第5話 フェルダ坑道・前編

「ラバーシムに関しては、戻って調べ直す」


あ、上の者に対しての判断を避けた。

これではクェルスの罪を、問えなくなったのでは。


アマト殿は


「ナクラ卿が、カーリア商会に預けていた、ミスティルの剣を持ち出したな」


もう1つの、疑惑に話を移した。


「2年前、凶作のため、領地から税の徴収を行いませんでした。

お恥ずかしいのですが、その代わりにカーリア商会にお金をおかりし、息子の剣は返す約束の証拠として、カーリア商会に預けていたものです。

最初いらないと断られましたが」


コーライン様は、アシクリの剣を手元に置いておくのは、辛かったのだ。


オビシャット卿が


「きさま、剣を借り受ける時、渋るカーリアに我が家の名を出したな」


卿が、最初から怒っていた理由は、それか。


「折れていたとしても、ミスティルの剣。

その価値は、知っているな。

貴様が首を差し出すなら、代わりに代金を出してもいいが」


冗談なのか、本気なのか。


「カーリアさんは、誠実な商人です。

いきなりオビシャット公爵家の名前を出したとしても、お渡しすることはありません。

ですが、昨日、カーリアさんが訪ねてきて、剣をクェルス殿にお渡ししたと。


息子の死に関し、調べていることがあり、それならばと。

知らなかったのですが、オビシャット卿の弟殿と我が娘が婚約したと、噂が流れていたらしいのです」


痛い。

コーライン様の言葉に、思わず反応してしまった。


「ですが、そんな事実はありません」


え!


「2カ月ほど前、クェルスさんが訪ねて来られた時、お会いしてすぐに結婚を申し込まれましたが。

冗談かと思っておりました。

その後は何もありませんでしたので」


カリーエ様が、その時の状況を教えてくださった。

ネズミを見る、ネズミもこちらを向いていた。


「求婚をした。

断られていない。

嘘は言っていない」


それは普通嘘だろう。


「何が起きているか分からず、オビシャット卿をお尋ねいたしました」


と言うコーライン様にネズミは


「アシクリ殿の死に、疑問が有ったことは事実で、その事はナクラ卿にもお伝えしたはずですが」


「たしかに塔で調べていることがあり、3年前の事件も関係しているかもしれないと、言われていましたが。

息子の事は、お聞きしておりません」


怒りを含んでいる。

あたりまえだ、息子の死をなんだと思っているんだ、この魔法使いは。


「アシクリ殿のことも含めて、3年前にフェルダ坑道で起こったことを調べていました」


「3年前?」


アマト殿は、知らないらしい。


「どういうことだ。フェルダ坑道の件はおまえが剣を持ち出したことと関係あるのか」


オビシャット卿は、ネズミに聞いている。


「オビシャット家の者を、罪人にしないために、お聞かせいただけませんか」


「どこまでだ」


「兄上が、知っている事全てを」


ため息を1つすると、オビシャット卿が語り始めた。


「3年前、王都に1日の距離にあるフェルダ坑道に、魔物が住み着いた。

坑道と言っても、かなり前に捨てられたもので、普段は人が近づかない。

オークが集団で住み着き、近隣に被害が出始めた。

そのころはまだ被害は作物や家畜だけだったが、いずれ人が襲われることは確実だ。

そのままにもしておけず、また王都に近い事もあり、王都の騎士団が対応することになった。


ただ、この時運悪く、騎士団では、王都隊の隊長選考を行っていた。

前月に騎士団長が、急に病死していたのだ。

副団長が団長に、王都隊の隊長が副団長に繰り上る。

ここまでは前から決まっていたので、問題がなかった。


王都隊の隊長を、誰にするかでもめていた。

騎士団は7つに分かれ、構成されている。

その中でも、王都警備が任務の王都隊は、特別な存在だ。

当時の隊長が副団長になったように、この隊の隊長が代々団長になっている。

逆に言えば、その実力のある者が選ばれている。


戦闘の能力だけでは、選べない。

辺境警備の赤龍隊ならばそれでもよいが、王都独特の問題にも対処する必要があるので、その人選は慎重にならざるえない。


最初、他部隊からの横滑りも検討された。

2名は、その器ではないと思われ、1名は引退が目の前。

残る3名に打診したが、すべて辞退された。

自分の隊に誇りを持っているためで、騎士団としてはうれしい理由だ、認めざるえない。


結局、王都隊の中から、候補となる人間を探すことになった。


1人はナクラ卿のご子息、アシクリ殿。

アシクリ殿は剣の腕は、騎士団でも一目置かれていた。

アマト殿と同じように、生まれた時から個人に与えられている固有魔法<雷>の使い手。

実戦では使えないと謙遜していたが、時を選んで使えばかなり有利になる。

そして、何より人望があった。


もう1人は、リディティック殿。

剣は、アシクリ殿には劣るが、それは問題にはならなかった。

これまでにも、表に出せない問題をいくつか解決していたらしく、一部の貴族が押していた。


2人とも最初、その若さが問題視されたが、将来のためには、そのほうが良いと。

そして2人の内どちらを選ぶかになったが、その先に進めなくなっていた。


その大きな問題は、ドティホールン卿。

リディティック殿が教会出身の騎士だったためか、強力な後ろ盾となっていた。

リディティック殿以外はありえないと譲らない。

あの人に正面から反対する事は難しい」


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