に入る色彩も色あせたように感じる。

 しかも、巨大なやかんが教室に突っ込んだという驚くべき状況にもかかわらず、誰一人様子を見に来る気配もない。

 またしても事件に巻き込まれたことをエリハは悟った。


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