第45話 302号室の憩い



 肩の力を抜いたところで、再びチャイムがなった。


 今度は誰だろう。

 なんだか今日は人が訪ねてくる日だな。なんでだろう。しかももう夜なのに。

 そんなことを思って扉を開けた僕の前にいたのは、またしても毒島さんだった。


「あれ? 何か忘れ物?」


 と僕が聞くと、彼女満面の笑みを浮かべて。


「何言ってんの? 夜はこれからじゃん!」


 と、僕の部屋の中に強引に入りこんだ。

 玄関にある花をみて「さっそく飾ってくれてるー」と嬉しそうに言う彼女の手には、何やらいろんなお菓子が入っている袋。

 反対の手には。


「トランプ?」


「うん。みんなでトランプしよ!」


「みんな?」


 尋ねた僕はその時ようやく気がついた。毒島さんの後ろでしかめっ面をしている、進士くんと八重子ちゃんの存在に。

 え、このメンバーで、僕の部屋でトランプするの? 

 今から?

 困惑する僕を置いて、彼らは部屋に入り込む。そして、あれよあれよという間に、トランプゲームがはじまっていた。





「だーくっそ! また負けた!」


 トランプを上空に放り投げた進士くんは、大きな声を上げて後ろに倒れこむ。

 両手を大きく上にあげた態勢で畳に横になる姿は、幼い少年のようにも見える。


 はじめはポーカーなどをやっていたが、どうあってもみんな進士くんに勝てない。そこでババ抜きとなったわけだが、こうなると意外にも強いのは毒島さんだった。


「もうひと勝負!」


「いいよぉ。でもみんな顔にでちゃってるからなぁ。何度やっても、ムダってやつじゃなぁい?」


「こんの毒女!」


一笑かずえだよぉ」


 こんなやり取りが常に続いている状態だ。

 まあ、なかなか楽しいが。


 進士くんの隣でトランプをきっているのは、渋々つれて来られた様子の暗丘さん。

 その横、僕と暗丘さんの間にちょこんと座っているのは、興味深そうに喧嘩する二人を眺めている八重子ちゃんだ。


 実はというと、八重子ちゃんとはあの後、つまり幽霊騒動の後はろくに話していない。

 正直言えば気まずい。そりゃ呪った方と呪われた方。でもその原因を作ったのは僕で──。

 わけわからなくなりそう。

 まあ、とにかく、彼女とは少し話すのに緊張するだろうと思っていた。

 のだけど。


「八重子、次もババ抜きだそうだぞ」


「八重子は楽しいから構わない。空は楽しいか」


「ああ、うん。楽しいよ」


 とまあ、暗丘さんが話題を振ると必ず八重子ちゃんは僕に話題を振る。このやり取りのおかげで、とくに問題なく話ができている。

 というか八重子ちゃんがまったく気にしてないのがすごいと思うのだけど、僕はそれに突っ込めなかったりする。


 八重子ちゃんは想像よりずっと幼くて、僕は彼女のことを呪いを扱う怖い子供だと思っていたけれど、実際は素直な子だなという印象を受けた。

 こちらの言う事、することに疑問を持つと、なんでもかんでも聞いてくる。ほんとうに子供だ。しかも年齢的に相当幼い。

 そうして一通り質問し、納得すると「そうか」といって何度も頷く。

 そういうところは毒島さんとも似ている気がする。

 というか、ここに集まっている未成年はみんなどこか素直だ。


「この毒女! もう一辺言ってみろ!」


 突然、進士くんが叫んだ。


 驚いた様子で目をぱちくりとさせる八重子ちゃんだったが、やがて二人、毒島さんと進士くんの喧嘩が本気だと気づいたのか、及び腰になって僕の後ろに身を隠すように僕の袖をつかむ。

 暗丘さんが二人をなだめようと、毒島さんと進士くんの間に入るが。


「だーもー! ガキみたいに喧嘩すんなよな」


「オッサンも俺をガキ扱いすんじゃねー!」


「はぁ?」


 と、どうやら毒島さんが進士くんを子供扱いしたことが喧嘩の原因らしく、逆効果だった。


「だぁってぇ、進士くんてぇ実際ちっさいしぃ」


「ちっさい言うなっつの! 大体お前だってガキみたいな喋り方しやがって!」


「そんなことないもーん! 進士くんのレベルに合わせてあげてるんですぅ!」


「俺が合わせてやってんだよ! クソ女!」


「あ! クソはひどい! ひどいよね! ねぇ空くん!」


「え? そうだね」


 と僕は二人の会話を流す。

 この二人、仲が悪いのか良いのか若干不明だ。

 暗丘さん曰く、いつも喧嘩しているらしいし。

 と僕が思っていたその隣で。


「喧嘩するほど仲がいいと聞いた。二人は仲良し?」


 と爆弾を投下する八重子ちゃん。


「仲良くない!」「仲良いよぉ!」


 と進士くんと毒島さんが同時に叫ぶ。

 そしてまた顔をあわせて罵詈雑言。

 聞くに耐えないシモネタまで飛び出してくる。

 隣の人に迷惑になるから。と言いたいところだが、お隣さんも、下の階の人も当事者なので、僕には何も言えない。

 僕はとりあえず八重子ちゃんの耳をふさぐことにする。

 だって、ねえ、本当に効くに堪えないというか、これは聞かせられないというか。

 特に八重子ちゃんはどうにも知識が足りないというか、外見以上に知っていることが幼いようだからなおさらだ。

 傍観を決め込む僕たちをおいて、二人の喧嘩はエスカレートしていく。

 ああ、そんな言葉を女の子がつかって。

 進士くんにその言葉は逆効果だよ毒島さん。

 僕は心の内で二人の喧嘩に合いの手を入れる。


 そして、とうとう暗丘さんがキレた。


「お前らなぁ!× × × とか × × × とか × × × × × × × × とかいってんじゃねーよ! ここには八重子がいるんだからな!」


 暗丘さん。それは声が大きいよ。

 あまりの声の大きさに、僕がした八重子ちゃんの耳栓も意味を失う。

 そうして言葉を明確に聞き取ってしまった八重子ちゃんが一言。


「 × × × って何だ?」


 どでかい爆弾を放り投げた。

 毒島さんはキョトンとして目をぱちくりとさせ、進士くんは顔を真っ赤にさせる。

 暗丘さんは頭をかかえ、八重子ちゃんは首をかしげるばかり。

 そして再び。


「 × × × って何だ?」


 ああ、うん。これはもう、ね、笑うしかない。

 

 僕は小さく吹き出して、そしてとうとう僕は声をあげて笑ってしまった。

 

 もう、どうしてこう笑わせてくれるのかなぁ。

 なんて、僕はまなじりに涙を浮かべて笑いながら思った。

 なんだかんだ言って、ここの住人は僕を元気づけてくれているのだろうか。やさしいなぁ。なんて、僕は思った。


 いや、見当違いかもしれないけど。





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