カジノへ行ってみませんか?(6)──休日の締めくくりはステーキハウスで


 美鶏みどりはまだホールにいた。隣にブルックスもぴったりくっついていた。

「美鶏さん、まだいらっしゃったんですか?」那珂戸なかとが駆け寄る。

「ええ」と美鶏が頷いた。「こちらの紳士がとてもためになるお話を聴かせてくださったので、御礼をしてたんです」

 ブルックスが近づいてきた大人たちに手の中の物を掲げて見せた。「美鶏さんがわざわざ青空市場まで出かけられて、これを僕にプレゼントしてくださったんです」

 蓋一面がグラント・ウッドの絵画になっているオルゴールだった。

「少し早いけどクリスマスプレゼント。あ、かないさんとキッパータックさんにもあるんですよ」

 美鶏は顔の前でキーホルダーを二つぶら下げた。こちらも金のフレームに東アジアの画家の有名なイラストが入っているものだった。

「本当にいただいていいんですか?」と叶は恐縮した。「私たちはついてきただけなのに」

 美鶏はキーホルダーを渡した。「お二人のおかげで私もカジノを覗き見できましたし、青空市場の芸術品で目の保養もできました。すごく刺激的で、楽しい一日でした。ハプニングにも感謝ですね。そろそろホテルへ帰ろうと思います」

「私ももう少し遊んだら、帰りますんで」と那珂戸がすまなそうに言う。

「あまりのめり込まないようにしてくださいよ」と美鶏は注意した。「私は立場上、那珂戸さんの味方はできませんからね」

 ボゥビーンがまだ中に入り浸っているようなので、キッパータックが美鶏をホテルまで送っていくことになった。那珂戸を残して、三人でカジノを後にする。


 

 美鶏たちが泊まっているホテルは鳳凰ほうおう地区にあった。叶も車でついてきて、最後まで二人で美鶏を見送った。

 美鶏がホテルに帰ると、駐車場で叶が言った。

「ストックカードの残りのチップ、お金に変換すればよかったですね。私はもうカジノには行かないと思うし、キッパータックさんに返すべきでした」

「返さなくていいですよ。お金に換えるのはいつでもできるでしょう。カードは叶さんが持っていてください」

「あの──」叶が恐る恐る、という感じに発した。「チップの御礼と言ったらなんですが、もしこれからご用事がないようでしたら、少し時間は早いですが夕飯でも一緒にどうですか? 私の家も鳳凰地区なんですけど、帰って作るのもめんどうだなって思っちゃって」

「たしかに、僕も夕飯の準備はめんどうだなと思います。いつも、毎日のことですけど。どこかで食べましょうか?」

「よかった」叶はほっとして笑った。「ホテルで食べると高いですから、小さめなレストランとかにしましょう。キッパータックさんはスーツで決めてますけど、私は普段着ですからね。鳳凰地区でいいですか? それともどこかいいお店をご存じであれば──」

「お店は叶さんにお任せしていいですか?」とキッパータックは言った。「僕はそういうお店をあまり知らないんです」



 叶の運転する車をキッパータックが追いかけて、二台は〈ミスター・バーンズのステーキハウス〉という店に入った。

 肉や魚のみならず、野菜まで大振りなまま豪快に鉄板で焼いて、独自の配合のスパイスを漬け込んだソースをかけて食べるという人気の店で、叶は雇い主の馴鹿布なれかっぷとよく来るのだと説明した。

 二人は窓際の席に着いた。店内は香ばしい香りが充満していて、ヴォリュームある料理の載った皿を体格のいいウエイターたちが右へ左へ運んでいた。

 叶はよく注文するというポークチョップ風ステーキにして、キッパータックは叶に勧められたサーロインステーキと野菜のグリルを合わせたものを頼んだ。

「キッパータックさんの蜘蛛の話なんですが」と叶が話す。「ああやってすぐに変身してしまって混乱を来すということでしたら、警察に預けてしまえばいいんじゃないですか?」

 キッパータックは店内を眺めていた顔を戻す。「そうですね。でも、ペットとして長く飼っているので、手放すのも寂しい気がするんです。元の飼い主がいて、その人から譲り受けたものですし、一度、警察が蜘蛛を実験台にして、それで蜘蛛たちが疲れてしまったのかなににも変身しなくなってしまったことがありました。警察に預けるとどういう扱いをされてしまうのか心配です」

 叶はうーん、と小首を傾げて考えた。「たしかに、警察が虫をかわいがるとは思えませんね。人間すらかわいがってもらえるところじゃなさそうですし。押収品みたいに扱いそうです。生き物ですから、生態に合った飼い方というものがあるでしょうからね」 

 叶はせっかく話をするチャンスを得たのだと、タム・ゼブラスソーンの話題も投げてみた。「ニュースで見たのですが、キッパータックさんはタムに二回襲われたんですよね? 大変でしたね」

「はい。蜘蛛を盗もうとしたみたいです。未遂に終わりましたけど」キッパータックは神妙な顔をした。「なので、今では警察に定期的に連絡するようになっています。蜘蛛が無事かどうか」

「なんにでも変身する蜘蛛をタムも手に入れたいということでしょうか?」

「わかりません」キッパータックは首を振った。「タムはお金や物が目当てじゃないみたいなんです。僕が彼らに捕まったとき、仲間の男がそう言っていました。庭に嫌がらせするのが目的で、盗んだ物はどうでもよくて、興味がないって」

「庭というか、大庭主だいていしゅに対する嫌がらせですよね? 私も心配してるんですよ。いつか、先生……いや、馴鹿布さんも襲われる日が来るんじゃないかと。想像しただけで怖いです。馴鹿布さん……ここのステーキはバカバカ食べますけど、そこそこいい年齢のお年寄りですし」

 実際に叶は震えるような仕草をした。「キッパータックさんは、タムやタムの仲間たちをどういうやつだと思われますか?」

「うーん、僕にはわかりません」

「キッパータックさんが蜘蛛を飼ってることを知ってたわけですよね? どこかでそういう情報を仕入れているんだと思うんですよ」

「そうですね。大庭や僕たち大庭主のことにくわしいみたいです」

「嫌なやつらですよ。そして油断ならないです。また別の庭主が狙われているかもしれないんですから」

「そうですね……」

 料理がテーブルに届いた。二人はその後も仕事やそれぞれの大庭の話などを語り合った。

 

 食事が終わって店を出ると、叶が言った。「素敵なスーツをお召しなので煙がどうかと思いましたが、お店を気に入ってもらえてよかったです。ご長寿大庭主さんのご紹介の女性とデートできずに私との食事になってしまって、申し訳ないですが」

「いえ、」とキッパータックは笑った。「カジノで少しゲームもできましたし、叶さんともご一緒できて楽しかったですよ」

「あら、そうですか?」叶も笑った。「そういえば、私もカジノ初体験でした。またこれからもよろしかったらお話を聴かせてください。馴鹿布さんですね、ほかの大庭主とのつきあいがあまりなくて、その辺、少し困っていたんです。情報がないと言いますか、庭の宣伝もうまくいっていなくて、お客さんも増えないし」

「僕の庭も同じようなものですけど」

「では、発展途上な大庭同士、励まし合っていきましょう──ということで」

 二人は連絡先を交換して別れることになった。美鶏からもらったお揃いのキーホルダーまで持っている仲となったわけだ。


 叶は家に戻ると、本日の収穫をさっそく馴鹿布に知らせて驚かそうとメールを打った。

──キッパータック氏とミスター・バーンズで食事をしました。どうしてそういうことになったのかと言うと……話が長くなるので明日出勤してからにします。先生はカジノに行ったことがありますか? ちなみに、鵬谷ほうこくリバーホテル・カジノです。


 昼の電話には出なかった馴鹿布だが、メールの返事はすぐに来た。

──そのカジノなら、大分昔に一度。一体どういう休日を過ごしたのかな? キッパータック氏に尾行が君だったとばれていないだろうな? あまり無茶はせんでくれよ。今後も仕事は山ほどあるぞ。では明日。


 叶はメールを閉じると盛大にため息を送りだした。「やっぱりカジノでもっと遊んでおけばよかったかも。憂さ晴らしが足りなかったわ!」




第9話「カジノへ行ってみませんか?」終わり

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