矛盾悪癖症候群

イケヅキカショウ

矛盾と悪癖を抱えた少女

「はぁ......!はぁ......!」


 誰もいない、静まり返った廊下を、独りの少女が駆けていく。

 窓から差す光はまだ明るく、なびく髪を照らしている。


「どうして私がこんな目に......」


 少女はそう言いながらながらひたすらに廊下を走り続ける。

 しかし人は永遠に走れない。体力とかそういう問題ではない。真っ直ぐと走ろうが、曲がって走ろうが、その先には必ずがある。がある。物理的にも、精神的にも。そして誰にでも。平等に。


「!」


 そしてこの少女にも。今、目の前に超えなくてはならぬ壁がある。


「どうして。貴方も私を殺すの......?先生!」


 人は常に誰かの犠牲の上で生きている。しかし、そのほとんどは顔も名前も知らぬ人。自分の人生にさほど関係はない。だから人は気にしない。その無名の犠牲者を。

 だが少女はそれが許せなかった。誰かの屍が築いた道を踏みしめるなんて。だが彼女は逃れられない。この世界を、この腐った社会を動かす歯車の1つである以上。


「お願い。そこをどいて。その先に行けば、私は自分の望みを果たせるの!」


 "矛盾"だ。

 彼女は犠牲を許せない。しかし彼女は生きているだけで誰かを犠牲にしている。

 しかし少女は認めない。その矛盾を。そして少女は捨てられない。生きるのに伴う人の悪癖を。彼女は蝕まれている。そんな症候群に。


「行かせはしないよ。お前だけは。考えろ。人は生きてる以上、誰かを犠牲にしないと生きられないんだ。」

「そんなことない!誰も犠牲にせず生きられる方法がある!その先に!」

「だから考えろ!そんな方法じゃ変えられない......!馬鹿なことはやめ......!」


 少女は懐から一丁のハンドガンを取り出し、構える。その銃口の向く先は先生と呼ばれた女性だ。


「お前......」

「そこをどいて。じゃないと......撃つよ......?」


 彼女の手は震えている。とても撃てる様子ではない。殺さねば生きられない。殺されれば生きられない。殺したくない。少女は惑う。その矛盾に。

 だが、先生と呼ばれた女性は退かない。


「そうかい。じゃあ撃ってみなよ」

「!」


 それどころか、煽った。恐れず、怯まず、そして笑顔で。

 それが、"引き金"となった。


「あ......」


 少女は今日も引き金を、人を手にかける。銃声と共に先生と呼ばれた人の頭に穴が空く。


「あ......あぁ......!」


 少女は先生と呼ばれた亡骸に歩み寄る。そして少女は亡骸のすぐそばにたどり着くと、その場で膝を着いた。


「私......私......!こんなつもりじゃ......!」


 少女は知っている。本当に悪いのは、認められぬ弱い自分自身だと。それをまた理解し、少女は泣き崩れた。


 ......


 風が吹く。冷たい風が。ここには誰もいない。少女以外は。しかし"何か"がそれを見つめている。しかし少女は気にせず、何かに語りかける。楽しかったこと。嬉しかったこと。悲しかったこと。辛かったこと。少女は一つ一つの思い出を語る。何かはそんな少女を目に焼き付ける。

 少女は終わりを告げる。何かに。少女は何かに歩み寄り、ポンと頭を軽く叩く。少女の顔は泣き笑い。顔は夕日に照らされて、とても綺麗だ。

 そして少女は歩き出す。己の夢を叶えられるその先へ。


「独りは嫌だな......」


 彼女はそう呟いて消えた。

 これは、矛盾と悪癖に取り憑かれた弱き少女の物語。

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