第7話 森の民



 ベックは、先日の宴の褒賞で与えられた派手な服――スラッシュ入りの赤と青の縦縞――を得意げに着て、薬草小屋の窓辺に座り、弦楽器リュートをつま弾いていた。



「その船の形をした石の深皿に、車輪みたいなのが乗っかっているやつは、なあに?」


薬研やげんと言って、薬種――木の根や種や動物の骨、鉱石なんかを細粉に挽くのよ」


 私の丸薬作りの様子を飽きもせずに眺めて、机の上に並べられた道具を一つ一つ、興味深そうに質問してくる。


「ベックは、好奇心が旺盛なのね」


「うん! 俺は色んなものを見聞きするのが大好き。今はソフィのことに、興味津々なのさ」


「それはどうも。ところで、昨夜は礼拝堂のミサに出席してなかったみたいだけど?」


 私はヨハンに、乾燥させた薬草などを薬研で細粉させた後、ふるいに掛けるように指示した。


「だって俺、ああいう辛気臭いの苦手なんだもん」


「だめよ、ちゃんと出席しなきゃ。さもないと、異端審問官に目を付けられるわよ」


 カシャン、と音がして振り向くと、アンヌが煮沸消毒した乳鉢を手から滑り落としていた。

 幸い机の上だったので割れずに済んだ。


「す、すみません」


 アンヌの顔色は真っ青で、ヨハンも震えていた。


 ポカンとしているベックに、仕方なく説明した。


「ヴィーザル村の人々は、森の神ヴィーザルを崇めていたの。あと光の神バルドル風の神ヘズも。

 私たちの村はどのの領主にも属さず、自分たちだけで呪われた大地の裂け目から出現すると言われる魔物たちより、村を守っていたのよ。

 ――何度目かの異端審問官が村に訪れた後、魔獣の群れに襲われるまでは」


「まさか、それって……村が魔獣に襲われたのは、偶然じゃなかった、とか?」


「分からない。とにかく村は数人の子供たちを除いて全滅したの。そして私たちはこの町に来て、冥界の女神信仰に改宗した」


 私はもうこの話はおしまい、と締めくくった。


「そうか。じゃあ、俺はヴィーザルの人々の歌を歌い続けよう。

 人々が森の民と世界樹ユグドラシルを忘れることがないように。

 そして世界ミズガルズの大地を癒す世界樹を、絶やすことなく守り続けてくれたことを伝えるんだ」


 ベックは意味の分からない言葉を呟くと興が乗ったのか、弦楽器リュートを奏で即興で作った歌を口ずさんだ。


 私たちはベックの歌を聞きながら、作業に勤しんだ。


 長方形の扇形製丸器に練った状態の薬を、すきまなく金型の枠に押し込んでは拡げて、粗く成型された丸薬を取り出す作業を繰り返していく。



「ねぇ、ソフィは結婚しないの?」


 好き勝手に弦楽器リュートを掻き鳴らし、歌っていたベックが手を止め、唐突に質問してきた。


「……もう、ベックったら! 急に変なことを言うから、せっかく作った丸薬を潰してしまったじゃないの!」


 手元が狂い、金型から取り出した丸薬が押しつぶされて、ぺちゃんこになってしまった。


 アンヌも、粗い成形の丸薬を成丸器に入れ、上の蓋で静かに押さえながらくるくる回していた手を止め、私とベックを交互に見ている。


「ごめん、ごめん! ソフィなら、いいお母さんになるんじゃないかなぁって思ってさ」


「そう? ありがとう。じゃあ、ベックが私と結婚してちょうだい。しっかり働いて子供をちゃんと養ってね」


「え!? 俺? うん、いいよ! えっとお、子供はいっぱい欲しいなあ。何十人でも養うよ、えへへ」


 ヨハンが、ぐらりと身体を傾けた。

 丸薬を乾燥させるためにお盆に並べ、風通しのよい場所に運ぶ途中だったのに。丸薬は無事かしら。


「ベックはほんとお調子者ね。旅をしている間に、絶対あちこちの女の子を泣かせているに違いないわ」


「ええっ、そんなぁ。ひどいよ。どの子とも一緒にいるときは楽しく過ごして、決して泣かせたりなんかしてないよ?」


「ほら、やっぱり。たちの悪い旅鴉たびがらすさんね!」


 私が笑うと、アンヌもクスクス笑った。ヨハンは顔を真っ赤にしている。



 『提供者』の条件の一つは、未婚であること。


 契約期間中は、私たちは結婚できない。契約が終了すれば、結婚できる。


 私はアロイスが望む限り、彼の側に居ることを選ぶ。


 でもいずれ、年老いて彼の元から去らなければならない日が来る……。


 その時私は、どうなってしまうんだろう。

 


 作業も一段落ついたので、私たちは休憩してお茶にすることにした。


 アンヌがてきぱきとお湯を沸かしお茶の準備をして、まもなく薬草小屋にモカル茶の爽やかな甘い香りが漂った。


「ところで俺、昨日、冒険者ギルドに行って登録して来たんだぁ」


 ベックは首から紐で吊るしたギルドの登録者証を、服の下から引っ張り出して見せた。


「ええっ。ベックが? 大丈夫? 危なくないの?」


 彼はアンヌの出したお茶うけの蜂蜜入りクッキーを、ぱくりと頬張った。


「うん。俺の特技を生かした仕事しか受けるつもりないし」


 ヨハンの瞳がキラキラと輝き始めた。前のめりになって、ベックに質問する。


「ベックの特技って何? どんな依頼クエストを受けるつもりなの?」


「へへ。もちろん、歌さ! 魔物が来るだろ、そしたら歌うの。味方は勇気百倍! やる気が出て素早さや攻撃力が上がるんだ」


「「すごーいっ」」


 アンヌとヨハンが、ベックを憧れの眼差しで見つめている。


「つまり、パーティ―の戦闘支援をするのね」


 弦楽器リュートを背負って、魔物討伐……。想像すると、頭が痛くなってきそう。需要はあるのかしら。


「最初の依頼クエストは、町の下水道のスライム駆除。増えすぎたスライムを間引きして欲しいんだって」


「下水道の掃除……?」


 ヨハンの瞳から光が消えた。


「掃除じゃないよ、ヨハン。スライム駆除。立派な魔物討伐だ!」


 アンヌもがっかりしている。


「良かった、スライムの間引きなら、そんなに危険じゃないわね。最初はみんな、そんなもんでしょ。少しずつ、実績を積んで立派な冒険者になるのよね?」


「そうだよっ! 夜は吟遊詩人、昼は冒険者。二つの顔をもつ男と呼んでくれていいよ、うん」


 ベックは得意げで、これからの冒険の日々に思いを馳せているようだった。


「じゃあ、さっそく「二つの顔をもつ男」さんに必要な薬をお渡ししなくちゃ」


 先日の歌の代価もまだだし……。


 私は傷薬や毒消しなどを見繕って、薬入れに入れて渡した。


「この竹で出来た入れ物いいね。丈夫で軽い」


「怪我しないように、気を付けてね。危ない仕事は受けちゃだめよ」


「わかった。ありがとう」


 ベックは嬉しそうに腰のベルトに薬入れを吊るした。 


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