いつか一緒に

新実 キノ

いつか一緒に

柳瀬やなせ! 山行こうぜっ!」

「…………は?」


 またか……。

 ゲームしようだの、祭り行こうだの、海行こうだの、唯一の会員である漫画研究会の敷波しきなみ遊斗ゆうとは、同じく唯一の部員である文芸部の私が行う真面目な部活動を執拗に妨害する。

 実に迷惑な男だ。

 雑談するだけの不快な暇人の掃き溜めだった部室を、今年からは独り占めできると心を躍らせていたというのに……。

 しかし、この人数で存続させてもらっている手前、部室が共有になったことを抗議もできない。


 四月の頃は、お互いに相手を空気のような存在として見ていた。

 さして気にすることも気を遣うこともなく、私はひたすらキーボードに文字を打ち込み、敷波は紙にペンを走らせていた。

 でも……いつからだっただろう。

 次第に敷波が絡んでくるようになった。

 当然、最初は無視した。

 鬱陶しいし、面倒だし、興味ないし。

 だが、「著名な作家は何事も経験して表現力を育んでいる」などと屁理屈をこねる敷波に騙され、私はなし崩し的に付き合わされるようになっていった。


 馬鹿馬鹿しい。

 ゲームなんて子供騙しだ。

 祭りなんて時間の浪費だ。

 海なんて大量の塩水があるだけだ。

 山頂の景色なんて画像でいくらでも見られる。


 そう思っていた、はずだった。

 それなのに、どうしてだろう。

 無味乾燥で灰色だった私の日常が、少しずつ潤い、鮮やかに色づき始めていった。

 今まで抱いたことのない感情が、徐々に芽生えていった。

 自分が変わっていくのが不思議で、おかしくて、新鮮で、楽しかった。


 いつしか、ただ漠然と小説家を目指していた私に、実現したい明確な夢ができた。




「最終選考落ち、か……」


 雑誌に掲載された選考結果を見て、俺は過去最大級にテンションが下がった。

 普通に考えて、そこまで落ち込むことじゃない。

 別に悪い結果じゃないし、むしろ良い。

 なのに、なんでこんな憂鬱になっちまうのか……。

 そもそも、以前の俺は漫画が好きっちゃ好きだったけど、そこまで本気じゃなかった。

 漫研に入ったのだって、運動嫌いで楽そうだったからだし。

 そりゃまあ、漫画家に憧れくらいはあったけどさ。


 四月の頃は、マジかよと思った。

 部室共有とか聞いてねえよ、って。

 つっても、部活参加は強制だし、直帰してゲームしたら親にぐちぐち言われるし、とりあえず漫画を描いた。

 でも……いつからだっただろう。

 気づけば俺は、夢中になって小説にのめり込む柳瀬やなせ文佳ふみかが気になっていた。

 理由なんて、よく分からん。

 そういうことあるだろ? 漫画でも小説でも現実でも。


 最初は控えめに……だったが、次第に俺は自分でも引くくらいアプローチしていた。

 認められたいから、漫画も超頑張った。

 ちょっとずつだけど笑顔が増えていく柳瀬と過ごす内に、だらだらとした俺の退屈な日常は変わっていった。


「……カラオケ、行かない?」


 柄にもなくガチでへこむ俺に、柳瀬は素っ気なく言った。

 誘われたのは初めてだ。

 よほど絶望したツラをしてたらしい。

 自分でも呆れるくらい速攻で俺のメンタルは回復した。


 いつしか、漫画家になれたらいいなぁくらいに思っていた俺に、どうしても叶えたい夢ができた。




「――文佳! や、やべえよ、大賞とっちまったっ!」

「ちょっ……静かにしてよっ」


 大学図書館で読書に耽っていた柳瀬に、慌てて駆け寄ってきた敷波が大声で叫んだ。

 周りの視線にいたたまれなさを感じながら、柳瀬は小声で注意してため息をつく。


「そんなに驚かなくても……遊斗は昔から絵だけは上手だったんだから、当然の結果でしょ」

「だけはって……さすがプロの小説家様は自信も言うことも違うぜ」

「受賞しただけでプロじゃないから。それに私の……私達の夢は、まだこれからじゃない」

「だな……よーし、この調子で連載までいこう! これからもよろしくな、文佳」


 そう言って、二人は笑い合った。


 ただ小説家になりたいだけじゃない。

 ただ漫画家になりたいだけじゃない。


 いつか一緒に、作品を作りたい。


 それが、二人の夢だった――――

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