弟のものは姉のもの?

くにすらのに

弟のものは姉のもの?

 人生で初めての彼女ができた。

 同じ中学のやつがいないから思い切って髪を染めて高校デビューして、慣れない陽キャのマネをしているうちにある一人のクラスメイトと仲良くなっていた。

 お互いに苗字で呼び合っていたのが今ではすっかり名前呼びだ。


「タクヤくんって家ではどんな感じなの?」

「どうって、こんな感じだけど」

 

 唐突にこんな質問をしたのが俺の彼女。

 背はクラスの中でも1,2を争う小ささで顔も幼い。

 もう高校生になって半年以上経つのに中学生と言われたら信じてしまいそうだ。

 

「絶対お姉さんの尻に敷かれてるでしょ」

「そんなことねーって」


 出会った時と比べると随分と長くなった髪をかき上げ、アヤカはむふふと笑みを浮かべる。

 その笑顔に何となく反抗したくて俺は強がる。

 だけど実際はアヤカの言う通りだ。2歳の上の姉ちゃんには頭が上がらない。

  

 自分で選んだとは言え、やっぱり姉ちゃんと同じ高校は止めておけば良かったと後悔する時がある。

 さすがに学校では絡んでこないと思ったら入学当日に教室に乗り込んできた。



「愛しの弟きゅん♡ これからは家でも学校でも一緒だね」


 聞いたこともない甘ったるい声を出しながら後ろから頭を抱えるように抱き着き、その無駄に育った乳を押し当てる。

 うざい姉という点を除けば男子高校生には堪らないシチュエーションだろう。


 中学の頃も姉ちゃんは同級生からの人気が高かった。

 身内であることも差し引いても美人の部類に入るとは思う。

 長い黒髪とスタイルの良い体は男子の理想が詰まっている。

 だが残念ながら俺にとってはうざい姉でしかないのだ。

 

 まあ、この一件のおかげで姉ちゃん狙いの男子、並びに俺をおもちゃ扱いしてもいいと察した女子と一気に親睦を深められたわけだけどさ。



「入学式の日にタクヤくんを楽しそうに困らせてるお姉ちゃんだよ? 家ではもっとすごいんじゃないの?」

「いやいや。あれは入学当日で緊張感が漂う教室だったから何もできなかっただけで、家ではもっとこうビシっとだね」

「ふーん? それなら今から遊びに行っていい?」

「え?」


 小柄なアヤカは俺の顔を下から覗き込むように提案をしてきた。

 姉ちゃんと違って子供っぽい容姿だけど、その無邪気さの中に芽生える大人っぽさみたいなものにドキっとしてしまう。


「やっぱり突然は迷惑?」

「いや、別にいいんだけど……」


 両親が帰宅するのはいつも19時過ぎなのでそれまでにアヤカを送れば変な詮索もされない。

 問題は姉ちゃんだ。

 すでに部活を引退してるからきっともう家に着いている。

 アヤカは家での俺と姉ちゃんの関係を見たいようだから条件としてはピッタリなんだけど、俺としては全然嬉しくない。


「そんなに長居はしないし、ご両親にもちゃんと挨拶させて。息子さんを私にくださいって」

「いや、それ俺の役目だから」

「ふふ、冗談」


 秋めいた冷たい空気がスッと俺たちの間を通り抜けた。

 アヤカはセーターの袖を掴んで手の先を隠す。


「…………寒い?」


 彼女に尋ねながらなんとなく右手を差し出すと、こくりと頷いてアヤカを左手でそれを掴んだ。

 この時間がずっと続けばいいのに。

 そんな風に考えながら電車に乗り、最寄駅で降りて、自宅へと歩いていく。

 幸せなのに足取りは重かった。


***


「ね、タクヤくんが先に入って、私を出迎えてよ」

「まあ、いいけど」


 こんな簡単なことを彼女に笑顔でお願いをされたら断れるはずがない。

 姉ちゃんだって玄関の前で待ち構えてることもないだろう。

 念のため静かに鍵を開けて、まずは自分だけが家の中へと入る。


「ふぅ」


 できるだけ音を立てないようにそっと玄関を閉めた。

 次は彼女をこの家に招き入れる。

 アヤカの提案の意味が少し理解できた。


 たしかのこのシチュエーションはちょっとドキドキする。

 さっきまで手を繋いでいたのに、まるで休日にアヤカが家に遊びに来てくれたみたいな。

 深呼吸して緊張を隠すように努めてから、玄関をゆっくりと開けた。


「えへへ。おじゃまします」

「おう」


 萌え袖になった手でリュックを掴むその手はまるで子供だ。

 だけどその表情は少し緊張していて笑顔も堅い。


「立ち話もなんだし、とりあえず上がって」

「……うん」


 俺と姉ちゃんの部屋は2階にある。

 姉ちゃんは自分の部屋で勉強するタイプなので、リビングに居なければ部屋で間違いない。

 ラブコメだと風呂上がりの姉ちゃんとバッタリ……みたいな展開もあるんだろうけど、部活を引退して、雨に降られたわけでもないこんな日にシャワーを浴びているとは考えにくい。


 つまり、今この家で俺とアヤカは2人きりみたいなものだ。

 静かに過ごせば何事もなく初めての家デートを楽しめるはず!


「お姉さんは……いないの?」

「ああ、たぶん部屋に居るのかな。呼ぶ?」

「ううん。いい」


 アヤカは穏やかな笑顔でそう答えた。

 もしかして、家での姉ちゃんとの関係を見たいというのは口実で、ただ単に俺の家に来たかっただけ!?

 その可能性が頭に浮かんだ瞬間、胸の鼓動が一気に速くなるのを感じた。


「やっぱりああいうのは学校だけなのかな。愛しの弟きゅんってやつ」

「何度も言ったけどあれが初めてだよ。いつもは俺のものを何でも奪い取る鬼姉。外面はいいんだ」

「やっぱり尻に敷かれてるじゃん」

「あ……」


 アヤカの誘導されてつい真実を語ってしまった。

 くすくすと笑う彼女の姿がとても可愛らしいのがせめてもの心の救いだ。


「タクヤくんのものを何でも奪い取るってことはさ、私もお姉さんに取られちゃう?」

「ははは、さすがに彼女までは……ないと信じたい」


 実は姉ちゃんは女子からの人気も集めているらしい。

 嘘か本当かわからないけど女の子に告白されたと話していたこともある。

 それは断ったみたいだけど、じゃあ彼氏がいるのかと聞かれるとイエスともノーとも言えない。

 

 ふと、自分が姉ちゃんのことあまり知らないことに気付いた。


「ねえタクヤくん、ちょっとここに座って」

「あ、うん」


 俺は言われるがままに椅子に座る。

 学校の椅子よりも少し高いので必然的に体の位置も高くなる。


「って、なんで俺が座らされてるの。普通逆じゃない?」


 そんなツッコミを入れてみたものの、その対象であるアヤカの姿が見えない。


「えい!」

「うわっ!」


 突然後ろから抱きしめられて思わず大きな声が出てしまった。

 これはさすがに姉ちゃんに気付かれたか?

 いや、今はそれよりも……。


「やっぱり私の背だとうまく胸で挟めない」


 首筋に当たるアヤカのぬくもりが全身を駆け巡る。

 彼女の息が直接耳に掛かる度、ゾクゾクとした感触が脳をおかしくする。


「えーっと、アヤカ。何をしてるのかな?」

「愛しの彼氏きゅんを私のものにしてるの」


 その言葉に鼓動は限界まで速くなる。

 油断したら倒れてしまいそうだ。

 正直、胸は姉ちゃんに比べたら無いに等しい。

 それなのに、満足感はアヤカの方が圧倒的に大きい。

  

 ここから先、俺は彼氏としてどう動くべきなんだ。

 その答えを導き出せないまま時間が過ぎていく、

 だけど、少なくとも俺は気まずさを感じていない。

 手を繋いで一緒に歩いていた時のように、この時間はいつまでも続けばいいと思っていた。


「ひゃっ!」

「ふえ!?」


 アヤカが可愛らしい悲鳴を上げたのと同時に、俺も驚いて変な声を出してしまった。

 さっきまで俺を包み込んでいた彼女の腕も、今は俺をギュッと締め付けている。

 これが俺に対する愛ゆえのものなら素直に喜べた。しかし、そうではない。


「姉ちゃん、何しに来たんだよ」

「何しにって、ここはお姉ちゃんの家でもあるんだよ?」

「……そうだけどさ」


 アヤカの声が耳元で聞こえるのに対し、姉ちゃんの声はもう少し離れたところから聞こえる。

 後ろを振り向けないので状況を確認できないが、俺に抱き着くアヤカの頭をその下品な乳で挟んでいるのだろう。

 

「それにしてもタクヤに彼女かあ。こうして少しずつオトナになっていくのね」

「感傷に浸ってないで早くアヤカを解放してやれ」

「う~ん、どうしようかな」


 まったく意地の悪い姉ちゃんだ。

 みんな外見で簡単に騙されすぎなんだよ。


「このままで……いい……です」


 脳に直接届きそうな距離でこの言葉を発したのはアヤカだ。

 俺もアヤカと2人きりで密着しているのならこのままで構わない。

 でも今は邪魔な姉ちゃんがいる。


「あら? もしかしてあなた」


 ふっと体が軽くなるのを感じた。

 アヤカも腕をほどき、幸せな時間が終わりを告げる。


「覚えててくれたんですね。1学期に告白したアヤカです」

「……は?」


 俺とアヤカが付き合い始めたのは2学期に入ってから。

 夏休みにも何度か一緒に遊びに行ったけど、その頃はまだちゃんと告白してなかったから付き合ってた期間にはカウントされてないと思う。

 いや、今はそんな細かいことはどうでもいい!


「1学期に告白したって、誰が誰に?」

「この子がお姉ちゃんによ。前に話さなかったっけ? 女の子に告白されたって」


 俺の疑問に答えをくれたのは姉ちゃんだった。

 いつも適当なことばかり言うので何かの冗談だと思ったけど、アヤカの表情を見るにそうではないみたいだ。


「お姉さんは、弟のものを何でも奪い取るんですよね? だったら、私も奪い取ってください!」

「はあ!?」


 アヤカの目は真剣だった。

 小動物みたいに可愛らしい雰囲気の彼女の目がここまで本気になっているのを俺は見たことがない。

 体育祭や文化祭も真剣に取り組んでいたのは知っている。でも、その比じゃないんだ。


「ふーん。直接告白してダメだったから、タクヤの彼女になって私に奪われようとしたんだ? 考えたわね」

「ちょ、ちょっと待って! アヤカは俺のこと好きじゃないってこと?」


 アヤカは首を大きく横に振った。

 そして数秒の沈黙のあと、神妙な面持ちで口を開く。


「タクヤくんも好き。男子の中では1番。だけど、ごめんね。全人類の中ではやっぱりお姉さんが1番なんだよ。タクヤくんと付き合っても、それは変わらなかった」


 男子の中では1番好きと言ってもらえた嬉しさと、全人類にまで範囲が広がると姉ちゃんに負けた悔しさで頭がの中がぐちゃぐちゃになる。


「そっかあ。タクヤにも本気なんだ。それなら、奪い甲斐があるかも」

「ちょ、姉ちゃん?」


 姉ちゃんはアヤカのあごをそっと触る。

 身長差があるせいでとても絵になっている。


「私の負けよ。女の子同士なら浮気じゃないってことで、タクヤはタクヤで頑張りなさい」


 そう言って、姉ちゃんは俺もまだ触れたことのない彼女の唇にそっと自分の唇を重ねた。

 別にフラれたわけじゃない。

 だけどなんだ、この敗北感は……。


 まさか1学期に姉ちゃんにフラれたアヤカが1番の勝者になるなんて、もしかしたら俺は恐ろしい女の子と付き合ってしまったのかもしれない。 

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