そっくりな男(10)──いろいろあったけど、帳消しだね

「そこははっきりしてもらわなきゃ。僕もキッパー君も男だからね。君のようにかわいい女性が接近してきたら勘違いしていいもんだって思うかもしれないだろ? そうではなく、ただタム逮捕のための情報集めに協力してほしいっていうだけなら、そういう心積もりで、甘い期待は抱かずに協力するよ。要は、『叶わぬ悲恋はごめん』だってことさ。僕たちは意外に繊細なんだよ。世間の人が思っているほど大庭主ってもてないし、もてはやされてもいないのだから」

「そうですよね……いやっ、別に『もてない』なんて思っていませんよ。もてるんだろうな、って想像していましたから。でも、私はその、キッパータックさんに気に入られて、それでうまいこと利用しようとか、そういうふうに考えていたわけじゃなくて──」

「なくて?」

「その…………」

 かないはちらと、キッパータックの方を見た。「協力はしていただけるなら、していただきたいです。だからといって、今日、そういう気持ちだけでお誘いに乗ったわけではないというか……」

「ほほう!」とピッポは大げさに感心の声をあげた。「僕はね、自分の観察力がすぐれているなんて本気で思ってはいなかったんだけど、キッパータック君に、『叶さんはきっと君に気があるに違いないよ』とうっかり言ってしまったんだ! だから、違ってたら恥ずかしいぞ、キッパータック君に申し訳ないぞと思ってしまって。……親友を悲しませたくないからね」

 包帯の顔を手で押さえうつむいて、悲しみの演技をするピッポ。

「いや、別に、違ってはいません」と叶はとっさに口走った。

「違っていない?」ピッポは叶に引き寄せられるように体を向けて、大きな声で確認する。「本当に、本当に違っていないの?」

「えっ?」


 一瞬だけ固まり、互いの顔を見合う叶とキッパータック。それを見て、たまらなくなったピッポが呵呵かか大笑たいしょうしだした。「はっはっは! 推理が当たったら喜ばなきゃならないところなのに、思わず笑っちゃったよ。なぜだろう、うれしくて仕方がないんだけど、でも──」

「あなた、さてはかまをかけたわね?」叶は叫んでピッポを睨みつけ、椅子から立ちあがった。「キッパーさんはそんなこと言われてないって顔してるじゃない!」

「いやいや、見てごらん、すごくうれしいって顔してるよ」ピッポは笑い続けながらキッパータックを指した。

「私の方が失恋したらどうするのよ!」叶は椅子の背にのけぞって笑っているピッポの首を押さえにかかった。

「うわー、苦しい。僕は君の親友じゃないから、どうすることもできないよ」

「責任は取ってもらうわよ!」

「ええ? どういう責任?」

「か、叶さん……」キッパータックは話題の主ながら二人の興奮についていけずに困った表情を浮かべた。


 そこへ病院へ行っていた三人が帰ってくる。サラが入ってきて、ピッポに掴みかかっている叶を見て驚く。

「え? ちょっと、どうしたんですか?」

「もしかして、けんか?」と心配する福岡。

 叶に放してもらうと、ピッポは胸元を手で直しながら言った。

「叶さんが大好きなりんごを僕が独り占めしようとしたんで、殺されそうになったんだ」

「りんご?」と鳥飼氏は首を捻った。「そんなに好きなら買ってきてやろうか?」

「冗談ですよ、鳥飼さん」と叶。「ピッポさんは本当にジョークがお好きで」

「りんごの方が好きだけどね」ピッポがまたクスクス笑いを発生させながら言った。「でも叶さんが本気なら、僕は喜んで譲るつもりだよ」

 鳥飼氏たちにはその奇妙な三角関係の実態は掴めなかった。


 山の上に星が並びはじめた。鳥飼氏に見送られ、四輪駆動車とピッポの車は山小屋を後にした。鳳凰ほうおう地区のレンタカー会社まで戻る。

 サラは半人半馬ケンタウロス地区、叶は鳳凰地区の自宅までバスと電車で帰るということだった。福岡とキッパータックはピッポが家まで送っていくことになった。

「じゃ、サラさん、叶さん、気をつけてね」とピッポが別れの挨拶する。「叶さん、君のっていう意気込みに賛同したよ。僕もキッパータック君もできるかぎり協力するから」

「ありがとうございます」叶はその言葉の意味を理解し、頷いた。「ただお二人に相談したことは馴鹿布なれかっぷ先生には内緒でお願いします」

「大丈夫だよ。キッパータック君の蜘蛛を使って、『どれが偽物の木でしょう? 大会』を森林庭園で開催したいなんて、突拍子もないことだからね」

「たしかにとんでもないイベントですよね」叶は、ピッポのジョークには本当に参るな、と感じながらも、強い味方を得てほっとしていた。



 帰り道の車の中、後部座席で会話する福岡とキッパータックをルームミラーで見るピッポ。

「今日は本当に楽しかったよね。いろいろあったけど、まあ、いい一日だったろ? 二人とも」

「はい」と笑顔で返す福岡。「キッパータックさんには気を遣っていただいて」

「ほう。ということは、キッパー君はやはり、あの地下室で気を失ったふりをしてたってわけだね?」

「いや、意識を失ってたのは本当だよ」と渋い顔になって答えるキッパータック。

「まあ、そのひどい出来事も、叶さんのおかげで帳消しだね」

「叶さんのおかげって、それ一体なんの話です?」福岡は興味津々に訊いてきた。

「ああ、これは秘密なんだった。僕がしゃべったことが叶さんにばれたら……」ピッポは顔を震わせ、恐怖を感じているふりをした。

「そこは紳士協定を結びましょう。ぜひ聞かせてくださいよ」

「君がどうやってサラさんと仲良くなったのかを先に聞かせてもらわなきゃな」

「ええ? それはちょっと……」

「なんだよ。言えないようなことがあったのかい? 暗闇で?」

 ピッポと福岡が嬉々ききとして話している間に、キッパータックは疲れにあらがえなくなり、寝息を立てはじめた。

「寝ちゃいましたね、キッパータックさん」

「きっといい夢が見られるよ」ピッポが言う。

「そんなにいいことがあったんですか?」

「いやあ、君が一番だと思うよ。サラさんに病院まで付き添ってもらって、それだけで胃痛も軽くなっただろう?」

「鳥飼さんの荷車がとんでもなかったですけどね。帰りもあれに乗せられそうになりましたよ」

 二人は笑い声を抑えるのが困難なくらい楽しいおしゃべりを続けたが、その語らいとピッポの運転はキッパータックの休息のじゃまにはならなかった。すやすやと安らかに味わえたのだった。




 第11話「そっくりな男」終わり

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