第46話 噂の203号室
トランプも飽きてきて、お菓子を食べ始めた頃。
暗丘さんが唐突につぶやいた。
「俺ビールほしい。表屋くんビールないの?」
「ないです」
僕は即答する。
暗丘さんがビールを飲むと言いだしたらきかないのだと、進士くんは言った。
そういえば、前にパーティしたときもビールを美味しそうに飲んでいたのを思い出した。
ビール好きなんだな。
進士くんの言葉の通り、彼はだんだんとイライラした様子になって、結局一人立ち上がる。
「ちょっと、買ってくるわ」
今から?
いきなりだな。
まあ、この部屋には置いてないのだから仕方ない。
一人でも大丈夫だという暗丘さんに買い出しをまかせることにして、僕たちは部屋にとどまることとなった。
出かける際に「気をつけて」と僕が声をかけると、暗丘さんは片手を背中越しに振って去っていく。
その背中を目で追う僕に、進士くんは頬杖をつき、あきれた様子で僕を笑った。
「気をつけてって、オッサンには一番似合わない言葉だと思うけど」
「どうして?」
「オッサン最強だから。少なくともこのオトギリ荘では、今のとこね」
なるほど。彼は裏社会の人間。
強さという定規で測れる人なのだ。つまり喧嘩慣れしてるというか、戦い慣れているというか。うん。
それは最強と言ってもいいかもしれない。
と僕はこのオトギリ荘のメンバーを思い起こして一人納得する。
そこで、僕はある部屋の住人と会っていないことに気が付いた。
話も聞いたことがない。
「あのさ。203号室の人ってどんな人?」
そう。進士くんの隣の部屋である203号室。そこの住人とは会ったことがないのだ。
隣部屋のことなら進士くんが知らないわけもないだろう。そう思って進士くんに視線を向ける。
「さぁ、知らないね」
進士くんの答えはそっけない。
知らない? どんな人かわからない人が住んでいるのか? 首をかしげる僕に、進士くんはため息交じりに教えてくれた。
曰く、まだあの部屋には人は住んでおらず、近々越してくるという情報がある。ということだった。
その話を聞いたとき、最初に反応したのは毒島さんだった。
「そういえばぁ。朝、
とのんびりとした口調で彼女が情報を開示してくれる。
はて、隠さんとは誰だろうか。
「隠さん?」
知らない名前だ。
「ここの管理人、
「あ、うん。初めてきいたよ」
管理人の名前なんて知らなかった。
思えば、知らないことを変だと思ったこともなかったな。
と考えて、ああそうか、と納得する。最初にこのアパートに入ることを決めたのは虚だったんだ。
ああ、てことは、管理人さんは虚、つまり僕のもう一人の人格に会ったってことなのか。
その人は、全部知っていて僕を受け入れたのだろうか。
「ねぇ、歓迎会とかしないのぉ?」
毒島さんがチョコレートを口に入れながら進士くんに尋ねた。
「しない」
「じゃあ、空くんのはぁ?」
「それはした。でもお前は呼んでない」
さらっと進士くんは答える。
毒島さんは身を乗り出して「えー」っと声を上げた。
そうだよね。君の場合はパーティ好きそうだもんね。なのに呼んでなきゃ不満もあるだろうね。
予想通り、彼女は呼ばれていなかったことに
「何でアタシだけ呼んでくれないの!?」
「八重子も呼ばれてない」
つづけて八重子ちゃんも不満そうに口を尖らせた。まあ言われてみれば、この子も呼ばれていないし、不満もあるか……。
っていうか、人のことを呪い殺すつもりだったんだから、歓迎会とか参加しないだろう。呼ばれても。……という原理なら、毒島さんだって僕を毒殺しようとしてたのか……。
なんで僕ここで一緒にパーティもどきをしているのだろうか。
進士くんは「男同士が気軽なんだよ」と適当なことを言う。
まあ実際、男同士のほうが楽なのは事実なのかもしれないが。この場合彼女がそれで納得するかと言ったら、するわけがないのだ。
案の定毒島さんが頬を膨らませる。
そういう顔をすると本当に普通の女子高校生だ。
「それに今回はやめたほうがいいと思うぜ」
「どうして?」
僕は思わず尋ねる。
なんだかんだ言って、僕のために歓迎会を開いてくれた当人の口から出た意外な言葉に驚いたからだ。
まて、彼も本心では僕と虚について知りたかったから、あのパーティを開いたのか。
歓迎するつもりもなかった?
複雑だ。
でも目的があれば歓迎会を開くという事。
今回の新しい住人には興味がないのだろうか。
進士くんは僕を横目でちらりとみてから、肩をすくめて見せた。
察しろということだろうか。いや、どうやって察しろというのか。そう思っていると八重子ちゃんが「そういえば」と口をだす。
「前の203号室の人、たしか爆弾魔だったって」
「は?」
突然の爆弾発言である。
何それ。まさか本当なのかとみんなの顔を見渡す。
だって爆弾魔なんてその辺にいるはずない。と思うのにみんなが無言で頷いている。
ええっ。
「本当に?」
「そだよぉ」
そんな軽く……。
「爆弾仕掛けたって大騒ぎしてな。まあオッサンがどうにかしたけど」
進士くんがあきれ顔で笑う。
いや、あきれることじゃないだろう。え? あきれることなの?
まさかよくあること?
というか暗丘さん万能だな。
じゃなくて!
僕の困惑を感じ取ったのだろうか、毒島さんが今度はスナック菓子を手にとってニコニコと笑いながら、その爆弾魔のさらに前の住人の話をしてくれた。
「その前の人はぁ、消化器もって暴れてねぇ。その時も暗丘っちがどうにかしたんだけど」
やっぱり暗丘さん万能か。
「基本的にここの管理人は、部屋を壊したやつは住まわせないって方針なんだと。203号室のやつってどうにも暴れるやつが多いんだよな」
「そうそう、302号室と同じで空きになってることが多いんだぁ」
進士くんと毒島さんが教えてくれる情報はとても有意義ではある。
ただ、ふーんとあいまいに相槌を打つことしかできない。表情としては苦笑いが限界だ。
しかも302、つまり今僕達がいる、僕が住んでいる部屋に人が定着しなかったのは、目の前の少女のせいだ。
その少女はのんきにスナック菓子を食べているが。
常々思う。このアパートってやっぱり変。
……僕もふくめて、ね……。
その時だった。
──夜の闇をさくような悲鳴が、アパートに響き渡った。
僕たちは弾かれたように全員立ち上がる。
同時に、静寂が空間を支配して僕は動けなくなる。ただ、驚きで心臓が早鐘を打つのがわかった。
最初に声を上げたのは毒島さんだった。
「今の、潔子の声じゃなかった?」
「え」
誰の声かはっきりとわからなかったが、毒島さんがそういうなら、そうなのだろう。
それでも思わず「本当に?」と確認しようとして、しかし毒島さんが部屋を飛び出したことでそのタイミングを逃す。
「あ、ちょ、ちょっとまって!」
僕は思わず彼女を呼び止めたが、彼女は止まらず玄関を出ていった。
一瞬迷って僕も飛び出す。
後ろから進士くんと八重子ちゃんが僕たちを呼ぶ声がきこえたが、なりふりかまってはいられない。
嫌な予感がする。
僕の予感はいつだって当たるんだ。
でも……今回ばかりは外れていいてほしい。
ただただ嫌な汗が噴き出てくる。僕たちは潔子さんの部屋、201号室に向かって、階段を駆け下りた。
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