犯人はあとがきにいる
広瀬 斐鳥
あとがき
--------------キリトリ--------------
あとがき
親愛なる読者の皆様へ
著者の天津川侑吾です。
まずはこの『犯人はあとがきにいる』を手に取ってくれたことに謝意を述べたい。
そして編集の橋本君をはじめとした関係者各位にもお礼を申し上げる。
「あとがきを袋とじにしたい」という私の要望を(苦悶の表情を浮かべながら)受け入れていただいたお陰で、このような特殊な装丁の小説が完成したのだ。
まあ、彼らは二百篇を超える私の著作でたいそう儲けているだろうから、このくらいの注文は呑んでいただいてもいいだろう。
私は五十年近く、密室殺人モノのミステリー小説を書き続けてきたが、本作はその集大成と言っても過言ではないほどの傑作に仕上がった。
戦後間もない混沌の時代を舞台に繰り広げられる、ある一族の物語。
闇市で財を成した男、三友栄太郎が豪奢な御殿で何者かに惨殺された。
そして一人、また一人と三友一族の人々が殺されていく。
疑われたのは、いずれも十代の三人の息子。
しかし、犯行を目撃したと言う家政婦の証言はどれも食い違っており――
というのがあらすじであるが、本編の最後、嫌疑を掛けられた三人の息子はゆっくりと屋敷を立ち去る。
剛健な身体を持つ太一郎は西へ。
聡明な頭脳を誇る真二郎は北へ。
書物に耽溺していた幸三郎は東へ。
読者諸君は、『犯人はあとがきにいる』という題に従い、この三人のうち誰が犯人なのかを知るために袋とじを開けたのだろう。
噛み合わない家政婦の証言。そして攪乱された証拠によって、読み終えたところで誰が犯人なのかはさっぱり分からなかったはずだ。
さあ、あまり焦らしても仕方がない。
犯人は幸三郎である。
幸三郎は14歳という若年でありながら、国内海外を問わずに多くの推理小説を読み漁っており、次第にその世界に憑り付かれていった。
ついにはその手で完全犯罪を成し遂げたいと思うようになり、その標的として実父である栄太郎を選んだ。
幸三郎にとって、二人の兄ばかりを可愛がる父はひたすらに疎ましい存在であったのだ。
そして、栄太郎と不倫に及んでいた家政婦を脅し、自らの手先として操った幸三郎は見事な手腕で密室殺人を成し遂げた。
醜悪に突き出た実父の腹に包丁を差し込んだ時のあの感触は、幸三郎にとって一生忘れられないものになったという。
さて。
ではどうやって、密室殺人を成し遂げたのか。
これは私のとっておきなので、申し訳ないがここに書くことはできない。
タイトル通りに、犯人だけを明らかにするに留めよう。
本当はここに洗いざらいを書いて筆を置き、隠居生活に入ろうかとも考えた。
だが、編集の橋本君が全力で止めるものだから仕方がない。
彼はまだ私に働かせたいらしいな。
余談ではあるが、本作は1949年に起きた江戸川資産家殺人事件を基にしている。
好事家の読者はお気付きになったかも知れないが、この凄惨な未解決事件は、私がミステリー小説を書く原点になった事件であった。
--------------キリトリ--------------
【著者紹介】天津川侑吾(あまつかわ・ゆうご)
本名不詳。1935年生まれ。千葉県松戸市在住。
東京都江戸川区で誕生するも、父の死をきっかけに移り住む。
1958年『逆上』で小説家としてデビュー。
以降、精力的に執筆を続け、著書は二百五十篇を超える。
真に迫る殺人場面にはファンも多い。
(了)
犯人はあとがきにいる 広瀬 斐鳥 @hirose_hitori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます