愛の行動(7)──愛の伝道師?

「まったく。君は最近、輪をかけておっちょこちょいだよな?」

 病室のベッドの上で呆れ果てる馴鹿布なれかっぷ。脇に座ってしょんぼり肩を落とすかないと、馴鹿布からタオルとドライヤーを借りて濡れた服と髪を乾かすキッパータックがいた。

「おっちょこちょいっていうか……」と叶。「フリスビーが飛んできて、キッパータックさんの頭に直撃するところだったんですよ? 誰だって危険を防ごうと行動するはずです」

「突き飛ばすことはないだろ」馴鹿布は自分が突き飛ばされたというように仏頂面を作った。「『危ない』と言えばそれだけでキッパータック君は気づいて、自分で身をかわせたはずだ」

「いや、僕はそんなに反射神経はよくないかもです」と恐縮するキッパータック。

「公園でフリスビーを投げるやからが悪い」叶は不届きな若者たちに怒ってから、キッパータックを心配する。「先生のシャツなんて着たくないかもしれないですが、取りあえず借りておいて、その間に私がそのシャツをクリーニングに出すというのは──」

「そんな、いいよ」とキッパータックは手を振る。「どうせこの後仕事だから、作業服に着替えるんだし。もうほとんど乾いたから」

「本当にすまなかったな」馴鹿布が真剣な顔で謝りだした。「叶君はご覧のとおり、こういうやつで、これからも迷惑をかけると思うが──」

「ちょっと」叶は目を丸くした。「せ、先生、なにを言おうとされてるんです?」

「なんだよ。ただ、『これからも迷惑をかけるだろう』と、まあ、わかり切ったこととしても、覚悟してつき合ってやってほしいと注意をうながしているんだよ」 

「遺言かと思ったじゃないですかー!」

「ゆ、遺言! なんてことを。ここは病院だぞ? その失敬な発言も含めて直す努力をしないか。さっきも私のシャツがどうこうって」

「治す必要があるのは先生の方でしょ。それに先生だって『わかり切ったこと』ってなんですか、その発言は」

「でも、」とキッパータックは二人のやりとりに笑ってから言った。「叶さんに突き飛ばされて、一つだけ良いことがありました」

「え?」

 

 キッパータックは、樹伸と一緒に聴いた黒松屋くろまつや舌鋒ぜっぽうの「人食い蜘蛛」の話を思い出していたのだ。二人にも内容を聞かせた。

「……その話の終わりに落語家さんが、主人公のタキチが蜘蛛になったユツをどうやって見分けたのか? というクイズを出して、その答えの鍵は『愛』かもしれないと言ったんです。僕もいろいろ考えたんですが、わからなくて。それでさっき、叶さんにフリスビーとぶつかるところを助けてもらって、ふと、もしかしたら──って答えが浮かんだんですよ」

「あ、愛……」叶はその単語の重要度に震えた。

「ふうむ」と考え込む馴鹿布。「蜘蛛の見分け方、ね──。で、浮かんだ答えというのは?」

「やはり、見分けなんてつかなかったんじゃないか、と思ったんです」とキッパータックは語りだす。「それでタキチは、いちばちか、ユツかどうかも知れない適当な蜘蛛のもとに向かって走っていった。へたをすると食べられてしまうかもしれないわけですが、きっとタキチは、ユツが自分のことを想ってくれているならだ──そう考えたんじゃないでしょうか。これは相手のことをそれだけ信じているとか、失敗して食べられても構わないと、それくらい覚悟がないとできないことだなって思いました」

「なるほど。タキチは命を賭けて、愛を信じてみた──ということか」感心し、首を振る馴鹿布。「自分が逆の立場だったら、助けるだろうとも思ったんだろうな」

「そうですね」

「えー……」叶は両手で顔を覆っていた。

「ん? 叶君、どうした?」

「だって、私がキッパータックさんを必死で助けようとした、その行動でキッパータックさんが答えに辿り着いたってことは、私は『愛の伝道師』ってことじゃないですか」

「………………」

「え? なに、その沈黙」

 馴鹿布はゴホンと大きく咳払いした。「君の場合は助けるつもりが誤って人食い蜘蛛の方へタキチを突き飛ばしたみたいな感じだよな、と思って」

「はあ!? 先生はあくまでB評価にしたいわけですね? 私の愛の行動を──」

「愛の行動ね……」

「あー、いや、えっと、それはそういう意味じゃなくて──」


 看護師が部屋に入ってきたので、二人の掛け合いはそこで中断となったが、馴鹿布の調子はそこまで悪くなさそうだと、とりあえず愁眉しゅうびを開いたキッパータック。まだ神酒みきの問題、謎が残ってはいるものの、この後もう一度電話を入れてみよう、と思うのだった。





 第13話「愛の行動」終わり

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