アピアンを探せ(7)──蜘蛛の飛行機
キッパータックとベラスケス一家三人は、
そこそこの深さを落ちてきて、底はトンネルになっており、ちょっとした洞窟探検を行ったような気分だった。出口は決して広いわけではないが、いつでも出ていこうと思えば出ていける。なのに、そこには行く手を阻む鉄格子のような竹。その間隙も倒れた竹や草の葉、蜘蛛の巣が埋め、時折さやさやと風の音が抜けていくものの、こちらは同じようにするりとはいかない肉体を持っている。
そのうち、無言の環境に退屈しだしたペピタがぐずりだす。「ばぁばー、砂遊び飽きちゃったー。おうちに帰ろうよー」
「今日は道場にお泊まりだって話したじゃない?」サンディーが言う。「みんなでお布団を敷いて仲良く寝るのよ? キャンプみたいで楽しいわ」
「キッパちゃんも?」とペピタは振り返り、最近出会ったばかりの大人との一泊、という新奇な一夜を推し量っているような顔をした。
「キッパーさんも
「お腹すいたよ」ペピタはぷぅと頬をふくらませた。
「おや?」
ベラスケスは手を伸ばして、キッパータックの足下にある携帯端末を掴む。そしてしばらくグニグニと指の関節で曲げる仕草をくり返した。
「これ、蜘蛛の変身だね?」ベラスケスは目を輝かせた。「蜘蛛たちはこんな機械にも変身できるようになったのか!」
見せて、とサンディーも手を出したので、ベラスケスはてのひらに乗せてやる。
「私が飼っていたころは食べ物かお金にばかり変身してたけどな」懐かしがるベラスケス。
「そうだったわね」サンディーは大胆にも、携帯端末としてまとまっている蜘蛛の一部をつまみ、ちぎることで数匹を変身から解き放した。仲間から引き剥がされた蜘蛛は魔法が解けたようにすぐに元の黒っぽい蜘蛛の姿に戻り、サンディーのてのひらをそそくさと歩き回る。「シャノンの哺乳瓶に〈化けた〉ときは驚いたわよねぇ。最初は私たち、蜘蛛は身近な物に変身することで我が身を隠しているのかと思っていた」
「人間の頭の中が〈読める〉なんて思わないからな」
ペピタが怖々蜘蛛の端末に手を近づけようとしたが、蜘蛛はあっという間にばらけると、ササッとキッパータックの方へ走り去った。
「しかし、私たちアピアンを探しているのに、蜘蛛はアピアンにはなろうとはしないのかな?」とベラスケスが不思議がる。
疲れて膝を抱えた格好のキッパータックが話す。「僕もそう思ったので、蜘蛛を全部家に置いていこうと思ったのですが。僕が一生懸命思い浮かべても蜘蛛はアピアンにはならなかったんですよ。やはり、僕自身もアピアンのことをよく知らないというか、この、
「蜘蛛にはやはり私たちの〈イメージ〉が伝わっている、ということだな」神妙に頷くベラスケス。「テレパシーの世界だ。不思議な生き物だよ」
現在の、警察が関わっている蜘蛛の管理の話に移行したが、ペピタが再び「つまんないよー」と口を尖らせはじめたので、「なにかおもしろい話をしようか!」とベラスケスが水を向けた。
「私の友人がノームに出会うという経験をしていてね」とまずはベラスケスが切り出す。「この穴を見ているとまるでノームの巣に来たみたいだと思う」
「ノーム?」とキッパータックは復唱する。
「ノームというのは、この世の大地を司る精霊でね。友人はハイキングの最中、道に迷って──そう、まるで今回の私たちみたいに──足を滑らせ斜面を転げ落ち、気を失ってしまった。意識を取り戻すと、暗ーい洞穴の中で寝ていて、蔓で編んだネットのようなものを全身に被せられていたそうだ。何者かに囚われてしまった! 友人はネットの網目から怖々覗いた。そこで彼らの姿をはっきり見たわけだ。ノームは物語などで伝えられているとおり茸くらいの背丈で、三角の帽子を被って、若いのか年寄りなのかわからない顔だったそうだ。それで、彼らの周りにはこんもり砂が盛られていて、彼らはコテやスコップなどの道具を上手に使って砂の彫刻を作っていたんだって。見る見るうちに、目の前に巨大な砂の動物たちが現れたそうだ。龍とか、大鼠とか。すると、砂でできた龍の眼が突然光り、空へ飛びあがろうとして天井に激突。あっという間にザァーッと崩れて砂の雨が降った。鼠も、まるで学習能力のない、でも生命力だけは溢れているという感じに動きだし、やっぱり壁に頭をぶつけて砂の塊に戻ってしまう。友人はびっくりもしたし、すごく興奮したと言っていた。その後もノームたちはせっせ、せっせと砂の動物たちを制作しては、壊れるをくり返していたんだって」
「な、ぜ、な、のー?」サンディーは肩をすくめた。「ノームって意外におバカさん?」
「友人はとにかくアーティストは片っ端から尊敬するようなやつだったから、その辺は疑問に思わなかったらしい。でも、穴の中が寒かったので、友人はブルブル震えて、思わずくしゃみをしてしまった。すると、ノームたちが友人の方を振り向いて、怒った様子で駆け寄ってきて、友人のことをポカポカ殴りはじめた。友人はこりゃたまらんと思って体を起こして逃げだしたそうだ。ネットは布団みたいに被せられていただけで手繰ったら簡単に体から外れたそうだよ。彼らが怒った理由は……やはりくしゃみかな? 風圧で砂像が壊れることをノームは恐れたんだろう」
「…………」
「ノームといえば、砂の城に住んでる者もいるらしいし、ノームの楽園で砂像のカーニバルや砂の虹を見た、と言った人間もいるらしい。もしかすると、アピアンもノームの世界の宝石で彼らがばらまいているのかもしれないと私は思った。私は実は、ノームのことも探したかったんだよ。やはり本物に一度会ってみたいからねぇ。キッパータックさんちの砂の滝もノームが空から降らせているのかもしれないよ?」
「ノームに会いたい」と言ってペピタは歯を見せて笑った。
話がやむと、二番手としてサンディーが得意の人形劇をやる、と言った。キッパータックが連れている蜘蛛を借りて、小さな人形に変身させる。蜘蛛の数が少なかったので指人形ほどの大きさになってしまったが、以前子ども向けのイベントでやったという劇を再現した。
人形たちは視えない空気の舞台の上を行ったり来たりして(サンディーが動かして)、そこに熱のこもった声が加わる。
「(人形Aの声色で)……先生が教えてくれることがいつも正しいわけじゃないさ。だって、地球の重力のことを考えるなら、時計の針が十二へのぼっていくのと、六へおりていくのとでは同じスピードのわけがないだろ? (人形Bの声色で)むむーう、では、『人生山あり谷あり』というのは、谷へ向かって行く方が楽ってわけだね?」
ペピタはたちまち渋い顔をして「ばぁばのはつまんない!」とうずくまった。
「昔の時代の子どもたちには受けたんだけど……」がっかりするサンディー。
今度はキッパータックの番になった。
「僕のは、夢の話です。何年か前にこういう夢を見たんです。仲良くしてくださっている
「まあ、蜘蛛の飛行機!」サンディーは手で両頬を押さえて驚く。
「夢の話だよね?」ベラスケスが確認する。
「はい。現実の話ではありません」キッパータックは生真面目に答えてから、続けた。「女性は歓声をあげながらしばらく空を飛び回っていたのですが、遠くからトンビみたいな茶色の鳥が飛んできて、それで、蜘蛛の飛行機を嘴でつつきだしたんです。蜘蛛を食べてるんだってわかりました。女性も悲鳴をあげはじめて、蜘蛛も必死に逃げようとするのですが、鳥はずっと追いかけてきて、段々蜘蛛の数が減って変身が崩れてしまって。それでも蜘蛛は女性を落とすまいと一生懸命知恵を絞って、空飛ぶ絨毯に変わったり、魔女の箒になったり。僕は地面からおろおろしながら見ていました。今にも落っこちるんじゃないかって怖くなって──」
「落ちちゃったの?」とペピタが人形劇のときよりは前のめりになりながら質問した。
「その後どうなったか憶えていないんだ」とキッパータックは唐突に締めくくった。
「えー?」
ペピタは脱力して祖母の膝の上に戻ってころんと転がった。
「あと、自分が蟻になって人生の様子が表現された巣に潜り込んだこともあります。その後、もう一度同じ夢を見まして、巣の様子がなんだか変わっていて……」
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