魔法使いの査問

野紫

第1話 炉の前

炎と大気の区別がなく、体にまといつく。

呼吸のたびに喉を焼き、肺を焦がす。


集中し、狙った1点に注意深くハンマーを振り下ろす。

腕の感覚はなく、持っているのか、焼き付いているのかもわからない。


俺は炎におおわれているが、炉中には、より激しい炎がある。

剣を入れると燃え尽くそうとするように、炉の温度がさらに上る。

その熱波で自分が燃え上がっているのが分かる。


瞳の水分も蒸発し、何も見えない。

意識が切れる寸前で治癒が間に合う。


視力が戻り、肺に新しい空気が届く。

次に、息を吸うまでの一瞬だが、意識が戻る。

その一瞬で次の行動を決め、剣を炉から取り出し、ハンマーを振り下ろす。


後ろでは魔法使いが全能力を使い、俺をたもとうとしているはずだ。


その魔法使いは今日夕方に村はずれの家に突然、訪ねてきた。

初めて会ったが、名乗った名前には聞き覚えがあった。


大貴族出身の魔法使い塔の副長ふくおさと聞いたことがある。

酒の席で、彼の奇行が話題になり、覚えていた。


あいさつからはじまり、自己紹介、俺の噂を聞き及んでるなど、いろいろと話を切らさず続けていた。

よく話す。


意図がわからずに適当に聞いていたが「カリーエ様に求婚をいたしまして」思わず顔を上げて魔法使いを見てしまった。

どう見ても40をこえたこの男が、カリーエ様に言い寄ったのか。


俺の驚きは顔に出ていたはずだが、魔法使いは続ける。


「私も生家が大きいと言いましても、長子ではありませんので、家を継げません。

今は『1代貴族』と言う名ばかりの貴族です」


「カリーエ様のナクラ家は、騎士のお家柄。

騎士は建国時に国のために戦い、その功績により拝領したご身分。

御存知と思いますが、騎士の家は男子のみが家を継げる決まり。

残念ながらナクラ家には、今お子が、カリーエ様しかおらず、養子か婿を迎え入れなければ、家は取りつぶされてしまいます」


話が見えてきた。

「で、クエルス殿はナクラ様の弱みに付け込んで、求婚したと」思っていない反撃だったらしく、一瞬言葉がとまる。

が、すぐに

「そもそも私のような『1代貴族』は、養子や婚姻は、貴族のあいだのみで行うという国法のおかげで存在しています」

と、頭をかきながら、ヘラヘラと返してきた。

魔法使いは会った時から笑顔でいる。

だが、その笑顔は好きになれない。無邪気なようで、裏で何かをたくらんでいるそんな顔だ。


知っている、『1代貴族』は、本来功績のあった者を賞し、国に参加させるためのものだった。

その後、貴族の数を増やしたくない国と自分の子全員に特権を与えたい貴族とが、共に受け入れられる策として『1代貴族』の身分は、現貴族の子全員に付与されるようになった。

国法に、養子および婚姻は、貴族のあいだでのみ行えるというものがあり、この『1代貴族』も貴族の中に入る。

家を存続させるため、貴族間の繋がりのため、色々な理由で、この身分は、便利につかわれている。


こいつのように、生家が大きければ何かと有利なのだろう。

それに貴族間の結婚ではこの程度の年齢差は珍しくもない。


カリーエ様は、俺の家族が住込みで働いていた貴族のお嬢様だ。

貴族といっても大きな家ではなかったので、両親2人で力仕事や家事はまかなえていた。

当主のコーライン様は優しいお人柄で、俺たち家族にも親しく接していただいていた。


長男のアシクリとは年が近かったこともあり、一緒に遊んだ仲だ。

カリーエ様も生まれた時から知っている、小さい頃は俺が遊び相手だった。

いつも俺とアシクリの後について回っていた記憶がある。


子供と言っても使用人なので、俺も徐々に親の仕事を手伝うようになる。

親父に教わり、少しずつ仕事を覚えていった。


自分たちの使う道具は、修理したり作ったりしながら使っていた。

敷地内に小さな鍛冶場があり、そこで親父がナタや鍬を打っていた。

俺は鍛冶場では、仕事として教わる前から屑鉄を打って火花を飛ばすなど遊んでいた。


修理した道具を見て、コーライン様がその出来をほめてくれたこともあった。

単純にうれしかったが、だんだん話が膨れてゆき、思わぬほうに流れ、本当の鍛冶職人になっては、と話がでてきた。

そうしているうちにコーライン様が街の鍛冶屋への弟子入りを俺にすすめてくださった。

このまま住み込みで、屋敷の仕事をするものだと思っていた俺には想像もしていなかった話だ。

鍛冶に興味もあり、せっかくのすすめなのでお受けした。


街の鍛冶屋では、貴族が口利きだったせいもあり、誰も近寄ってこなかった。

隠し子とでも思われていたかもしれない。

親父と一緒にいるところを見れば違うということはすぐに分かっただろうに。


街の鍛冶屋はお屋敷に有った鍛冶場を大きくしたような所で鉄に関係するものは何でもやっていた。

俺のやる気がうるさかったのか、貴族が保証人なのが気に食わなかったのか、炉の前に入る作業はさせてもらえなかった。

かわりに、たくさんの雑用はやらされたが、最後までハンマーを持つことはなかった。


月に何日かお屋敷へ帰る事ができたので、おやじの鍛冶場を使い、見てきたことを確かめることができた。

こうして何とか自分で技術を覚えていった。


2年もしないうちに、鍛冶屋内で技を盗める人がいなくなってしまった。

職人たちは作る種類も量も多いために、ただただ注文をこなしているだけだった。

俺はコーライン様に恩を返すためにも、もっと上を目指したかった。

だが、そこでは、どうにもならない。


悩んで親方に相談した。

正直には言えなかったので、その鍛冶屋でおこなっていなかった刀工になりたいと。

よほど、俺が目障りだったらしいすぐに話をつけてきた。


次に行くことになったのは、国内でも有数な刀鍛冶専門の工房だった。

前の鍛冶屋を出たくて、思い付きでいった刀鍛冶だったが、俺はすぐに魅了された。


前の鍛冶屋とは違い、炉の炎が毎日同じ色になっている。

同じ温度で作業を行っている証拠だ、それだけで職人の腕が高いことが分かる。


幸い屋敷での試しで基礎はできていいて、見習いはしなくてすんだ。

すぐに厳しい修行が始まる。

毎日が面白く、夢中だったただただ師匠に必死に食らいついて、技術を覚えていった。

昨日できなかったことが、今日は出来たそんなことに喜びを覚える日々が続いていた。


だが、修行は突然に終わってしまった。

2人の兄弟子が田舎に帰るのと一緒に、何故か俺も工房を出ることになった。

普通一人前と認めてもらうには10年以上かかる。

2人は十分に修行をしていたので、正式に看板を分けてもらっての1人立ちだったが。

俺は看板を分けてはもらえない、さすがに修行が短い。


師匠の傘下の工房と名乗れば、それだけで仕事が入る。

無理を承知で師匠に頼んでみたが「俺はお前の師匠だそれでいい」と笑われ、断られてしまった理解できなかった、それ以上は聞けない。

師匠として名前を出すことは許してもらえていたので、放り出されたわけではない。

それでもいくらかの拍は付く。


お屋敷に戻った俺をコーライン様が喜んで迎え入れてくれた。

破格の安さで、敷地の一部を作業場に貸していただけることになった。

最初は刀工だけでは食べていけなかったので、何でも作っていた。


アシクリは、俺が最初の修行に行ったと同じころに、騎士団に入っている。

そこで、俺を紹介してくれたので、剣作りの仕事も少しずつ増えていった。

非番になるとよく屋敷に帰ってきたので、朝まで一緒に飲んだ。


カリーエ様は美しい女性になられていた。

しかし、ご婚姻なされていなかった。

貴族の女性は、若くして社交界に出て、すぐにご婚約結婚となるのが普通だ。

何故か社交界へは出ていない。

俺たち平民なら、これからのご年齢だが、貴族としてはすでに遅い。

一度「貴族になるつもりはない」と言われたことがあったが、どうする気なのだろう。


仕事は順調に増え、1人では手が回らなくなってきた。

もう少し増えれば人も雇えるというところだ。

そんな時、カリーエ様が食事などをもって手伝いに来られていた。


鍛冶の仕事に専念できるようにと、俺の身の回りの事をしようとする。

さすがに下着を、カリーエ様に洗わせるわけにはいかないので隠していたら。

「早く一人前になって父上に借金を返してください」と言われてしまった。

それはそうだ。

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