第22話 302号室のポルターガイスト - 2





 その人は、優しそうな顔で僕に笑いかけていた。


 彼女は僕にとって、毒島ぶすじまさんの次に会った女性の隣人だった。


 魅内潔子みないきよこさんとの出会いが、その後の僕に何かしら影響したかというと、そうでもなかったりする。


 あの出来事はつまり、闇夜に一人外を出歩く女性が、突然声をかけてきた、という話なのだけど。


 その時偶然僕は騒がしい霊に悩まされていて、いや、騒がしくはなく、ただいるだけなんだけど、つまり騒がしい霊ポルターガイストに悩まされていたから、彼女にちょっとした恐怖を抱いてしまっただけで、よくよく思い出せば普通の女性だった。


 着物を着て真夜中に街灯の下に立っていたのがすこし不気味だった気がするだけで。


 その彼女が話しかけてくれたのは、おそらく僕がうずくまっていたから。

 要するに心配してくれただけだった、のだろう。


 なんて考えてみると、おびえて申し訳ないことをしてしまった。なにより失礼だったのは、僕の去り方。


 僕は人見知りを発揮して「大丈夫です」を繰り返して部屋に逃げてしまった。うずくまっているのを見られて恥ずかしかったというのもある。

 女性だったからというのもあるけど。


 ともかく僕としてはやってしまった! というような出来事。

 悶絶もんぜつする程度には恥ずかしかったりしたわけだ。


 ただ、どういうわけなのか、ありがたいことに、その日以降あの女の子は僕の部屋に現れてはいない。


 なぜ急に?


 僕の疑問はそれにつきる。


 ことあるごとに「そういえばなぜ?」と思う僕だけど、そうやって不思議に思う度に、脳裏のうりに浮かぶのは魅内潔子という人物の姿だ。


 偶然あの日から現れなくなっただけなのか、もしかしたら、もしかしたらだけど、魅内さんが関係しているのかも……。


 なわけないかな。


 普通に考えたら偶然だろう。

 そうはいって現れなくなったのはうれしいし、あの日からだから、やはり魅内さんとの出会いがこの変化をもたらしてくれたのかもしれない。

 と僕は考えたりしている。


 ともかく、そんなわけで女の子は出なくなった。

 時々幽霊がいるのでは、と考えることもあるけれど、そういう時やはり不思議と僕は魅内潔子さんを思い出す。

 するとそんな不安は消えてしまう。


 本当に不思議だ。


 頻繁に思い出すのものだから、最近は魅内さんのことばかり考えている。

 やはり関係があるのかもしれないとか邪推じゃすいしてしまうんだ。

 別に一目ぼれしたとかではない。それはない。だって僕は今まで恋愛というのをしたことがない。女性には苦手意識があるんだ。なんとなくだけど。


 細い首とか、指とかを見るとなんとなくソワソワするんだよ。


 だから、彼女を気になるのはあの女の子の幽霊ときっと関係があるんだろうなって思うことにした。

 理屈はわからないけど。



 そんなことを思っている僕は、今図書館にきている。

 魅内潔子さんとの出会いから三日。安心して眠れる日が三日続いたということで、僕は非常によいコンディションを保っている。

 講義もバイトもバッチリだ。

 となれば、僕はすべきことをする。


 情報収集である。

 安定している今の精神的余裕をありがたく使わせてもらい、僕はとりあえずネットと街の図書館を駆使くしして、このオトギリ荘について調べることにした。


 のだが。


「ないなあ、なんもない」


 図書館の古いパソコンの前に座ってすでにニ時間ほど。

 夕暮れ時になり、窓の向こうにはきれいにオレンジに染まった雲が見える。

 図書館は煌々こうこうと明かりがついていて、外の色など影響しないが、時間に従って様子は変わっていく。

 たとえば人は徐々に増えつつある。

 ほとんどは若い学生さんだ。おそらくは受験生。

 スーツの人もいる。社会人が仕事終わりに利用するのだろう。

 みんな長机に座って本を広げている。


 その中で僕はひとりパソコンコーナーのパソコンを一台、専有しつづけている。しかも怪しげな事故物件サイトを眺めながら。


 正直まわりの目が気にならないこともないのだけど。


 僕は深呼吸のついでにため息を吐き出した。

 粘って調べてみてはいるものの、驚いたことになんの情報も出てこない。


「あそこで何かあったんじゃないかって思ったんだけどな」


 なにか。というのはつまりあの女の子の霊が出てくるような事件とか、そういう話。

 しかしそんな情報はない。


 ないどころか、アパートの情報すらない。

 図書館に来る前に不動産屋にも寄ったのだが、オトギリ荘自体掲載されていなかった。ネットでも同じだ。

 地図にも名前は書かれていない。


 うつろめ、僕に異常な隣人たちのいる、しかも情報がまったくない謎のアパートをあてがい、しかも部屋は事故物件。

 もうすこしまともに僕の部屋を探せよ。とここにはいない兄にむかってぼやく。


 何も収穫なし。

 渋々パソコンの電源を切って、僕はびをする。

 それで気が晴れるわけでもない。

 そう思う反面、結局まあいいか、と開き直ってしまう僕がいた。


 適当に本をかりて帰路につくころには、外は予想よりずいぶん暗くなってきていた。それでもまだ明るいと言える。周りの人の顔もそれなりによく見える。


 毒島さんの通う学校の前を通り、商店街を抜け、住宅街に入り、ひたすら歩いて、気づけばオトギリ荘が見えた。

 部屋のある三階を見上げてざわざわとする胸をさする。

 家って普通安心するものじゃないかなあ。僕は家を見ると不安になります。

 帰りたくないな。そんな考えがよぎったときだった。


「おい」


 と、いう声が聞こえた。その声が随分と下から聞こえた気がして、オトギリ荘から視線を外し、さっと目の前を見下ろして瞬き一つ。


 女の子がいた。

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