第23話 102号室、八重子
またか。
と僕が思ったのは仕方ないと思うんだ。
だって僕の頭の中は家にいた幽霊らしい少女のことでいっぱいで、正直女の子に拒絶反応がでるような精神状態だったんだから。
それで目の前に突然女の子が現れれば、この子も一瞬幽霊なんじゃ? と思っても仕方ないんじゃないか。
「はじめまして」
「……はじめまして」
思わず挨拶を返してしまった。
少女は満足したように
最近こうやって話しかけられることが多い気がする。
魅内潔子さんのときも、突然話しかけられて驚いたし。ただ、あのときと違うのは、僕が相手を見上げているのではなく、見下ろしているということだろうか。
その少女は、すこしでも顔を近づけようと一生懸命背伸びをして、僕に顔を近づけてきた。
「
なぜ呼び捨てなんだろう。
そしてどうやら幽霊ではなさそうだ。そういう冷たさみたいなものを感じなかった。
薄暗い夕闇。
夕日を背中にして立っている背の低い女の子。
年齢は10代なかごろだろうか。進士くんと同じくらいかな。
いや、進士くんは見た目は大体中学生か高校1年生かと思ってしまう成長過程の外見をしていたけど、実年齢は18くらいだった。
この子が進士くんと同じで見た目がとても幼く見えるだけの可能性もあるけれど、普通はそういう子のほうが珍しいんじゃないかと僕は思う。
同じく学生の毒島さんは外見通りの高校生で、たしか進士くんと同じくらい。
もしこの子が見た目通りなら、いままで会った【オトギリ荘】の住人の中では一番幼いことになる。
「返事。なんでしない? 八重子のことは名前で呼ぶといい」
と一人称が自分の名前なので、もしかしたら見た目よりもさらに年下ではないか、とも思ったりする。
髪は黒のボブで、可愛らしい顔をしている。
来ている服は白いパーカー。ポケットに両手を突っ込んで仁王立ち。靴はスニーカー。
ボーイッシュな印象の少女だ。
こんな子もいたんだな。
そんなことを思いながら、僕はつばを飲みんで、ひきつった笑顔を浮かべた。
「えっと、八重子、さん? よろしく」
僕にはこれが精一杯だ。
いくら年下とは言えど、いきなり八重子ちゃん。なんて……きもちわるすぎるだろう。
と僕は思ってさん付けしたのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。ひどく不機嫌な顔で「八重子と呼べと言った」と言い募る。
まるでわがままを言う子供のように、いや、実際そういう振る舞いが当然というように頬を膨らませるものだから、僕は小さく笑ってしまった。
予想よりそうとう幼いのかもしれない。
「なんで笑う?」
「い、いや、ごめんよ。えーっと、じゃあ、八重子ちゃん」
子供相手だと思って呼んで見る。
「……八重子ちゃん。いいぞ、それにして」
と今度は納得してくれたようだ。わずかに気が緩んだところで、さて、どうしよう。と僕目をあらぬ方向に向ける。
うーん。
「あー。表屋空です。知ってると思うけど」
なんたっていきなり呼び捨てだし。
しかも下の名前を。
「あいさつはいい。空を待ってた」
と八重子ちゃんが言う。
挨拶はいい、ってなんだか色々突っ込みたいところだけど我慢だ。
それで、なんで僕を待っていたんだろう。わざわざ外で?と思わなくもないし。
最近は雨もよく降る。季節的に仕様がないけれど。今日も夜は雨だと予報が出ていた。
いくら家の前だと言っても、雨が降るかもしれない中、女の子が外で会ったこともない僕を待っているなんて、なんだか変な話だ。
そもそも僕が外出しているかどうかなんてわからないじゃないか。
ああ、家のチャイムをならしたのに出なかったからという線もある。
あるけれど、留守だったからといって、大学生の僕が当たり前のように夕方に帰ってくるだろう。という予想をするのも、なかなかに根拠がない賭けになるのではないだろうか。八重子ちゃんの場合そういう想像もできなかった可能性は十分にあるけれど。
「様子を見に来た」
と淡々と言う。
「様子? なんの?」
問うと、八重子ちゃんは僕の全身をじろじろと見た。上から下。下から上。体を動かして右から左から。
「ちょっとっ」
どうしたの? 僕の混乱をよそに、八重子ちゃんは首をかしげる。
「どこもかけてないな」
はい?
「八重子は、今回の仕事はうまくやれると思っていた」
「え?」
突然何を言い出すかと思えば、なんだって?
かけてない? かけてないってなんだ。 書けてない? 掛けてない?
わけわからん。
「オトギリ荘は難しいんだ。でもお前何も知らない普通の人間みたいだったからうまく行くと思ってたのに……。また様子を見に来てやる」
八重子ちゃんは
家に向かってではない。
「え、ちょっと! 今日雨ふるよ!」
と背中に呼びかけるが、気にした様子もなく八重子ちゃんは一本道を
誰に向かってか、ゴホンっと咳払いをした。
それから首をかしげる。
何だったんだ?
仕事とは……。
僕は首をひねりながら、再びオトギリ荘に視線を移した。
「やっぱり変な人ばっかりだな、ここ」
僕、場違いなアパートに越してきたんじゃないだろうか。
ふるびた外観を眺めながら、虚しくなってくる。
ふと気づけば、随分と暗くなっていた。
もう夜だ。
夕食も作らなきゃいけないし、このままぼーっとしていたら本当に雨がふってくる。
わからないことはわからないのだから放っておこう。うん。
そうやって、なげやりになってしまったのがいけなかったのだろうか。
帰宅した僕の目の前に、あの女の子がいた。
「そんなのってないよね」
思わずつぶやく。
肩から図書館の本と財布だけが入ったバッグがずり落ちて、床に落ちそうになるのを慌てて止めた僕は、恐る恐る少女を見やった。
正直目の前で身動きするのも非常に面倒なことが起きそうで恐ろしかったりする。
さて、どうしたものか。
僕はそっと荷物をおろし、部屋の隅っこにいる少女と向かい合って座る。
何を思ったんだか、僕にもよくわからない。
でも、僕は今、このワケのわからない少女の幽霊と、根比べのようなことをしようとしていた。
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●102号室
敬語を使えない少女。
最年少らしい。
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