第31話 聖女

 


「ソフィ、マルク隊長はどうした?」


「マルクは……」


 厳しい眼差しで、私を見つめるローラン。

 彼が敵なのか味方なのか分からないのに、アロイスが私を助けようとして、マルクを滅ぼしてしまったことを伝えるわけには……。

 私はどう話したらいいのか迷い、口を噤んだ。 


「死んだのか?」


 黙ったまま頷くと、ローランは一瞬視線を下にして、崩壊して灰になったリゼットを見、身を震わせた。


「俺たちは、マルク隊長がルニエ商会の屋敷に居るのを知って、私兵に紛れて監視していた。

 君やアロイスが来て、こんな騒ぎになるとは思っていなかったけど」


 ローラン達は騒ぎに乗じて、今までどうしても入れなかったルニエ商会の屋敷の地下を捜索し、そこでマルクの着ていた警備隊の制服と灰の残骸を見つけたと言った。


「その後、お前たちが巡察官に捕らえられたのを見て、衛兵とすり替わった」


「私とアロイスを、助けてくれるの?」 


 ローランは皮肉に笑った。


「サシャ王の代理人、巡察官を相手に、俺たち人間が勝てると思うか?」


「じゃあ、どうしてあなたは危険を冒してここに居るの」


 疑問を口にすると、ローランは真剣な表情に変わった。


「アロイスを救いたければ、奇跡を起こすんだ。聖女ソフィ」


 ローランが何を言っているのかよく分からず、思わずぱちぱちと瞬きをする。

 彼は荒縄で拘束されている私の手首から、飾り輪ブレスレッドを外した。


「ヴィーザルの民は、かつて世界樹ユグドラシルの森に住んでいた。世界樹が枯れてしまうと、俺たちの先祖はその地を去り、このノワールの地に辿り着いた。

 そして現地の人々と共に、魔物や魔獣の嫌う草木を植えて村を守り、中央広場に世界樹ユグドラシルの苗を植樹して育てて来た」


「そんなお伽噺をしている場合じゃ……」


 馬車は、真紅の薔薇ブラッディ・ローズ城へ向かっている。

 ユー・シュエンは、私たちをどうするつもりなのだろう。


「村は滅びたけど、俺たちは生き残った。

 君は再び世界樹ユグドラシルの苗を城で育てている。

 ヴィーザル村では、金髪緑瞳は先祖返りだと言われて、アロイスと君は『将来の長』『聖女候補』として大切にされていただろう?」


「ローラン、私に何か期待しているみたいだけど、子供の頃に薬師だった母から、薬草の育て方や薬の作り方を習っただけなの。村の広場の大樹は、ただのトネリコだし……。

 その飾り輪ブレスレッドを返して。アロイスから貰った、大事なものだから」


「いいや、世界樹ユグドラシルで間違いない。ベックがそう言っていた」


 アロイスから貰った飾り輪ブレスレッドの代わりに、ローランはリゼットの命を奪った銀の柳葉飛刀りょうようひとうを私の手に握らせた。

 彼の意図が全く分からないまま、馬車は城の門を潜っていく。


 馬車は本館の前で止まり、扉が開いて降ろされる。

 先に着いたユー・シュエンとアロイスもそこに居て、迎えに出た騎士と使用人たちが拘束された私たちを見て戸惑っている。


「女騎士は死んだのか。これだから、下級騎士は」


 私の乗っていた馬車でリゼットが灰燼に帰したのを見て、ユー・シュエンが吐き捨てるように言う。

 アロイスをかばって銀の柳葉飛刀りょうようひとうを受けたリゼットの死を知り、アロイスは顔色を失くした。

 その場にいた騎士たちも、主であるアロイスを拘束され、同じ騎士団の騎士を亡くしさらに下級騎士の身分を貶められたとあっては、心底口惜しそうに顔を歪めた。

 エタン村方面に討伐に出て、パトリスを始めとするノワール騎士団の精鋭達は留守にしている。

 今、城に残っているのは下級騎士たちばかりで、事情が分からずとも自分たちの主人が捕らえられていることに屈辱を感じて拳を握り締め、歯噛みをしている者も居る。それでも、王の代理人に逆らう事は出来ないようだ。


「伯爵は、サシャ王陛下への反逆罪に問われている。これより王の代理人、巡察官は被疑者と共に最高審議の間で審議に入る。お前たちは、すべてが終わるまで大人しく待機するように」


 ユー・シュエンが城の者たちに宣言すると、アロイスが昂然と頭を上げた。


女神ヘルに誓って、僕は無実だ。何の言いがかりか知らないが、疑いは必ず晴れるだろう。お前たちは、通常通り任務を遂行するように」


 そうして私たちは、最高審議の間に連れて行かれた。

 

 最高審議の間は、入口から奥に向かってUの字型に机が並べられていた。

 入口から向かって正面の席は玉座、それょり少し離れて二十席ほどの椅子が等間隔に並んでいる。

 机の上には、握り拳大の磨かれた球形の魔石の結晶が、それぞれの座席の前に置かれていた。

 広間の壁画には、黄泉に下った人々を前に冥界の女神が裁きの座に就いている姿が迫力のある筆で描かれていて、見る者を圧倒する。

 

 もう一人の巡察官、ギルメットが入室すると、拘束された私たちを見てぎょっとした。


「ユー・シュエン卿、これはどういうことだ」


「伯爵は緊急審議会への招集要請に対し、証拠隠滅を謀った。さらに貴族殺しの罪も犯している。逃亡防止のための、やむを得ない措置だ」


「証拠隠滅だと?! 言いがかりだ! 招集を受け、前線から城へ帰還する際に血の絆によって妻の危機を察し、ルニエ商会に向かったまでだ。マルクのことは、正当防衛だった!

 こちらこそ、ノワールの騎士をユー・シュエン卿によって殺された。卿の騎士殺しの罪を問う!」


 アロイスがタイミングよく、私をマルクから助けることが出来たのは、巡察官が彼を城に呼び戻していたから?

 西の砦から一瞬でこのクレモンに戻ってくるのは、いくら空を飛べるアロイスでも無理だと思ったから、疑問が解けた。


「伯爵の騎士を殺したというのは本当か、ユー・シュエン卿」


 ギルメットが訝しい目つきでユー・シュエンを見ると、彼は肩を竦め目を逸らした。


「伯爵を拘束する際、逃亡を牽制するために投げた柳葉飛刀りょうようひとうが、女騎士に刺さった。事故だ」


 ユー・シュエンの言葉を聞いてアロイスが怒りに身震いした時、夜の刻を知らせる鐘が鳴り始めた。

 本来なら、人々が眠りにつく時刻。

 でもこのクレモンの城下町、そして真紅の薔薇ブラッディローズ城では、が活動する時間帯だ。それに合わせて、仕える人間達も交代で明け方まで務めるのだ。


 机の上に置かれた魔石の結晶の幾つかが点滅を始めるのと同時に、広間の照明が暗くなった。

 薄緑色の蛍光色に光り出した魔石の結晶の置かれている前の席に、輪郭のはっきりしない影たちが現れ始める。

 空席の魔石は光らない。会議の役員の席には、魔石の前に役職の蛍光文字が浮かんでいる。

 ギルメットは隅の書記席、ユー・シュエンは報告席と書かれた場所にそれぞれ座った。

 玉座は空席のまま、半数ほどの席が埋まると、議長席にいる影が緊急審議会の開始を告げた。


「時刻になりました。これよりサシャ王の巡察官、ユー・シュエン卿の要請による緊急審議会を始めます。

 なお今回のノワールにおける緊急審議会の決議は、王国法第六十条に基づき最高審議会のメンバーの半数以上の出席により、有効となります」


 匿名の王の重鎮のメンバーからなる最高審議会。遠く離れた王都から地方都市へ、魔石の結晶を介してその場にいるように中継し、会議等を行うことが出来る魔道具が使用される。


 これは裁判ではない。

 ユー・シュエンは、いったい何を考えているのか。

 彼をじっと見つめていると、議長から促され席から立ち上がった。

 そして、今回の審議会の議題を述べ始めた。

 

 

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