「去り行く者に捧げる折り紙②」 心の声、秋

春嵐

01

 わたしは、鶴が好きだった。


 生きている鶴ではなく、折り紙の鶴。ぱりっとしている開く前の折り鶴も、開いたあとの綺麗な折り鶴も。


 でも、自分は折り紙なんて折ったこともないし折れないので、いつもノートに折り鶴の絵を描いていた。


 でも。


 最近は、ちょっとそういうのが、はばかられる。


 隣の席。


 彼がいる。


 成績もよく、スポーツもできて。それなのに自分の存在をうまく隠すのが得意で、女子にも男子にも特に注目されていない、彼。


 彼のことが、好きだった。成績やスポーツではなく。前に出ようとせず、大勢いる人間のなかに隠れようとしている、ところが。なにか、大事なものを隠しているような、その雰囲気が。


 でも、わたしは。席替えでもいつも必ず廊下側のいちばん後ろの席で。普通の生徒ではなくて。彼のとなりには、いられないのだと、思う。


 鶴の絵。


 ノートに描けなくなったので、今度は、眺めるほうに切り換えた。彼から見えないように、他の教科書やペンケースで隠して。


 わたしの描いた鶴。


 折り紙。


 祈りと、願いを形にしたもの。


「おい」


 声。


「う」


 え。


 わたし。


 わたしに声を。


「なんで教科書を出してんだ。授業中に」


「え、あの。授業中、だから、です」


 並一般の回答。


「うそをつくな」


 嘘だとばれた。


 彼は、すでに高校の単位をすべて取得していた。実際は、高校に来る必要はない。それでも、何かを隠すように、高校に長く滞在している。部活もせず。教室が施錠されるぎりぎりまで。


「お前が俺と同じなのは知っている」


 そう。わたしも。彼の真似をして、すべての単位をすでに取得していた。彼と一緒に教室にいるのははばかられるので、彼のいる教室とは対角にある美術室で鶴を描いて過ごしている。美術部。


「え、えへへ」


 左の袖を、ぱたぱたさせる。わたしの困ったときの、癖。


「いや。すまん。どうでもいいことを訊いたな。忘れてくれ」


 彼の顔。こちらから、そっぽを向く。


 話は、それきりだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る