第4話 303号室の男
それはともかく。
明日からの食費やらはどうするつもりなのだろうか。
そんなことを思っていると、視界の端で、暗丘さんが、ニヤリとあの人を食ったような薄い笑いを浮かべて机をコンコンと叩くのがみえた。
こっちを見ろとでも言われているようだ。
とりあえず、不本意ながら顔を向ける。
「いつも金欠でな。けどもうすぐ大金が入る予定だ」
何その死亡フラグ的なの。
思わず台所から体ごと向き直って暗丘さんを凝視した。
暗丘さんが満足そうに笑うが、僕の内心は複雑だ。
『もうすぐ大金が手に入るんだ』って言って翌日には夜逃げ、みたいなやつじゃないのか、そのセリフ。
ドラマでそういうのみたことあるぞ。
こういうセリフの背景に必ずあるやつ、あれ、借金。
そこまで想像して、僕は結構洒落にならないレベルでゾッとした。
まさか僕を連帯保証人とかにするつもりじゃないだろうな。僕が目を離した隙に印鑑盗むとか。やめてほしい。全力で。
見た目は浮浪者。何かを盗まれる可能性はゼロじゃない。そもそもお隣さんという証拠も実はなかったり……。もしかしたら本物の浮浪者を家に呑気に入れてしまった可能性もなくはない。
この人が帰ったらファ◯リーズしよう
じゃなくて。
「......借金してるんですか。ギャンブル依存症とかじゃないですよね」
おずおずと尋ねる。
「本当お前さん怖いもの知らずだな。まあだいたいあってるけど。仕事が不定期でな、都度大金が入ってくる。ただ毎回借金返済にまわるからいつも金欠なわけだ」
大体あってるらしい。
で、それってどんな仕事だ?
不定期で、なのに大金で?そんな仕事あるだろうか。
「思いつかないんですけど、そういうのって裏のお仕事的なやつですか」
そこまで言って僕は「あっ」と声をだして固まった。さすがに踏み込み過ぎの質問だった気がした。
何事も後で悔いることになる。今日はそういう日なのだろうか。
わかりやすく青ざめているだろう僕をみて、暗丘さんはニヤニヤと変わらない笑みを浮かべていた。
「──さあ。表か裏かと言ったら裏かな」
さらっとそう答える。
肯定されても嬉しくない。
「……ドスとかヤッパ持ってたり……カチコミしたり?」
青ざめたまま尋ねると、暗丘さんは声をあげて笑った。
びくりと肩が跳ねる。
こっちは大きな音にさえ驚くほど、現在進行形で緊張しているのだから、突然笑い出さないでほしい。
「俺はヤクザじゃねーからな。つか変な知識持ってんのはお前さんもだな。なんでヤッパとか知ってんの。ま、お前さんもどっちかってーと裏なんだから、驚くことないだろ」
「…………」
僕もどっちかって言うと、裏……。僕が?
たっぷり溜めて、僕は首をかしげた。
「……はい?」
僕が裏の人って、そんなわけないだろう。どこをどう見たらそう見えるんだろう。
髪だって金髪とか派手に染めてるわけじゃないし、ピアスだって一組しかしてない。
着てる服だってユニ◯ロのセール商品だぞ。と、裏業界イコールブランド服的なイメージのある僕は思う。
まあ、目の前の人の格好を見れば、その解釈がおかしいのがわかる。けれどそこは今は気付かないことにする。
とにかく、僕はその馬鹿げた彼の考えを否定しなくてはいけない。
「そんなわけ無いでしょう。人畜無害な大学生ですよ」
「名前も表だもんな」
「関係あります?それ」
「ないけど、ちょっと面白い」
「──あんた……変な人ですね」
再び怖いもの知らずな発言をしてしまった。
この人のテンションに引きずられているのか、そういうことを言わせる雰囲気がこの人にはあるらしい。
暗丘さんは僕の質問に明確な返事はほとんどくれていない。むしろ茶化されたり、青ざめさせられたり。まあ青ざめたのは僕の失態だが。要するにうまくあしらわれている。
僕の部屋を選んだのだって完全にわざとなのだろうけど、ではなぜ? と尋ねることはできても、きっと答えは帰ってきそうにない。
それにだ。隣人ならわざわざ部屋に入れることなかった。始めに言ってくれれば、カップ麺だけ渡したのに。
いや、隣人だって知らなかったんだけど。
言ってくれればいいのに。
だからそれもわざとなのか。
せめてここの際管理人さんに助けてもらえばよかったかな。
でもあの管理人さん苦手なんだよ。なんか雰囲気こわいんだもん。
僕の思考がから回っている中、突然噴き出すような音が聞こえた。
その方向に顔を向けると、暗丘さんが肩を震わせて笑っていた。
クククッと低い笑い声が響く。失礼な。さっきから笑われてばっかりじゃないか。
しばらくしてようやく笑いの波が去ったのか、笑いすぎて涙目になった暗丘さんが僕をみて一言。
「お前さんこそ変なこと言うなあ」
キョトンとして、瞬きをし数秒、ああ、さっきの僕のセリフにウケてたのか。と思い至る。
「変な人ですね」といっただけだ。笑われるのは心外だ。
「そんなにおかしいなこと言いました?」
「いやあ、だってな」
彼は
「変な人も何もさ、【オトギリ荘】には異常者しかいないだろ」
……なにそれ。
どんな常識だそれ。
僕は瞬きを繰り返す。
あ。でもお隣の毒島(ぶすじま)さんも変だったし、あながち間違ってないのか?この人も裏の世界の人らしいし。
もちろんさっきから主張しているように僕は違うが。
え? 異常者しかいないの?
混乱する僕。
しかし暗丘さんはそんな僕を無視して、突然、「そろそろお
そのまま玄関のほうへフラフラと歩いていく。
「え、ちょっと……」
もやもやとしながら、僕は慌てて玄関まで小走りで暗丘さんを追いかけた。
くたびれた黒い革靴を履きながら、303号室の隣人は不意に首だけを僕の方に向けて笑う。
「そうだ、ご飯をくれたお礼に教えといてやるよ。表屋くんはまだ毒島ちゃんには会ってないよな」
「会いましたよ、昨日」
奇妙な沈黙があった。
僕の答えを受けて、暗丘さんが固まっている。
「あの?」
「リンゴは? 食べてないの?」
「ああ、おすそ分け的な。お断りしました」
「ことわっ……断れるのかよあれ。つーか、あー、それでか」
「何がです?」
首を
暗丘さんは頭をばりばりとかくと、ドアを開けて外にでる。
そしてドアを開けたまま、左の指で道路を挟んだ民家を指差した。
「明日にもなればわかるけど、お向かいの家のおばちゃん、昨日亡くなったらしい」
昨日と言うと、僕が入居した日だ。
そうなのか。……それで?
「……それと毒島さんと何の関係が」
「うん? だってそのおばちゃんは、君の代わりにリンゴを食べたわけだろ」
「どういう、意味ですか?」
全く訳がわからない。
暗丘さんはニンマリと笑ってドアを離した。
ゆっくりとドアが閉まる中、隙間から暗丘さんが僕をみて笑う。
「毒島一笑(ぶすじまかずえ)は毒殺魔。君が毒リンゴを受け取らなかったから、代わりにおばちゃんが犠牲になった。あの子諦め悪いよ。だから、気をつけな、表屋くん」
バタンと、ドアがしまった。
僕は、呆然とそのドアを見つめていた。
しばらく呆然としていた僕だったが、ふいに鳴ったお腹の音に我に返った。
おなか、すいたな。
僕は
スーパーで買ったりんごが2つの仲良く並んでいる。
これは普通のりんご。毒島さんがくれようとしたのは、多分普通じゃないリンゴ。
その横にある鮭の切身を開けながら、僕は小さく呟く。
「なんでりんごなんだろう。変なの……」
『【オトギリ荘】には、異常者しかいない』
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●303号室
黒髪黒目の無精髭。
高身長。
行き倒れるほど常に金欠&腹ヘリ。
仕事は不定期だが高収入。しかし借金の返済に回される。
Ps.裏社会的な仕事をしている。
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