第5話 301号室のアタシ-1



 アタシには兄がいた。


 過去形なのは、生きてんのか死んでんのかわからないから。

 要するに行方不明ってわけ。


 4年前に【オトギリ荘】に二人で引っ越してきて、それからすぐどっかに行ったまま帰ってこなくなった。


 どっかって言ってもどこに行ったのかは一応知ってる。

 あのとき、兄さんはお隣さんに挨拶しに行ったの。

 赤いリンゴを持って。で、帰ってこなかった。


 ついでにお隣さんも行方不明になった。

 多分兄さんはお隣さんとどっかの山に行ったんだと思う。

 ほら、山って色々隠すのに向いてるしね。

 で、そのままバックレた。

 兄さんの持ってきた荷物にはリンゴがあって、切ってみたらなんか変色してたの。

 そのへんの鳥に食べさせてみたら、コロンと転がって動かなくなった。

 あと同じ荷物の中には変な注射器とか薬品があった。


 アタシは兄さんを探してる。

 きっかけは単純な思いつきというか。

 兄さんと同じことしたら、兄さんがどこ行ったか思いつくかなぁって思ったんたよね。


 それで、新しい隣人にリンゴを持っていった。

 でも、食べた人と山に行こうとしたら、管理人さんがやってきて「お困りですか?」とか聞いてくるの。

 困ってないわけじゃないってゆーか、そりゃあ困ってるよね。ってことで「困ってまーす」って言ったら、なんか適当に片付けてくれた。


 おかげで兄さんがどこに行ったか、わからずじまい。

 だから同じ事を何度かしてみたんだけど……。

 やっぱり【オトギリ荘】の管理人に見つかっちゃう。


 アタシは兄さんを探してる。


 だってとても困ってるから。


 この薬品、どうやったら手に入るんだろうって。



◇◇◇



「ぶっちゃけ、後処理してもらえるから大助かりなんだけどさあ」


 カシャッ。とスマホで記念撮影。

 それから足元で寝てる、てゆーか死んでるおばさんの顔がしっかり入るように調整して、しゃがみこんで自撮り。

 2つの写真写りを確認して、アタシは満足しておばさんの家を出た。

 そのまま、向かいに建つ一見オンボロアパートにしか見えない【オトギリ荘】の、101号室のチャイムを鳴らす。

 なかなか出てこない。

 アタシ待つのは苦手なのに。

 ということで、とりあえず扉を叩いてみる。


「かーくーれーさーん」


「聞こえてますよ」


 淡々としていて、でも甘くて低い声が扉の中から聞こえた。声だけは本当に好き。

 すぐに扉が開く。


「私のこと、下の名前で呼ぶのは毒島ぶすじまさんくらいですね」


「だって渦道うずみちさんって呼びにくいもん。でね、ちょっとお願いがあってー」


 穏やかににっこりと笑って、101号室に住む【オトギリ荘】の管理人、渦道隠うずみちかくれさんは、アタシを部屋へ上げてくれた。

 秘密の話をするから、こうしないといけない。

 見た目ボロいのに、このアパートは防音性能半端ない。


「あれ? 隠さん血だらけじゃん」


 よく見たら、隠さんの真っ白な服は赤色で染まっていた。黒くて長い真っ直ぐな髪にもなんか張り付いているように見える。


 さっと視線を床に向けると、赤く染まったゴム手袋と、やけに切れ味が良さそうなノコギリがあった。

 床にはビニールが引いてあって、赤いペンキを盛大にぶちまけたみたいになってる。


 そういうの、お風呂でやればいいのに。ってアタシは思うんだけど、これって隠さんのコダワリ?なのかなあ。部屋汚れるのになぁ。


 そんなことを思いながら部屋を見渡せば、狭い部屋の隅にきれいにまとめられた肉とか骨とかがあった。真空パック的なのに入っているみたい。

 玄関で立ち止まったまま、しげしげとソレを見つめてると、隠さんが小さく笑った。


「毒島さんは見慣れませんよね。汚れてしまいますから、そこにいてくださいね」


「そ~する。ねー隠さん、臓器は? 見当たらないけど」


「ナカは多方面で需要がありますので、冷凍してますよ。興味、あります?」


 床のビニールの赤を雑巾で拭いながら、隠さんが顔だけ振り返って言う。


 面白そうに笑ってるところをみると、どうやらアタシが興味があることはバレバレらしい。

 こういう、なんでもわかってますよ。って感じがするから、隠さんのこと心から好きになれない。イライラさせられるし、相性悪いなって思うの。

 しかも、顔も声も最高にかっこいいのが、どうにもムカつく。


「別に。アタシのもそーやって、いつもやってるのかなぁって、思ったダケ」


「しますよ。でもね、リンゴを食べてしまったら、ナカは使えないものも多いんです」


 さらっとそんなことを言う。


 この管理人絶対おかしいと思う。

 そもそもリンゴばらいてるアタシに、部屋貸してるのもおかしいと思うし。

 このアパートに住んでる人みんなおかしいから、それを住まわせているのが訳わからない。

 本人も平気で骨まで切断するし、だいたい臓器の需要ってなによ。何取引?


 本当に変な人。


 アタシの視線を受けながらひたすら掃除していた隠さんが、唐突に上着を脱いで着替え始める。

 別に下着をかえるわけじゃないかもしれないけど、ここに乙女がいることを自覚してるのかなあ、この男は。  


「──ところで」


 身綺麗になった隠さんが、さっきまで血まみれだったとは思えないほど優しい笑顔で、アタシを見ていた。


「なあに?」


「毒島さん、お願いがあると言ってませんでした?」


「あ、そだった」


 危うく、目的を忘れるところだった。

 アタシはこの人に仕事をお願いしに来たのだ。


「あのね、処理してほしいのがあるんだけどお……」


 そう言うと、隠さんは苦笑した。

 予想通りだったでしょ。とアタシは思う。

 最初にお隣にリンゴを届けた時。急に声をかけられて、サクサクっと処理をしてくれた時には、正直、余計なことする人だなあ。と思ってた。


 でも、アタシ一人だと色々ごまかしきれないしのも事実だし。それに隠さんに任せるとなぜか警察とかにも疑われない。

 そこがいつも不思議なんだけど、まあ理由とかどうでもいいし。最近はもう隠さんに全部任せることにしているのだ。

 今回迷わずこの人の部屋を尋ねたのもそういうこと。


 一体何回こんなこと頼んでるのか。忘れちゃったな。


 アタシのお願いに、隠さんは笑って「いいですよ」と言った。




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