第7話 森の民
ベックは、先日の宴の褒賞で与えられた派手な服――スラッシュ入りの赤と青の縦縞――を得意げに着て、薬草小屋の窓辺に座り、
「その船の形をした石の深皿に、車輪みたいなのが乗っかっているやつは、なあに?」
「
私の丸薬作りの様子を飽きもせずに眺めて、机の上に並べられた道具を一つ一つ、興味深そうに質問してくる。
「ベックは、好奇心が旺盛なのね」
「うん! 俺は色んなものを見聞きするのが大好き。今はソフィのことに、興味津々なのさ」
「それはどうも。ところで、昨夜は礼拝堂のミサに出席してなかったみたいだけど?」
私はヨハンに、乾燥させた薬草などを薬研で細粉させた後、ふるいに掛けるように指示した。
「だって俺、ああいう辛気臭いの苦手なんだもん」
「だめよ、ちゃんと出席しなきゃ。さもないと、異端審問官に目を付けられるわよ」
カシャン、と音がして振り向くと、アンヌが煮沸消毒した乳鉢を手から滑り落としていた。
幸い机の上だったので割れずに済んだ。
「す、すみません」
アンヌの顔色は真っ青で、ヨハンも震えていた。
ポカンとしているベックに、仕方なく説明した。
「ヴィーザル村の人々は、
私たちの村はどの
――何度目かの異端審問官が村に訪れた後、魔獣の群れに襲われるまでは」
「まさか、それって……村が魔獣に襲われたのは、偶然じゃなかった、とか?」
「分からない。とにかく村は数人の子供たちを除いて全滅したの。そして私たちはこの町に来て、冥界の女神信仰に改宗した」
私はもうこの話はおしまい、と締めくくった。
「そうか。じゃあ、俺はヴィーザルの人々の歌を歌い続けよう。
人々が森の民と
そして
ベックは意味の分からない言葉を呟くと興が乗ったのか、
私たちはベックの歌を聞きながら、作業に勤しんだ。
長方形の扇形製丸器に練った状態の薬を、すきまなく金型の枠に押し込んでは拡げて、粗く成型された丸薬を取り出す作業を繰り返していく。
「ねぇ、ソフィは結婚しないの?」
好き勝手に
「……もう、ベックったら! 急に変なことを言うから、せっかく作った丸薬を潰してしまったじゃないの!」
手元が狂い、金型から取り出した丸薬が押しつぶされて、ぺちゃんこになってしまった。
アンヌも、粗い成形の丸薬を成丸器に入れ、上の蓋で静かに押さえながらくるくる回していた手を止め、私とベックを交互に見ている。
「ごめん、ごめん! ソフィなら、いいお母さんになるんじゃないかなぁって思ってさ」
「そう? ありがとう。じゃあ、ベックが私と結婚してちょうだい。しっかり働いて子供をちゃんと養ってね」
「え!? 俺? うん、いいよ! えっとお、子供はいっぱい欲しいなあ。何十人でも養うよ、えへへ」
ヨハンが、ぐらりと身体を傾けた。
丸薬を乾燥させるためにお盆に並べ、風通しのよい場所に運ぶ途中だったのに。丸薬は無事かしら。
「ベックはほんとお調子者ね。旅をしている間に、絶対あちこちの女の子を泣かせているに違いないわ」
「ええっ、そんなぁ。ひどいよ。どの子とも一緒にいるときは楽しく過ごして、決して泣かせたりなんかしてないよ?」
「ほら、やっぱり。たちの悪い
私が笑うと、アンヌもクスクス笑った。ヨハンは顔を真っ赤にしている。
『提供者』の条件の一つは、未婚であること。
契約期間中は、私たちは結婚できない。契約が終了すれば、結婚できる。
私はアロイスが望む限り、彼の側に居ることを選ぶ。
でもいずれ、年老いて彼の元から去らなければならない日が来る……。
その時私は、どうなってしまうんだろう。
作業も一段落ついたので、私たちは休憩してお茶にすることにした。
アンヌがてきぱきとお湯を沸かしお茶の準備をして、まもなく薬草小屋にモカル茶の爽やかな甘い香りが漂った。
「ところで俺、昨日、冒険者ギルドに行って登録して来たんだぁ」
ベックは首から紐で吊るしたギルドの登録者証を、服の下から引っ張り出して見せた。
「ええっ。ベックが? 大丈夫? 危なくないの?」
彼はアンヌの出したお茶うけの蜂蜜入りクッキーを、ぱくりと頬張った。
「うん。俺の特技を生かした仕事しか受けるつもりないし」
ヨハンの瞳がキラキラと輝き始めた。前のめりになって、ベックに質問する。
「ベックの特技って何? どんな
「へへ。もちろん、歌さ! 魔物が来るだろ、そしたら歌うの。味方は勇気百倍! やる気が出て素早さや攻撃力が上がるんだ」
「「すごーいっ」」
アンヌとヨハンが、ベックを憧れの眼差しで見つめている。
「つまり、パーティ―の戦闘支援をするのね」
「最初の
「下水道の掃除……?」
ヨハンの瞳から光が消えた。
「掃除じゃないよ、ヨハン。スライム駆除。立派な魔物討伐だ!」
アンヌもがっかりしている。
「良かった、スライムの間引きなら、そんなに危険じゃないわね。最初はみんな、そんなもんでしょ。少しずつ、実績を積んで立派な冒険者になるのよね?」
「そうだよっ! 夜は吟遊詩人、昼は冒険者。二つの顔をもつ男と呼んでくれていいよ、うん」
ベックは得意げで、これからの冒険の日々に思いを馳せているようだった。
「じゃあ、さっそく「二つの顔をもつ男」さんに必要な薬をお渡ししなくちゃ」
先日の歌の代価もまだだし……。
私は傷薬や毒消しなどを見繕って、薬入れに入れて渡した。
「この竹で出来た入れ物いいね。丈夫で軽い」
「怪我しないように、気を付けてね。危ない仕事は受けちゃだめよ」
「わかった。ありがとう」
ベックは嬉しそうに腰のベルトに薬入れを吊るした。
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