ある朝
永瀬鞠
4階建てのアパートの一室で、りっちゃんは温かい毛布を押し上げてもそりと起き上がった。顔にかかった髪をかきあげて、朝の眩しさに目を細める。
今日の朝食担当であるまーくんはすでに台所に立っていた。おはようと声をかけながら覗きこむと、まーくんは小鍋に味噌を溶かし入れているところだった。朝ごはんのいい匂いが漂って、幸福の匂いだ、とりっちゃんはぼんやり思う。
顔を洗ってリビングに戻り、ローテーブルの前にすとんと座った。足に触れるふかふかの柔らかさは、先月二人で選んだ若草色の絨毯のもの。
ぼーっとした頭のままベランダに接する大きな窓に目を向けると、アパートの裏にある小さな公園の梅のつぼみがふっくらと大きくなっているのが見えた。りっちゃんはそれを見つめて、春がもうすぐそこまで来ていることを知る。
りっちゃんは日本の四季が好きだった。梅のつぼみが徐々にふくらんでいくこと。桜の花のピンク色。目の前をひらひらと横切っていく紋白蝶。ぽつぽつと生えるつくしが一面を鮮やかな緑色に変えること。水たまりに模様を作る雨粒。夜ふとんに入って目を閉じると聞こえる蛙の鳴き声。太陽に向かって大きく咲く向日葵の花。通りすがりにふわりと香る金木犀。夕焼けと同化する真っ赤なもみじ。見上げた夜空の真正面に明るく輝くオリオン座。ふわふわと舞い降りて着地していく雪。冬の晴れた朝の透き通った空気。
ことん。まーくんが出来上がった料理をテーブルに置いた音に、りっちゃんは顔を上げた。ぱっと立ち上がり、残りの料理を運びに台所へ向かう。
ほかほかのお米と、油揚げのお味噌汁と、りっちゃんが大好きなまーくんの卵焼き。窓から差し込む日光は朝食を明るく照らして、入り込むそよ風はりっちゃんの肌をやさしく撫でていく。
いただきます。まーくんと二人、手を合わせて。りっちゃんはもうすぐ21度目の春を迎える。
ある朝 永瀬鞠 @nm196
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